一体私は誰なのだろう。記憶が酷く曖昧だ。自分が何者なのかがはっきりと分からない。私の目の前にはぼんやりとした世界が広がっている。その中に一人の人影が見えた。
 ―ねぇ、貴方は誰?
 声が出ない。まるで体が言うことを聞かないかのようだった。しかしその人影は私の思いを感じ取ってか、こちらへと歩いてきた。
「こんにちは。君は今自分がどうなってるのか分かる?」
 近づいてきたその人は顔はぼんやりとしか見えないが、身長が高く痩せ型の体をした青年のようだった。
―自分がどうなっているか?…ダメだ、全然思い出せな い。
 そう思っていると、彼は衝撃的な言葉を放った。
「君は七年前に亡くなっている。つまりここは死後の世界ってやつだね」
 その言葉を聞いて記憶の一部が蘇ってくる。確かに私は昔、何かしらの事故に巻き込まれた記憶がある。
「そして僕は死者の案内人ってところ。今日は君に用があって来たんだ」
 意味が分からなかった。死後の世界なんてものが本当に存在するのだろうか。でもこの感覚がどこか現実離れしているから、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。彼は言葉を続けた。
「君さ、生きてる時に誰にも譲れない夢あったでしょ?」
 また一つ記憶が形成されていく。そうだ、私には夢があった。私はその夢を追い続けていた。死んでしまったからもうその夢は叶いっこないけれど…
「やっぱりそうなんだ。そして僕はね、そんな素敵な夢を持った人が報われないのは理不尽だと思うんだ」
 彼は笑みを浮かべたまま話を続ける。
「僕は君に、夢への未練を解消して欲しいと思っている」
 夢への未練の解消…?なんだか抽象的な言葉だと思った。要するに夢をもう一度追えるということなのだろうか。
―もう一度夢を追えるの?もう死んだ私にそんなことができるの?
「まあまあ、話は最後まで聞いてよ」
 冗談混じりの彼の言葉に、渋々耳を傾ける。
「一年間だけ、現世に戻れるとしたら?」
―現世に、戻る?
「そうそう、死者の案内人の僕ならそれが可能なんだ。まあ一年間だけではあるけど。このまま死んでいくかもう一度夢を追うか、選んでよ」
 あまりにも唐突すぎる。未だに状況が飲み込めていないけど、この誘いを断ればこのまま完全に死ぬ。それは本能で感じていた。だったら死者の案内人とやらに身を委ねても良いのかもしれない。
「よし、じゃあ決まりだね。今現世は春だろうから、季節が巡って次の春が来るまで。そこまで君を現世に戻そうと思う」
―待って、戻るっていっても、ちゃんと他の人に受け入れられるの?もうちょっと説明が欲しい…!
「大丈夫。そこらへんは上手くいくようにできてるはずだから」
 なんだか随分とテキトーな人だな。死者の案内人だから人なのかすらもわからないけれど。
「それじゃあいってらっしゃい、滝野花怜さん」
 そうだ、私の名前!私は、滝野花怜という名前だった。名前を思い出すと同時に私の意識は遠くへと飛んでいった…