8.監視作業員 日誌より(2023年5月12日~22日)
■5月12日 天候:曇り
前任の監視員が突然亡くなったとの報せを受け、急遽この現場に配属された。
着任早々、現場監督から「前の担当者の日誌が残っている。だが、内容には触れないほうがいい」とだけ言われた。
ところが控室のラックには、その「日誌」が堂々と置かれていた。覗いてはいけないと思いつつ、ふと目を落とすと、最後の4月30日付の記録だけ何度も見返した形跡があるようだ。
私の立場もあるし、そこから先は読み進めず閉じたが、やけに不吉な言葉が目に焼き付いている。
■5月13日 天候:雨
現場一帯に計27台の監視カメラが設置されているが、その中で一部が何らかの不調を起こしているようだ。
カメラ本体には大きな問題は見当たらないのに、夜間になると記録が断続的に欠ける。
しかも、前任者が何やら不審な映り込みを調べていたらしい。
詳細は教えてもらえないが、少なくとも彼の死とは無関係だと上層部は強調している。
ただ、この“無関係”という言葉がかえって私の不安を煽っている。
今夜も雨で工事は中断だが、雨音にまぎれて何か大きなうめき声のような音が聞こえる気がしてならない。
■5月15日 天候:晴れ
前任者の日誌を読み返したい気持ちに駆られたが、上層部の意向もあるので踏みとどまっている。
そんな矢先、ベテラン作業員の河東さんから「ここには抹消されたトンネルがあるって知ってるか?」と囁かれた。
話によると、現地調査の際には確かに存在が報告されていたのに、正式な設計図や資料からはいつの間にか消されているらしい。
一応、図面管理担当にも確認を取ったが、「そんなものはない」と軽くあしらわれた。
河東さんいわく、「前の担当者はそのトンネルをしつこく調べていた」と言う。
もしかして、前任者の死に何か関係があるのだろうか。
■5月17日 天候:快晴
不可解な人影やノイズが、まだ断続的に報告される。
今回は明け方の録画にも、それらしき動きが映っていた。
私がこの仕事を引き継いでからの数日で、すでに三度も同様の影がカメラに捉えられている。
作業員の数は厳密に管理されているし、夜間作業も実施されていない。
もし前任者の日誌に書かれていた“正体不明の人物”や“映り込み”が、例のトンネルと結びついているとしたら……。
自分の恐怖心を振り払うように、私は何度も記録を再生して状況を整理してみた。
しかし見るほどに“何か”が存在していると確信せざるを得ない。
■5月19日 天候:曇り後雨
河東さんに誘われ、日暮れ前に少し離れた倉庫の奥へ行った。
そこには埃をかぶった古い現場写真や資料が保管されていて、その中に「例のトンネル」の入口らしきモノが写ったスナップがあった。
写真には視線をそらしたくなるような塗料のシミや、ひび割れがいくつも記録されており、どう見ても安全とは程遠い。
河東さんは真剣な表情で「前の監視員さんは、おそらくこのトンネルを確かめに行ったんじゃないか」と言う。
原因不明の急死と関係があるのかは断定できないが、その“抹消”されたトンネルがただの空洞で済むとは思えなくなってきた。
■5月20日 天候:不明
雨が降ったり止んだりで、工事は大幅に遅れている。
現場もざわついた空気に包まれ、先輩たちの中には妙な噂を口にする人が増えた。
「トンネルの一部が崩落しかけている」「工事完成後に封鎖される」「前任者はそこに行って戻れなくなった」など、憶測ばかりが飛び交う。
そんな中、ある古参スタッフが「詳しくは話せないが、前任者はその場所で何かを“見てしまった”んだろう」と漏らした。
その“何か”がどんなものなのか、私に確かめる手立てはない。
だが、日誌の最後のページに残された簡素なメモを思い出す。そこには一言こう書いてあった——
“何か分からない、だが、なぜか恐ろしくて書けない”
■5月21日 天候:雷雨
夜明け近く、激しい落雷のあとにカメラ4台の電源が一斉に落ちた。
そのうちの一台は、つい先日“人影”を頻繁に捉えていた場所だ。
私は急いで復旧作業に向かったが、現場に着くと、トンネルと思しき道筋へ続く足跡のようなものを見つけてしまった。
しかも作業靴ではない、大きさも形も不明瞭な足跡だった。
誰かが先に入り込んだのかもしれないが、確認する術はない。
下手に近づけば、前任者と同じ目に遭う可能性だってある。私は足がすくんでしばらくその場を動けなかった。
■5月22日 天候:晴れ
私が引き継いでから、わずか二週間ほど。
正直、限界だ。いずれこの不可解な映像の正体や、“抹消されたトンネル”の秘密を暴かなければならない時が来るのだろう。
けれど、私はそれを追求し続ける勇気があるのか自信が持てない。
前任者が書き残した日誌の最後には具体的な言及はなかったが、確実に“工事とは別の目的”を感じさせる記述があった。
私はそれを確かめたいと思う反面、同じ道を辿ってしまう恐怖が胸を締め付ける。
この日誌を読んでくれている誰かがいるなら、どうか覚えておいてほしい。
そして、その理由を追いかけた人間は、皆例外なく戻ってきていないという事実を。
==== ==== ==== ====
※これは故・前任監視員の後任であるS氏が記載した記録であり、正式報告書ではない。
前任者の死の真相、そして抹消されたトンネルに関する詳細は、上層部から極秘事項と
して扱われているため、一切の公表が許可されていない。

■5月12日 天候:曇り
前任の監視員が突然亡くなったとの報せを受け、急遽この現場に配属された。
着任早々、現場監督から「前の担当者の日誌が残っている。だが、内容には触れないほうがいい」とだけ言われた。
ところが控室のラックには、その「日誌」が堂々と置かれていた。覗いてはいけないと思いつつ、ふと目を落とすと、最後の4月30日付の記録だけ何度も見返した形跡があるようだ。
私の立場もあるし、そこから先は読み進めず閉じたが、やけに不吉な言葉が目に焼き付いている。
■5月13日 天候:雨
現場一帯に計27台の監視カメラが設置されているが、その中で一部が何らかの不調を起こしているようだ。
カメラ本体には大きな問題は見当たらないのに、夜間になると記録が断続的に欠ける。
しかも、前任者が何やら不審な映り込みを調べていたらしい。
詳細は教えてもらえないが、少なくとも彼の死とは無関係だと上層部は強調している。
ただ、この“無関係”という言葉がかえって私の不安を煽っている。
今夜も雨で工事は中断だが、雨音にまぎれて何か大きなうめき声のような音が聞こえる気がしてならない。
■5月15日 天候:晴れ
前任者の日誌を読み返したい気持ちに駆られたが、上層部の意向もあるので踏みとどまっている。
そんな矢先、ベテラン作業員の河東さんから「ここには抹消されたトンネルがあるって知ってるか?」と囁かれた。
話によると、現地調査の際には確かに存在が報告されていたのに、正式な設計図や資料からはいつの間にか消されているらしい。
一応、図面管理担当にも確認を取ったが、「そんなものはない」と軽くあしらわれた。
河東さんいわく、「前の担当者はそのトンネルをしつこく調べていた」と言う。
もしかして、前任者の死に何か関係があるのだろうか。
■5月17日 天候:快晴
不可解な人影やノイズが、まだ断続的に報告される。
今回は明け方の録画にも、それらしき動きが映っていた。
私がこの仕事を引き継いでからの数日で、すでに三度も同様の影がカメラに捉えられている。
作業員の数は厳密に管理されているし、夜間作業も実施されていない。
もし前任者の日誌に書かれていた“正体不明の人物”や“映り込み”が、例のトンネルと結びついているとしたら……。
自分の恐怖心を振り払うように、私は何度も記録を再生して状況を整理してみた。
しかし見るほどに“何か”が存在していると確信せざるを得ない。
■5月19日 天候:曇り後雨
河東さんに誘われ、日暮れ前に少し離れた倉庫の奥へ行った。
そこには埃をかぶった古い現場写真や資料が保管されていて、その中に「例のトンネル」の入口らしきモノが写ったスナップがあった。
写真には視線をそらしたくなるような塗料のシミや、ひび割れがいくつも記録されており、どう見ても安全とは程遠い。
河東さんは真剣な表情で「前の監視員さんは、おそらくこのトンネルを確かめに行ったんじゃないか」と言う。
原因不明の急死と関係があるのかは断定できないが、その“抹消”されたトンネルがただの空洞で済むとは思えなくなってきた。
■5月20日 天候:不明
雨が降ったり止んだりで、工事は大幅に遅れている。
現場もざわついた空気に包まれ、先輩たちの中には妙な噂を口にする人が増えた。
「トンネルの一部が崩落しかけている」「工事完成後に封鎖される」「前任者はそこに行って戻れなくなった」など、憶測ばかりが飛び交う。
そんな中、ある古参スタッフが「詳しくは話せないが、前任者はその場所で何かを“見てしまった”んだろう」と漏らした。
その“何か”がどんなものなのか、私に確かめる手立てはない。
だが、日誌の最後のページに残された簡素なメモを思い出す。そこには一言こう書いてあった——
“何か分からない、だが、なぜか恐ろしくて書けない”
■5月21日 天候:雷雨
夜明け近く、激しい落雷のあとにカメラ4台の電源が一斉に落ちた。
そのうちの一台は、つい先日“人影”を頻繁に捉えていた場所だ。
私は急いで復旧作業に向かったが、現場に着くと、トンネルと思しき道筋へ続く足跡のようなものを見つけてしまった。
しかも作業靴ではない、大きさも形も不明瞭な足跡だった。
誰かが先に入り込んだのかもしれないが、確認する術はない。
下手に近づけば、前任者と同じ目に遭う可能性だってある。私は足がすくんでしばらくその場を動けなかった。
■5月22日 天候:晴れ
私が引き継いでから、わずか二週間ほど。
正直、限界だ。いずれこの不可解な映像の正体や、“抹消されたトンネル”の秘密を暴かなければならない時が来るのだろう。
けれど、私はそれを追求し続ける勇気があるのか自信が持てない。
前任者が書き残した日誌の最後には具体的な言及はなかったが、確実に“工事とは別の目的”を感じさせる記述があった。
私はそれを確かめたいと思う反面、同じ道を辿ってしまう恐怖が胸を締め付ける。
この日誌を読んでくれている誰かがいるなら、どうか覚えておいてほしい。
そして、その理由を追いかけた人間は、皆例外なく戻ってきていないという事実を。
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※これは故・前任監視員の後任であるS氏が記載した記録であり、正式報告書ではない。
前任者の死の真相、そして抹消されたトンネルに関する詳細は、上層部から極秘事項と
して扱われているため、一切の公表が許可されていない。

