9.巻物じいさん

むかしむかし、山あいの小さな村に、一人のおじいさんが住んでおりました。
耳が聞こえず、声も出せないおじいさんは、村人たちから「巻物じいさん」と呼ばれていました。
おじいさんは毎日、小さな筆を片手に、長い長い巻物に「天 地 星 空 山 川 峰 谷 雲 霧 室 苔」と書き続けていたのです。

おじいさんは村の誰とも話さず、ただひたすら筆を動かしていました。
その姿を見た子どもたちは、「どうしてそんなに書くの?」と興味津々。でも、おじいさんはにっこり笑って、黙ったまま筆を走らせるだけです。
ある日、やんちゃな男の子が巻物を引っ張るいたずらをしました。おじいさんはすぐに気づき、優しくその子の頭を撫でてから、また丁寧に巻物を巻き直しました。

巻物はどんどん長くなり、村の小道や畑を抜け、森を越え、やがて遠い山の峰までも続くほどになりました。
子どもたちは「あの巻物はどこまで伸びるんだろう?」と遊び半分でたどっていきますが、途中で疲れて帰ってくるばかり。
大人たちは、「巻物が邪魔で困る」とぼやく人もいましたが、村長さんは「いや、あれにはきっと深い深い意味があるのだろう」とおじいさんをかばいました。

そんなある日、おじいさんは静かに息を引き取りました。
おじいさんが大切にしていた巻物は、村人たちの手に残りました。その巻物をどうするかみんなで相談していると、巻物の噂を聞きつけたお殿様が、「その巻物を献上してくれれば、小判を千両やろう」と使いの者を送ってきました。

巻物を見たお殿様は、「天 地 星 空 山 川 峰 谷 雲 霧 室 苔」と繰り返し書かれた美しい文字に大いに感動しました。
そして、「この村には誠実な心と優れた技がある」と褒め、千両与えることにしました。

こうして村は豊かになり、巻物じいさんの物語は、子どもたちの間で語り継がれるようになりました。
今でも村の人々は、「おじいさんが書き続けた言葉は、自然を敬う心そのものだったのだ」と、その巻物を誇りに思っています。

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(昭和48年/○○県教育委員会発行の児童向け冊子より抜粋)