「…っす」
初めて会うフタさんは、想像よりも汚くなかった。
「なんかもっと…髭をはやしたおっさんが来るかと思ってた…」
「失礼だなお前。これでもサラリーマンやってんだ。営業だぞ。当たり前だろ」
休み明けの三十路…剃り損ねた髭がまばらに生えている気だるそうな男性だ。
僕とフタさんは、フタさんの車に乗ってとある場所を目指そうとこんな時間だが初めてのオフ会を決行したのだ。
「体調はもう大丈夫なの?吐き気とか」
「だいぶ回復したさ。運転は多少不安だが、シップのメッセージみたらじっとしてられねえだろ。結局ロッピャクはあれから連絡つかねえし…」
助手席に乗り込み、コンビニで買った差し入れをフタさんに渡す。暖かいお茶といくつかのおにぎりだ。フタさんはお茶だけを受け取った。
「俺も一応免許もってるよ。ペーパーだけど」
「運転は気にすんな。社用車だからよ、ぶつけられても困る」
「へえ~」
社用車にしては煙草臭い車内を興味深く見渡す。ネットの知り合いとはいえ、普段からよく話していたから初対面という感じはしなかったが、少し明るくはしゃいだ方が良いのかと思いそわそわしてしまう。正直、遊ぶために会ったわけではないから、楽し気に話す方が気まずかった。
「さて…シップのところにいくか」
「…まだシップの居場所と決まったわけではないよ」
「でも、一軒家だったんだろ?住所の場所」
「まあね…」
フタさんがカーナビに例の住所を打ち込む。■■区だ。位置的にはみな近くはない場所に暮らしていたが、車で移動してしまえばこんなにすぐ会えてしまう距離にいたのだ。それと同時に、例の■■区に簡単にたどり着けてしまうという薄ら寒くなるような、そんな嫌な感じもした。
「少しかかるが、深夜だから道も空いてんだろ。すぐ着くぞ」
「ゆっくり走ってくれ…」
「…実際どうする。急ぐかどうか」
「どういう意味?」
フタさんは一つ咳払いをしてから話す。
「シップの話し方は普通じゃねえよ。急げば、間に合うかもしれねえ」
「えっと…?」
「シップも無事じゃないかもしれないってことだ」
「えっ…どうして」
「わかんねえよ?でも話した内容的にアイツは多分動画見てるし、それからなんか…この住所にいるだろ、間違いなく」
「”上篠”さんちに…シップが…」
ストリートビューで、そこになにがあるかはもう既に確認していた。表札に『上篠』と罹れた一軒家があったのだ。家の窓には雨戸が降ろされ、中を全く確認できなかったが。
「シップがいるならそれで…いいじゃないか」
「バカが」
フタさんが煙草に火をつけながら車の窓を開けた。
「『僕はここまで』に深い意味がないといいんだがな。俺にはどうしても、あいつの言動が心配でならねえ」
「…」
「もう認めろよ、ハロ。覚悟決めていこうぜ」
「シップは一連の出来事の関係者だってこと?」
「そう」
フタさんはサイドブレーキを下げて、車を発進させた。
「何があったんだろうな。あいつらにさ」
「…俺ら何も知らなかったね」
「ロッピャクだって知らなかっただろうよ。でもシップだけが、何か知ってた」
「…」
嫌な想像が次々によぎる。もしこの住所にシップとロッピャクがいて笑ってくれていたらどんなに気が楽か。そんな想像よりも、暗い部屋でただひとり、シップが息絶えているような光景の方が思い浮かぶ。シップのメッセージを聞いてすぐに、僕は直接フタさんに連絡をとった。フタさんはあの時復帰したロッピャクの懺悔を聞いて、また具合が悪くなり退出していた。その後の俺とシップのやりとりは、やはり口頭で話すしかなかったのだ。気だるげな様子とは裏腹に、今すぐ迎えに行くから住所へ向かおうと提案してくれたのはフタさんだ。
僕たちはその日ぐらしに、何の目的もなくただ集まり、夜をやり過ごすだけの仲間だったはずだ。こんな行動力は本当は無いし、遺言のようなことを言い残すシップも知らない。泣き叫ぶロッピャクの声だって聞きたくなかった。
「シップに会いに行くのに、嬉しくないな」
「…どうした。拗ねてんのか」
「どうせなら、楽しいオフ会をしたかったよ」
「……」
フタさんの言う通り、俺は年甲斐もなく拗ねていたのか、或いは現実離れした出来事についていけず、逃避していたのかもしれない。
「ロッピャクにまた今度会えるかな。会いたいなんてさ、俺思ったことなかったけど、画面の向こうに人がいるって、この夜を通して肌で感じた。俺一人だなあってずっと思って過ごしてたんだけど、こうしてフタさんも来てくれるし」
何を言いたいのか自分でもわからなかった。
「シップは、最後に俺のこと挑発してくるしさ…あいついつもそうだ。ゲームもうまくて、口ぶりからあふれるイケメンくささ、そのくせ社会不適合者でさー」
フタさんは黙って聞いてくれていた。
「こういう風に、当たり前の日常って急に崩れ去るんだろうなって、思ったよ」
今はただ、深夜のバイパスを走る車窓を眺め、落ち着かない気持ちを自分の手をつねることで誤魔化すしかなかった。
面倒ごとなんて、みんな嫌いなはずなのに。