「いくつかの場面が組み合わさってるんだな。聞いた感じホームビデオ的なものかと思ったけど、結構全体的に意図があるっていうか…構成が考えられてる感じがするな」
「そうなのか?だいたいが伝わったならいいんだが…」
フタさんは柄にもなく焦りつつも一生懸命に動画の内容を話してくれた。彼が自分で言っていた通りやはり説明はおぼつかない感じではあったが、一連の流れは把握できた。
「でも想像するしかないから、フタさんほど怖さは感じないけど」
「場面ごとに構成されてるっていうんなら、ひとつずつもう少し詳しく話していくぜ?」
「いや、大体の内容はわかったから俺は満足だけど…フタさん、映像について詳しく話したいのはなんでなん?」
「なんでって…」
フタさんは口籠ってしまった。適切な答えを探しているようだ。
「いくらこの動画が不気味だったとはいえ、俺は内容がわかればそれでいいよ。見るなっていうから説明してほしいってだけだったし」
「…やっぱり、ロッピャクがなんでこれを見てここにURLを貼ったのかっていうのと、俺が実際に映像を見て感じた嫌な感じが…すげぇ引っかかってるっていうか」
「はっきりしないな」
「でも調べたいっていうのは変わんねえんだ」
「フタさんはその映像がノンフィクションだと思ってる?」
「え…」
「普通に考えたら誰かの創作物でしょ。それ」
「いや…うーん…そういわれちまうと…」
彼がここまで調べたがるのは何故だろう。いつものフタさんであれば、ホラー動画なんてロクに見ないだろうし、寧ろ鼻で笑うタイプだろう。この疑問はフタさんにぶつけても答えは出ないことはわかりきっていたが、映像を見るなと言われている以上、何か彼が気が付くものがあるのなら教えてほしかった。
「ごめん、調べたいっていう気持ちを折りたいわけじゃないんだ。別に大きな理由はなくていいよ。フタさんが吐くほどの不快な動画だったんだ。ある程度映像の目的とか、何かわかるくらいなら一緒に調べるか」
「ハロお前案外頼りになるんだな」
「俺はまだ見てないし、当事者じゃないからじゃね。今は好奇心しかない」
「そうか…まあ助かるよ」
フタさんは改めて映像を見ているようだった。俺は暇つぶしの一環で謎解きホラーゲームで遊ぶような気持ちで紙にメモをとる。やるならまじめにやった方が良い。
「それで、えーと…さっき俺自分で言ったけどさ、この映像の目的について」
ボールペンを二回鳴らした。
「『サナカを返してください』って、最後に書いてあったんだっけ」
「そうだ。真っ暗な背景に白い文字で…サナカは片仮名だ」
「人の名前か?映像の流れから直前に映っていた女の子が”サナカ”になりそうだと思うんだけど、フタさんはどう思う?」
「うーん…サナカっていう名前、珍しいな」
「片仮名で書かれてるっていうのも気になるよ。これは不特定多数が見る動画サイトにアップされた映像で、本当に『返して』って思ってあげたんなら実名を書きそうなものだと思うんだけど」
「これが行方不明者についての動画ってことか?でもだったらもっと書くべき情報があるだろ」
「うん。だから書く必要はないんだろうね。作成者の意図はそこじゃないんだ」
「どこ?」
「…もう少し初めから見ていってみよう。まだ何もわからない」
一度最後の薄気味悪いメッセージは置いておいて、映像の始めから調べていくことにした。真っ当な手順だとは思うが、実のところ自分で話しながら、その言葉が少し怖かったのだ。
「はじめのシーンな…」
フタさんが動画を遡り、最初のシーンを見てくれる。
「公園の静止画だ。音声は別撮りで、犬の鳴き声とブランコが揺れるような音がする」
「他に聞こえるものはある?公園なんだから、犬以外にも人の話し声とか」
「確かに…ちょっと聞いてみるわ」
しばらく静かになった。俺は薄暗い公園とブランコの音を想像して待った。寂しい場所だ。
「遠くの方でなってる車のエンジン音とか風?の音なら。人の話し声はしないわ」
「静かな場所なんだね」
「静止画とは別な場所かもしれねえよ?」
「どうだろう、それは確証がないけど、でもブランコの音はするんだよね。それも別撮り?」
「いや…音声はひとつのデータだと思う。ごめん、詳しいことはわかんねえ」
「さすがにそこまで分析できたらやばいよね」
「でもハロの言う通り、ブランコのある場所で録音された音声ってことは間違いないのかもしれないな」
「人の話し声がしない公園なんて、どれだけ寂れた場所なんだ」
「静止画の通り昼間だったら結構閑散としてるな。そのあとに映る排水溝も公園の近くのものじゃねえかとなんとなく思うんだけど」
フタさんがそういった。
「関連のない静止画を差し込んでも意味ないもんな。フタさん、静止画の中から、次のシーンで映る側溝が写り込んでいないかよく見られる?」
「わかった。見てみる」
「スクショ送ってくれてもいいよ」
「まあ待て」
いまだに映像を1秒も見ていない自分はなんて律儀なんだろう。呑気なことを考えて待つしかなかった。
「…っち。いやー木陰の向こうに青色のフェンスがあるんだが、そのあたりに確かに側溝はある。道路側だが」
「木陰?」
「そう。静止画なんだが、構図的には右手前にブランコ、奥に鉄棒。あとそれらを覆うようにでかい木の幹が生えてて公園全体に影がかかってんのな」
「うん」
「で、左の方、もうほとんど草むらなんだよ。手入れされてないみたいな場所で、木があるせいもあって結構暗いんだ。その向こうにちらっとフェンスが見える」
「なんか危なっかしい公園だな」
「そうか?」
「遊んでる子供を見守れないじゃないか。それにそんなに草が生えてるって…そもそもあまり使われてなかった公園なのか…」
フタさんの説明のとおりノートに公園の図を書き起こす。遊具も少ないようだし、狭い公園なのだろうか。
「一旦先に進もう。排水溝だ」
「ああ。次な…この泥だらけの…これがある場所がさっき見えた側溝部分だったら公園の真横だぜ」
「泥だらけの排水溝と…別角度から撮られた同じ場所」
「ついでに別角度で撮影したのには、泥の中に青い何かが増えてる」
青…というと映像の最後に映った少女を思い出して嫌な気持ちになる。
「青っていうけどさ、服っぽかったり柄が付いていたりするの?」
「いや、結構汚れてて判別できねえんだ。あと最初から画質も結構荒い」
「ふーん…」
少し考えた。
「その荒いっていうのは加工だよね」
「いや、実際ノイズも出てるし加工みたいなわざとらしいものじゃねえぜ」
「うーん、どうかな。その動画の形式、MOVじゃん」
「…だからどうした」
「多分iPhoneで全部繋ぎ合わせて一つの動画にしてると思う」
「なるほど…MOVがなんなのか知らなかった」
「でもそっか、元々撮ってあった映像をつなぎ合わせてる可能性もあるもんな」
ため息をつきながら背もたれに沈み込んだ。
ちらりと時計をみる。ロッピャクもシップも、結局まだ戻ってきていない。
「あ、ちょっと待て」
フタさんが急に声を上げた。
「排水溝のシーン、はじめのを1、次のを2とすると、2の方が画質が荒くて1の方が比較的きれいだ」
「フタさん!やっと使える目になってきたな!」
「よっしゃ」
不謹慎にもふたりして楽し気な声を上げてしまった。
しかし、良い着眼点だ。
「この映像、時系列順に撮影されたわけじゃないんだ!じゃあ敢えて排水溝を撮り直してる」
「確かに泥だらけなのに変わりはないが、言われてみればぐちょぐちょになった泥にまみれてる葉っぱとかなんか色々が割と違うな」
「いいね。いい調子。とにかくこの順番に編集し直したのには意味があると思うから、この後の映像についても念頭に置いておこう」
俺はノートに書き記していたシーン1とシーン2に順番を入れ替える矢印を付け足しておいた。
「…じゃあ、シーン2は…2007年に撮影されたものかな」
ぽつりと呟いた。
「…そう、なのか?」
再び通話は静かになってしまった。ひとつの案が浮かんだのだ。それは多分、最も早くて有力な方法だ。
「あのさ、考えたくないけど、2007年に起きた…行方不明事件とか、そういうの調べてみないか?」
「…俺が?」
フタさんは嫌がった。
「…フタさんは引き続き動画を調べてもらって…俺が調べるよ…」
「お、おう。頼むぜ」
一気に”サナカ”の正体について近づいてしまうような気がした。その時スッと、背筋を這い上るような寒気がした。思わず振り返る。こんなに改めて部屋を見渡すことなんてなかったから、少しだけ緊張した。部屋の扉を半開きにしたままの自分を憎んだ。その先には真っ暗な廊下がある。モニターの明かりに照らされた廊下のフローリングは、扉が影になっているせいですぐ先も見えない。逆に閉める勇気がわかなかった。そのまま視線をデスクにもどし、敏感になった背後を無視するようにモニターに向かう。
『2007 さなか 行方不明』
打ち込んだキーワードはこれだ。
しかしヒットしない。当然様々な行方不明事件が並んだが、”サナカ”に関することは見当たらなかった。厄介な名前だ。
公園、2007年、誘拐、事故…一通り当たったが、それらしい事件は検索結果に現れなかった。
「案外ダメだな…簡単にヒットしそうでちょっと緊張したんだけど、ピンと来るものは無いや」
「そうか?えーと…あ、そういえば次のシーンで防災無線が鳴ってたよな」
「大ヒントじゃん。内容もう一度教えて」
「ああ…◾️◾️区からはじまる放送で、行方不明のなになにちゃんがーって」
「◾️◾️区…その女の子?の名前は聞き取れないのか?」
「そうだな。ノイズがひどい」
「とにかくその区で調べてみよう。これはきっとヒットする」
俺はフタさんに言われた通りの名前を入力して、検索する。ヒット。
都内にある街だった。
「実在するね…じゃあその防災無線は創作じゃなくて実際の音声を録音したものになるのかも。でも肝心な行方不明者の名前を読み上げるところが聞こえないんじゃあ、いつ録音したものなのかはわからないな」
「俺も今調べてみてるんだけど、これ、マップから例の公園見つけ出せねえかな?」
フタさんが言った。少しだけゾッとした。
「探してみようか…ねえ、俺が公園のピックアップをするから、フタさんはそのあとの映像を調査してよ」
「あとっていうと…ここから難しそうなんだよな。じいさんの声がしたあと、妙にチカチカして見づらいっていうか…んで仏壇の前のシーンに繋がる、と…」
「確かに難しそう。難航したら教えて」
俺は早速マップに戻り、現在の■■区の全体を眺めた。
広い。都内の中でも大きい気がした。
一旦、この区の中で名前を知っている駅を調べ、街全体の雰囲気を確かめてみる。何枚もの写真や様々な催事情報がヒットする。どうやらこの駅前にはサラリーマンうけしそうなチェーン店が立ち並び、昼は学生、夜には会社員で賑わっているようだった。とはいっても、見たところよくあるベッドタウンだろう。ビルは低いし古い。日陰になったバスロータリーには数人が列をなしている。地方寄りの静かな街という印象を受ける。念のため他の駅でも検索をかけた。ローカル線が一本通っていて、少し行けば都内中央に通ずる路線も増えてくる。なんとなく自分が住んでいる街もこんな感じだとか考えていた。要するに、ありふれた場所なのだ。
「公園…公園ね」
マップに戻る。区全体をマップで見降ろしてみると、大きな公園が3カ所程あるようだ。俺は実際に動画を見ていないから、公園の写真をみてもわからない。だけど意外にも、ストリートビューを通して見てみると、その3カ所すべてがある程度広く、また昼間に撮影された写真では走り回る子供とそれを見守る大人が付き添っている様子が見られる。なんとなく、この3つの公園のすべてが、映像のものではないように思えた。
「そうか…でも…静止画だったんだもんな」
公園の静止画は2007年ごろ撮影された可能性もある。そう考えると永遠に見つからないようにも思えた。途方もなくストリートビューを動かして街並みを眺める。公園はまだしも、やはり静かそうな住宅街やマンションが立ち並ぶ団地があるようだ。住んでいる人間は多いのだろう。そうして眺めていると、団地の隅に小さな小さな公園があることに気が付いた。
「まじか…」
この規模の公園の可能性すらある。名前もない、団地の間につくられた小さな公園。このタイプの広場はたくさん見かけるぞ、とため息をこぼした。
「やっぱりもう少し範囲を狭めないと…」
そうつぶやいたとき、ふととある民家が目に留まる。民家というには少し広くて玄関口に看板を構えた1階建ての建物だ。その建物の横にも小さな公園があった。看板には何が書かれているのだろう。気になって別の角度に移動する。
『光如会館』
そう書いてあった。
「こう…にょ…かい?」
馴染みのない文字列だった。
「なんて?」
次の映像を調べているはずのフタさんがそう聞き返してきた。彼は煙草を吸っているようで、フーッと息を吐くのが聞こえた。
「今この区にある公園を調べてたんだけど無数にあってさ…無理だ―って思ったところなんだけど、気になる建物があって。その横にも公園があるから引っかかるんだ。その建物の看板に、光、如来の如、会館っていう…こうにょ会?っていうのかな。そういう名前がついてるんだ」
そういいながらストリートビューからマップに画面を戻した。
そうしてこの建物の詳細がないか、そこをクリックしてみる。情報がでた。
[光如会館]
この会館の住所と、いくつかの角度からとられた会館の写真、また、内部と思われる写真もいくつかあった。小奇麗な内装だ。白いフローリングは清潔感があるし、煌びやかな仏具のようなものが装飾の様に飾られている。これは廊下だろうか?
口コミなどが書かれているわけではなかったから、得られる情報はそれだけだった。
「念のため、フタさんにも共有しておく」
「おう。ありがとよ」
フタさんの個別DMに会館のマップ情報を共有した。
さっそく眺めているようだ。
「えっと…横にあるっていう公園を見るには…これか…ストリートビューね、それくらいわかるぜ」
ひとりごとを言いながら確認している。
「どう?公園の様子とか、映像と似てたりする?」
「……これ、季節はいつ頃なんだろうか」
「ストリートビューが撮影されたときの季節ってこと?」
「そう。いや、かなり似てる気がしたんだ。ブランコは…これとっぱられてねえか?器具だけ残ってら。で、ほら鉄棒が奥にあるだろ。それから葉っぱが枯れててこれは分かりづらいが、夏には茂みになるかも」
もう一度公園を見てみた。確かにフタさんの言う通り、ブランコの肝心な部分が撤去された間抜けな鉄だけがたっている残骸と、鉄棒がある。
公園の奥に話にあったフェンスのようなものもあるが、俺が想像していた公園とは少し違って見えるような気がする。
「うーんわかんないな。季節もあるけど、映像の時期とストリートビューが撮影された時期のズレもあるだろうし…ここだと断定するのは難しいかもね」
「似たような公園はたくさんありそうだな…」
「フタさんの方はどうだった?進捗」
「ああ、俺な。いやーこれ、最初は葬式か何かかと思ったんだが黒と白のさ、鯨膜だっけ?あれも無いし花もないし、坊さんが仏壇に向かってなにか唱えてるだけに見えてよ」
「…法事とか…?俺そういうのにあんま参加したことないからわからないや」
「俺もだよ。でもなんかの行事にしては質素だし、そうじゃないとしてもわざわざこんな立派な袈裟着てなにやってるんだ…?としか…そのあとに映る女も不気味で、もうそこは飛ばして見ないようにしてる」
「そんなに怖いんだ」
「ああ、そのあともな、なんか殴るような音が続くんだ。罵声が酷く音割れしてるからあまり聞き取れねえけど、なんか可哀想になっちまってさ…悪いけど収穫ゼロだ」
「いいよ、不気味だししかたない。…そういえば体調は?」
「気持ち悪いとこさけてるからまあまあ…でもずっと寒いんだ。真冬でもないのにな」
そのあとはしばらく二人でぼんやりとしていた。フタさんは煙草を吸いながら例の動画を止めたり進めたり、ずっと見ている。
俺は結局、こんなに調べているのにいまだに見ていない。
話し合っているうちに解像度が上がってきて、もはや見なくても良いような気もしてきた。問題はやはり映像が公開された意図にあるとずっとそう思っている。
それ次第では見たいとも思うし、見たくないとも思う。ただずっと気になってしまうのは、やはり『返してください』という強いキーワードだ。懇願、怒り、訴え、様々な目的を想像してしまう。
「最後のさ」
俺は口を開いた。
「最後のシーンは、女の子の映像だっけ」
「そうだ。あまり顔は見えないんだけど楽しそうに走ってて、夏なのかなー。涼し気なワンピースを着て走ってる。これは本当にただのホームビデオみたいな感じだ。最後の音割れさえなければな」
「『ねえええーー』っていう声だっけ」
「そう。聞こえたかもしれねえけど、『ねえええー』っていうのは多分この子がそう言いながら駆け寄ってきててさ、その音が間延びしてバグって変な音になってんの」
「…何て言おうとしたんだろう」
「うーん。ねぇ、っていう呼びかけか?」
「それはまあ、そんな気がするよね」
またお互い黙ってしまう。
いなくなったロッピャクのこともあり、これ以外のことをする気にもならないのだが、どうにも行き詰ってしまった感じだ。
しかしそういえば、というような風に、俺はキーボードを叩いた。
『光如会 ■■区』。エンターを押す。ヒットした。
場所はさっき調べた住所で間違いない。光如会という新興宗教のHPがあらわれた。小さな団体らしく、都内を中心にいくつかの支部にわかれているらしい。そのひとつが■■区に今もなお存在している。HPは低予算ながらも慎ましくも綺麗な、仏教風にデザインされているのは素人目でも分かった。こういうのはもっと胡散臭いのを想像していたから意外に思った。フタさんのため息を聞きながら、HPを潜っていく。
教義…どうでもいい。献金について…どうでもいい。HPに好印象を持ちながらも、やはり内容はやたら聞こえの良い言葉で構成されていて少し苦笑いをしてしまう。
「フタさん、光如会のさあ、悪い噂とかについて調べてくれない?」
「ああ、さっきの。そうだな、やってみる」
フタさんにそう言いながら、自分はHPを隅々まで見ていった。役員紹介のページがある。そこまで興味がなかったが見てみることにした。
支部長、師、といったよくわからない肩書と一緒に何人かの老人の顔写真が掲載されていた。やはり仏教系の新興宗教なのか、坊主頭をした者も何人かいる。スクロールする手が止まった。
「この人…」
そうつぶやいたとき、フタさんも声を上げた。
「おい、なんか気持ちわりいよ」
「えっどうしたの」
「いや、やっぱりさあ、献金額が高いとかなんか仏像買わされるとかよくある話がわんさか出てくるわけ。でもなんか、ガッツリ詐欺っぽいこともしてるっていうか、詐欺通り越して気味悪ぃよ」
そう言いながらフタさんは一つURLを寄こしてきた。
見てみると、とあるブログサイトの記事だった。
[尊師様から教わった御呪い]
このところ、身内に不幸が続いたこともあり、
私自身、精神的にも肉体的にも疲弊しておりました。
不幸についてはいずれ来るもの、と覚悟していましたが、
疲れはどうにもなりませんね。
変に関連付けるのはやめようとそう思っていたのですが、
尊師様が仰るには、祓った方が良い邪悪が憑りついていると、そう仰いました。
そういわれては仕方ない。
どうにかしなくては、と思ったので、
丁度髪も伸びてきましたし、バッサリ切って悪運から逃れるための儀礼を行うことにしました。
光如会が教えてくださる儀式には自分かその代わりが必要ですから、女は楽ですよね。
そうかかれたブログ記事の最後には、少量の毛髪を半紙のようなもので束ねた気味の悪い写真が添付されていた。
「き…きも…」
「結構時代錯誤なことしてんのな…他の記事も見てみたけど、あそこには色んな儀礼?があって、みんな逐一儀式を行ってるらしいぜ」
「そう、なんだ」
気が引けた。真っ白に色素が抜けた老人の毛髪の束は、目に焼き付いて離れなかった。すこし吐き気がする。
「あ、あの、そうだフタさん、見てほしいものがある」
俺は話を逸らすようにして、こちらでも見つけたページのURLを送った。さっきの役員紹介だ。
「その3番目に紹介されてるお爺さんなんだけど」
「ああ…ああ!!」
フタさんが大きな声を上げた。少し薄気味悪さを感じていたせいで、過剰にその声に驚いてしまった。少し自分も空気に飲み込まれてきたのかもしれない。
「この爺さんだよ!間違いねえ!顔から首の後ろにかけてアザがあるだろ?これ多分、あの仏間のシーンで背中向けて座ってた爺さんだ!」
「やっぱり…そうなのか…」
フタさんは喜んでいたが、俺は逆に力が抜けてしまった。ピースがはまっていく感覚が楽しかったのはさっきまでだ。この新興宗教が現れてから空気が冷たく感じるし、少し怖い。
ヘッドフォンの向こうでフタさんが喜ぶ声がする。疲れてしまった俺は、一旦椅子に深く腰掛け、深呼吸をすることにした。
その時だった。
「え、ロッピャク」
ボイスチャットに入室を知らせる音が鳴った。確認してみれば、そこにはロッピャクのアイコンが表示されている。
「ロッピャク、大丈夫か?」
フタさんがそう声をかけた。
「……さっきは怒鳴って悪かったよ。お前の方は大丈夫か?」
しかしロッピャクは答えない。
「…待って、フタさん。ロッピャク何か言ってない?」
「は…?」
俺たちは耳を澄ませた。静かに音声設定調節し、ロッピャクの音声をゆっくりと、ゆっくりとあげていく。
「…ね………んね、………ナカちゃんで………んで…」
フタさんも俺も、何もいえなかった。
「サナカちゃんで、遊んでごめんなさい……」
ロッピャクは啜り泣きながらそう言った。
どうして、ロッピャクがそんな事を言うんだ。
「そうなのか?だいたいが伝わったならいいんだが…」
フタさんは柄にもなく焦りつつも一生懸命に動画の内容を話してくれた。彼が自分で言っていた通りやはり説明はおぼつかない感じではあったが、一連の流れは把握できた。
「でも想像するしかないから、フタさんほど怖さは感じないけど」
「場面ごとに構成されてるっていうんなら、ひとつずつもう少し詳しく話していくぜ?」
「いや、大体の内容はわかったから俺は満足だけど…フタさん、映像について詳しく話したいのはなんでなん?」
「なんでって…」
フタさんは口籠ってしまった。適切な答えを探しているようだ。
「いくらこの動画が不気味だったとはいえ、俺は内容がわかればそれでいいよ。見るなっていうから説明してほしいってだけだったし」
「…やっぱり、ロッピャクがなんでこれを見てここにURLを貼ったのかっていうのと、俺が実際に映像を見て感じた嫌な感じが…すげぇ引っかかってるっていうか」
「はっきりしないな」
「でも調べたいっていうのは変わんねえんだ」
「フタさんはその映像がノンフィクションだと思ってる?」
「え…」
「普通に考えたら誰かの創作物でしょ。それ」
「いや…うーん…そういわれちまうと…」
彼がここまで調べたがるのは何故だろう。いつものフタさんであれば、ホラー動画なんてロクに見ないだろうし、寧ろ鼻で笑うタイプだろう。この疑問はフタさんにぶつけても答えは出ないことはわかりきっていたが、映像を見るなと言われている以上、何か彼が気が付くものがあるのなら教えてほしかった。
「ごめん、調べたいっていう気持ちを折りたいわけじゃないんだ。別に大きな理由はなくていいよ。フタさんが吐くほどの不快な動画だったんだ。ある程度映像の目的とか、何かわかるくらいなら一緒に調べるか」
「ハロお前案外頼りになるんだな」
「俺はまだ見てないし、当事者じゃないからじゃね。今は好奇心しかない」
「そうか…まあ助かるよ」
フタさんは改めて映像を見ているようだった。俺は暇つぶしの一環で謎解きホラーゲームで遊ぶような気持ちで紙にメモをとる。やるならまじめにやった方が良い。
「それで、えーと…さっき俺自分で言ったけどさ、この映像の目的について」
ボールペンを二回鳴らした。
「『サナカを返してください』って、最後に書いてあったんだっけ」
「そうだ。真っ暗な背景に白い文字で…サナカは片仮名だ」
「人の名前か?映像の流れから直前に映っていた女の子が”サナカ”になりそうだと思うんだけど、フタさんはどう思う?」
「うーん…サナカっていう名前、珍しいな」
「片仮名で書かれてるっていうのも気になるよ。これは不特定多数が見る動画サイトにアップされた映像で、本当に『返して』って思ってあげたんなら実名を書きそうなものだと思うんだけど」
「これが行方不明者についての動画ってことか?でもだったらもっと書くべき情報があるだろ」
「うん。だから書く必要はないんだろうね。作成者の意図はそこじゃないんだ」
「どこ?」
「…もう少し初めから見ていってみよう。まだ何もわからない」
一度最後の薄気味悪いメッセージは置いておいて、映像の始めから調べていくことにした。真っ当な手順だとは思うが、実のところ自分で話しながら、その言葉が少し怖かったのだ。
「はじめのシーンな…」
フタさんが動画を遡り、最初のシーンを見てくれる。
「公園の静止画だ。音声は別撮りで、犬の鳴き声とブランコが揺れるような音がする」
「他に聞こえるものはある?公園なんだから、犬以外にも人の話し声とか」
「確かに…ちょっと聞いてみるわ」
しばらく静かになった。俺は薄暗い公園とブランコの音を想像して待った。寂しい場所だ。
「遠くの方でなってる車のエンジン音とか風?の音なら。人の話し声はしないわ」
「静かな場所なんだね」
「静止画とは別な場所かもしれねえよ?」
「どうだろう、それは確証がないけど、でもブランコの音はするんだよね。それも別撮り?」
「いや…音声はひとつのデータだと思う。ごめん、詳しいことはわかんねえ」
「さすがにそこまで分析できたらやばいよね」
「でもハロの言う通り、ブランコのある場所で録音された音声ってことは間違いないのかもしれないな」
「人の話し声がしない公園なんて、どれだけ寂れた場所なんだ」
「静止画の通り昼間だったら結構閑散としてるな。そのあとに映る排水溝も公園の近くのものじゃねえかとなんとなく思うんだけど」
フタさんがそういった。
「関連のない静止画を差し込んでも意味ないもんな。フタさん、静止画の中から、次のシーンで映る側溝が写り込んでいないかよく見られる?」
「わかった。見てみる」
「スクショ送ってくれてもいいよ」
「まあ待て」
いまだに映像を1秒も見ていない自分はなんて律儀なんだろう。呑気なことを考えて待つしかなかった。
「…っち。いやー木陰の向こうに青色のフェンスがあるんだが、そのあたりに確かに側溝はある。道路側だが」
「木陰?」
「そう。静止画なんだが、構図的には右手前にブランコ、奥に鉄棒。あとそれらを覆うようにでかい木の幹が生えてて公園全体に影がかかってんのな」
「うん」
「で、左の方、もうほとんど草むらなんだよ。手入れされてないみたいな場所で、木があるせいもあって結構暗いんだ。その向こうにちらっとフェンスが見える」
「なんか危なっかしい公園だな」
「そうか?」
「遊んでる子供を見守れないじゃないか。それにそんなに草が生えてるって…そもそもあまり使われてなかった公園なのか…」
フタさんの説明のとおりノートに公園の図を書き起こす。遊具も少ないようだし、狭い公園なのだろうか。
「一旦先に進もう。排水溝だ」
「ああ。次な…この泥だらけの…これがある場所がさっき見えた側溝部分だったら公園の真横だぜ」
「泥だらけの排水溝と…別角度から撮られた同じ場所」
「ついでに別角度で撮影したのには、泥の中に青い何かが増えてる」
青…というと映像の最後に映った少女を思い出して嫌な気持ちになる。
「青っていうけどさ、服っぽかったり柄が付いていたりするの?」
「いや、結構汚れてて判別できねえんだ。あと最初から画質も結構荒い」
「ふーん…」
少し考えた。
「その荒いっていうのは加工だよね」
「いや、実際ノイズも出てるし加工みたいなわざとらしいものじゃねえぜ」
「うーん、どうかな。その動画の形式、MOVじゃん」
「…だからどうした」
「多分iPhoneで全部繋ぎ合わせて一つの動画にしてると思う」
「なるほど…MOVがなんなのか知らなかった」
「でもそっか、元々撮ってあった映像をつなぎ合わせてる可能性もあるもんな」
ため息をつきながら背もたれに沈み込んだ。
ちらりと時計をみる。ロッピャクもシップも、結局まだ戻ってきていない。
「あ、ちょっと待て」
フタさんが急に声を上げた。
「排水溝のシーン、はじめのを1、次のを2とすると、2の方が画質が荒くて1の方が比較的きれいだ」
「フタさん!やっと使える目になってきたな!」
「よっしゃ」
不謹慎にもふたりして楽し気な声を上げてしまった。
しかし、良い着眼点だ。
「この映像、時系列順に撮影されたわけじゃないんだ!じゃあ敢えて排水溝を撮り直してる」
「確かに泥だらけなのに変わりはないが、言われてみればぐちょぐちょになった泥にまみれてる葉っぱとかなんか色々が割と違うな」
「いいね。いい調子。とにかくこの順番に編集し直したのには意味があると思うから、この後の映像についても念頭に置いておこう」
俺はノートに書き記していたシーン1とシーン2に順番を入れ替える矢印を付け足しておいた。
「…じゃあ、シーン2は…2007年に撮影されたものかな」
ぽつりと呟いた。
「…そう、なのか?」
再び通話は静かになってしまった。ひとつの案が浮かんだのだ。それは多分、最も早くて有力な方法だ。
「あのさ、考えたくないけど、2007年に起きた…行方不明事件とか、そういうの調べてみないか?」
「…俺が?」
フタさんは嫌がった。
「…フタさんは引き続き動画を調べてもらって…俺が調べるよ…」
「お、おう。頼むぜ」
一気に”サナカ”の正体について近づいてしまうような気がした。その時スッと、背筋を這い上るような寒気がした。思わず振り返る。こんなに改めて部屋を見渡すことなんてなかったから、少しだけ緊張した。部屋の扉を半開きにしたままの自分を憎んだ。その先には真っ暗な廊下がある。モニターの明かりに照らされた廊下のフローリングは、扉が影になっているせいですぐ先も見えない。逆に閉める勇気がわかなかった。そのまま視線をデスクにもどし、敏感になった背後を無視するようにモニターに向かう。
『2007 さなか 行方不明』
打ち込んだキーワードはこれだ。
しかしヒットしない。当然様々な行方不明事件が並んだが、”サナカ”に関することは見当たらなかった。厄介な名前だ。
公園、2007年、誘拐、事故…一通り当たったが、それらしい事件は検索結果に現れなかった。
「案外ダメだな…簡単にヒットしそうでちょっと緊張したんだけど、ピンと来るものは無いや」
「そうか?えーと…あ、そういえば次のシーンで防災無線が鳴ってたよな」
「大ヒントじゃん。内容もう一度教えて」
「ああ…◾️◾️区からはじまる放送で、行方不明のなになにちゃんがーって」
「◾️◾️区…その女の子?の名前は聞き取れないのか?」
「そうだな。ノイズがひどい」
「とにかくその区で調べてみよう。これはきっとヒットする」
俺はフタさんに言われた通りの名前を入力して、検索する。ヒット。
都内にある街だった。
「実在するね…じゃあその防災無線は創作じゃなくて実際の音声を録音したものになるのかも。でも肝心な行方不明者の名前を読み上げるところが聞こえないんじゃあ、いつ録音したものなのかはわからないな」
「俺も今調べてみてるんだけど、これ、マップから例の公園見つけ出せねえかな?」
フタさんが言った。少しだけゾッとした。
「探してみようか…ねえ、俺が公園のピックアップをするから、フタさんはそのあとの映像を調査してよ」
「あとっていうと…ここから難しそうなんだよな。じいさんの声がしたあと、妙にチカチカして見づらいっていうか…んで仏壇の前のシーンに繋がる、と…」
「確かに難しそう。難航したら教えて」
俺は早速マップに戻り、現在の■■区の全体を眺めた。
広い。都内の中でも大きい気がした。
一旦、この区の中で名前を知っている駅を調べ、街全体の雰囲気を確かめてみる。何枚もの写真や様々な催事情報がヒットする。どうやらこの駅前にはサラリーマンうけしそうなチェーン店が立ち並び、昼は学生、夜には会社員で賑わっているようだった。とはいっても、見たところよくあるベッドタウンだろう。ビルは低いし古い。日陰になったバスロータリーには数人が列をなしている。地方寄りの静かな街という印象を受ける。念のため他の駅でも検索をかけた。ローカル線が一本通っていて、少し行けば都内中央に通ずる路線も増えてくる。なんとなく自分が住んでいる街もこんな感じだとか考えていた。要するに、ありふれた場所なのだ。
「公園…公園ね」
マップに戻る。区全体をマップで見降ろしてみると、大きな公園が3カ所程あるようだ。俺は実際に動画を見ていないから、公園の写真をみてもわからない。だけど意外にも、ストリートビューを通して見てみると、その3カ所すべてがある程度広く、また昼間に撮影された写真では走り回る子供とそれを見守る大人が付き添っている様子が見られる。なんとなく、この3つの公園のすべてが、映像のものではないように思えた。
「そうか…でも…静止画だったんだもんな」
公園の静止画は2007年ごろ撮影された可能性もある。そう考えると永遠に見つからないようにも思えた。途方もなくストリートビューを動かして街並みを眺める。公園はまだしも、やはり静かそうな住宅街やマンションが立ち並ぶ団地があるようだ。住んでいる人間は多いのだろう。そうして眺めていると、団地の隅に小さな小さな公園があることに気が付いた。
「まじか…」
この規模の公園の可能性すらある。名前もない、団地の間につくられた小さな公園。このタイプの広場はたくさん見かけるぞ、とため息をこぼした。
「やっぱりもう少し範囲を狭めないと…」
そうつぶやいたとき、ふととある民家が目に留まる。民家というには少し広くて玄関口に看板を構えた1階建ての建物だ。その建物の横にも小さな公園があった。看板には何が書かれているのだろう。気になって別の角度に移動する。
『光如会館』
そう書いてあった。
「こう…にょ…かい?」
馴染みのない文字列だった。
「なんて?」
次の映像を調べているはずのフタさんがそう聞き返してきた。彼は煙草を吸っているようで、フーッと息を吐くのが聞こえた。
「今この区にある公園を調べてたんだけど無数にあってさ…無理だ―って思ったところなんだけど、気になる建物があって。その横にも公園があるから引っかかるんだ。その建物の看板に、光、如来の如、会館っていう…こうにょ会?っていうのかな。そういう名前がついてるんだ」
そういいながらストリートビューからマップに画面を戻した。
そうしてこの建物の詳細がないか、そこをクリックしてみる。情報がでた。
[光如会館]
この会館の住所と、いくつかの角度からとられた会館の写真、また、内部と思われる写真もいくつかあった。小奇麗な内装だ。白いフローリングは清潔感があるし、煌びやかな仏具のようなものが装飾の様に飾られている。これは廊下だろうか?
口コミなどが書かれているわけではなかったから、得られる情報はそれだけだった。
「念のため、フタさんにも共有しておく」
「おう。ありがとよ」
フタさんの個別DMに会館のマップ情報を共有した。
さっそく眺めているようだ。
「えっと…横にあるっていう公園を見るには…これか…ストリートビューね、それくらいわかるぜ」
ひとりごとを言いながら確認している。
「どう?公園の様子とか、映像と似てたりする?」
「……これ、季節はいつ頃なんだろうか」
「ストリートビューが撮影されたときの季節ってこと?」
「そう。いや、かなり似てる気がしたんだ。ブランコは…これとっぱられてねえか?器具だけ残ってら。で、ほら鉄棒が奥にあるだろ。それから葉っぱが枯れててこれは分かりづらいが、夏には茂みになるかも」
もう一度公園を見てみた。確かにフタさんの言う通り、ブランコの肝心な部分が撤去された間抜けな鉄だけがたっている残骸と、鉄棒がある。
公園の奥に話にあったフェンスのようなものもあるが、俺が想像していた公園とは少し違って見えるような気がする。
「うーんわかんないな。季節もあるけど、映像の時期とストリートビューが撮影された時期のズレもあるだろうし…ここだと断定するのは難しいかもね」
「似たような公園はたくさんありそうだな…」
「フタさんの方はどうだった?進捗」
「ああ、俺な。いやーこれ、最初は葬式か何かかと思ったんだが黒と白のさ、鯨膜だっけ?あれも無いし花もないし、坊さんが仏壇に向かってなにか唱えてるだけに見えてよ」
「…法事とか…?俺そういうのにあんま参加したことないからわからないや」
「俺もだよ。でもなんかの行事にしては質素だし、そうじゃないとしてもわざわざこんな立派な袈裟着てなにやってるんだ…?としか…そのあとに映る女も不気味で、もうそこは飛ばして見ないようにしてる」
「そんなに怖いんだ」
「ああ、そのあともな、なんか殴るような音が続くんだ。罵声が酷く音割れしてるからあまり聞き取れねえけど、なんか可哀想になっちまってさ…悪いけど収穫ゼロだ」
「いいよ、不気味だししかたない。…そういえば体調は?」
「気持ち悪いとこさけてるからまあまあ…でもずっと寒いんだ。真冬でもないのにな」
そのあとはしばらく二人でぼんやりとしていた。フタさんは煙草を吸いながら例の動画を止めたり進めたり、ずっと見ている。
俺は結局、こんなに調べているのにいまだに見ていない。
話し合っているうちに解像度が上がってきて、もはや見なくても良いような気もしてきた。問題はやはり映像が公開された意図にあるとずっとそう思っている。
それ次第では見たいとも思うし、見たくないとも思う。ただずっと気になってしまうのは、やはり『返してください』という強いキーワードだ。懇願、怒り、訴え、様々な目的を想像してしまう。
「最後のさ」
俺は口を開いた。
「最後のシーンは、女の子の映像だっけ」
「そうだ。あまり顔は見えないんだけど楽しそうに走ってて、夏なのかなー。涼し気なワンピースを着て走ってる。これは本当にただのホームビデオみたいな感じだ。最後の音割れさえなければな」
「『ねえええーー』っていう声だっけ」
「そう。聞こえたかもしれねえけど、『ねえええー』っていうのは多分この子がそう言いながら駆け寄ってきててさ、その音が間延びしてバグって変な音になってんの」
「…何て言おうとしたんだろう」
「うーん。ねぇ、っていう呼びかけか?」
「それはまあ、そんな気がするよね」
またお互い黙ってしまう。
いなくなったロッピャクのこともあり、これ以外のことをする気にもならないのだが、どうにも行き詰ってしまった感じだ。
しかしそういえば、というような風に、俺はキーボードを叩いた。
『光如会 ■■区』。エンターを押す。ヒットした。
場所はさっき調べた住所で間違いない。光如会という新興宗教のHPがあらわれた。小さな団体らしく、都内を中心にいくつかの支部にわかれているらしい。そのひとつが■■区に今もなお存在している。HPは低予算ながらも慎ましくも綺麗な、仏教風にデザインされているのは素人目でも分かった。こういうのはもっと胡散臭いのを想像していたから意外に思った。フタさんのため息を聞きながら、HPを潜っていく。
教義…どうでもいい。献金について…どうでもいい。HPに好印象を持ちながらも、やはり内容はやたら聞こえの良い言葉で構成されていて少し苦笑いをしてしまう。
「フタさん、光如会のさあ、悪い噂とかについて調べてくれない?」
「ああ、さっきの。そうだな、やってみる」
フタさんにそう言いながら、自分はHPを隅々まで見ていった。役員紹介のページがある。そこまで興味がなかったが見てみることにした。
支部長、師、といったよくわからない肩書と一緒に何人かの老人の顔写真が掲載されていた。やはり仏教系の新興宗教なのか、坊主頭をした者も何人かいる。スクロールする手が止まった。
「この人…」
そうつぶやいたとき、フタさんも声を上げた。
「おい、なんか気持ちわりいよ」
「えっどうしたの」
「いや、やっぱりさあ、献金額が高いとかなんか仏像買わされるとかよくある話がわんさか出てくるわけ。でもなんか、ガッツリ詐欺っぽいこともしてるっていうか、詐欺通り越して気味悪ぃよ」
そう言いながらフタさんは一つURLを寄こしてきた。
見てみると、とあるブログサイトの記事だった。
[尊師様から教わった御呪い]
このところ、身内に不幸が続いたこともあり、
私自身、精神的にも肉体的にも疲弊しておりました。
不幸についてはいずれ来るもの、と覚悟していましたが、
疲れはどうにもなりませんね。
変に関連付けるのはやめようとそう思っていたのですが、
尊師様が仰るには、祓った方が良い邪悪が憑りついていると、そう仰いました。
そういわれては仕方ない。
どうにかしなくては、と思ったので、
丁度髪も伸びてきましたし、バッサリ切って悪運から逃れるための儀礼を行うことにしました。
光如会が教えてくださる儀式には自分かその代わりが必要ですから、女は楽ですよね。
そうかかれたブログ記事の最後には、少量の毛髪を半紙のようなもので束ねた気味の悪い写真が添付されていた。
「き…きも…」
「結構時代錯誤なことしてんのな…他の記事も見てみたけど、あそこには色んな儀礼?があって、みんな逐一儀式を行ってるらしいぜ」
「そう、なんだ」
気が引けた。真っ白に色素が抜けた老人の毛髪の束は、目に焼き付いて離れなかった。すこし吐き気がする。
「あ、あの、そうだフタさん、見てほしいものがある」
俺は話を逸らすようにして、こちらでも見つけたページのURLを送った。さっきの役員紹介だ。
「その3番目に紹介されてるお爺さんなんだけど」
「ああ…ああ!!」
フタさんが大きな声を上げた。少し薄気味悪さを感じていたせいで、過剰にその声に驚いてしまった。少し自分も空気に飲み込まれてきたのかもしれない。
「この爺さんだよ!間違いねえ!顔から首の後ろにかけてアザがあるだろ?これ多分、あの仏間のシーンで背中向けて座ってた爺さんだ!」
「やっぱり…そうなのか…」
フタさんは喜んでいたが、俺は逆に力が抜けてしまった。ピースがはまっていく感覚が楽しかったのはさっきまでだ。この新興宗教が現れてから空気が冷たく感じるし、少し怖い。
ヘッドフォンの向こうでフタさんが喜ぶ声がする。疲れてしまった俺は、一旦椅子に深く腰掛け、深呼吸をすることにした。
その時だった。
「え、ロッピャク」
ボイスチャットに入室を知らせる音が鳴った。確認してみれば、そこにはロッピャクのアイコンが表示されている。
「ロッピャク、大丈夫か?」
フタさんがそう声をかけた。
「……さっきは怒鳴って悪かったよ。お前の方は大丈夫か?」
しかしロッピャクは答えない。
「…待って、フタさん。ロッピャク何か言ってない?」
「は…?」
俺たちは耳を澄ませた。静かに音声設定調節し、ロッピャクの音声をゆっくりと、ゆっくりとあげていく。
「…ね………んね、………ナカちゃんで………んで…」
フタさんも俺も、何もいえなかった。
「サナカちゃんで、遊んでごめんなさい……」
ロッピャクは啜り泣きながらそう言った。
どうして、ロッピャクがそんな事を言うんだ。