6.監視作業員 日誌より(2023年4月3日~30日)
■4月3日 天候:曇り
○○ダムに隣接するトンネル工事現場の見回り業務に正式に配属された。
私は長年、河川工事などの監視カメラを扱ってきたが、ここは規模がまったく違う。上下流ともに視界を遮るものがほぼなく、壮大な景色に圧倒される。ただ、工期が押しているのか作業のテンションも高い。カメラの設置箇所を細かく調整し、24時間録画が行える状態を整えた。
録画機材が正常作動しているか、本格的にチェックを始める。
■4月5日 天候:晴れ
各所に配置した監視カメラのテスト再生を行う。
大きな問題は見当たらないが、一つだけ奇妙な映像を確認。午前3時ごろのフレームに、ヘルメットを被っているかどうかも分からない人影が、トンネルの入り口付近を横切るように映り込んでいる。深夜作業の可能性を考えて作業員に問い合わせたが、「そんな人物は見ていない」とのこと。しかも人数管理システムでも当該時間帯に現場に人がいた記録はないようだ。
単なる影か、機材のノイズかもしれない。明日調整を行う。
■4月7日 天候:小雨
監視カメラで、新しい録画データをチェック。
今回も深夜帯に、前回と同じような姿が一瞬だけ写り込んでいる。防水ジャケットでも羽織っているのかと思ったが、作業員は「そんな格好はしていない」と口をそろえる。しかも本来、夜間作業は中止のはずだ。防犯の観点からも無視できないので、現場チーフと相談したところ「この視点のカメラはセンサー異常が出ていたから、ノイズかもしれない」という結論でいったん保留。
だが、あまり気分がいいものではない。
■4月10日 天候:曇り後雨
監視カメラの点検を行うため、一部エリアで映像の記録を止めて肉眼で夜間監視をすることになった。
問題のカメラがある区画に私も配置され、深夜帯に照明を落として周辺を観察。あれだけ「夜間作業はしていない」という話だったが、遠くにほんの少しライトの動きのようなものが見えた気がして、すぐに周辺を探した。ところが、誰もいないし、足跡のようなものもない。帰ってから録画を再確認しても、やはり“それらしき何か”が動いている。
なぜ見つからないのか、不思議でならない。
■4月12日 天候:快晴
今度は昼間の映像にも、ちらりと不審な人物らしきものが写り込んでいた。
やや遠目だが、同じ服装をしているように見える。慌ててトンネルの近くで作業していたチームに問い合わせても、誰も「そんな人物は見ていない」と言う。しかも、最近現場に関わる部外者は立ち入り禁止になっているはず。朝から現場監督が人員のリストを何度もチェックして確認したが、足りない人も多い人もいない。データ管理の面からもおかしな点はないと報告があった。
―――録画を見返すたびに、どこか落ち着かない気分になる。
■4月14日 天候:曇り
周囲の要望もあり、不可解な映り込みを重点的に調べることになった。
映像をコマ送りで確認すると、確かに“人型”だ。ヘルメットや作業服とも異なるシルエットなのに、まるでそこに本当に存在しているかのようにカメラのフレームを横切っている。どうして誰一人として生身を見かけないのだろうか。撮影アングルを変えても、なぜか映り込むタイミングはほぼ同じ。偶然にしては不気味な一致だ。
現場職員たちは取り付く島もないほど強く否定するし、作業日誌を見ても“該当の人物”の痕跡は一切見当たらない。
■4月16日 天候:雨
上層部にもこの不可解な映像を伝えたが、「工事の進捗に差し障りが出る」として慎重な取り扱いを指示された。加えて、現場に混乱を招かないよう、安易に“幽霊”だとか“大事故の前兆”などと騒ぐことを禁じられた。
一応、現場チームに再度ヒアリングを行ったが、誰も本気にはしていない。作業員Aに至っては「何も見てないよ。ほんとに何が映ってるんだ?」と苦笑いする始末。
自分が気にしすぎなのかと、不安になってくる。
■4月19日 天候:晴れ
不審映像の多い深夜帯に、再びポイントを定めて監視した。
私以外にも数名の職員が同じ場所に目を凝らしたが、やはり“実物”らしきものは発見できない。それでも翌朝に録画を確認すると、くっきりと人影が動いていた。私たちが見つけられなかったのはなぜだろう。ちょっとした角度の問題か、もしくは監視カメラ独特の画質のせいか。
とはいえ、あの動きはノイズや影だけで説明できるようなものでもない。
■4月21日 天候:晴れ
工事の進捗状況を記録する本来の仕事とは別に、この不可解な映像の調査に時間を割いている。
現場監督からは「通常業務を優先しろ」と釘を刺されたが、納得できないまま工事を進めるのも気持ちが悪い。
新しいカメラを増設して、より多角的に撮影してみることにした。
今までは工事の様子が分かるように全体を俯瞰するアングルが多かったが、今回の追加カメラは人物の動きにフォーカスしやすいよう、周辺の崖や通路がよく見える位置にも配置した。
■4月23日 天候:曇り
追加カメラの初回録画をチェック。
深夜だけではなく日中にも、微妙に“あの人影”が記録されている。
ほぼ同じ場所に現れ、トンネル近くのコンクリートの仮枠付近をぐるりと回り込むように動いている。作業員が歩くなら当然わかるはずのルートなのに、相変わらず誰も目撃していないという。
一連の動画をつなげてみると、あの人物はあたかも定期的に現れ、同じような経路を移動しているかのように見える。
もはや単なるエラーとは思えない。現場には何か、私たちの知らない事情があるのだろうか。
■4月25日 天候:晴れ
今朝、追加カメラを整備していた同僚が不思議なことを言っていた。
「新しいカメラなのに、回線が一瞬だけ切れている時間があるんだ。しかも、ちょうど“影”が映る前後に限って……」
言葉に詰まった私を見て同僚は気まずそうに笑った。
「何かあるんだろうな」と小声でつぶやいていた。
私はすぐに上層部に報告したが、当面は“原因不明”ということで結論づけられてしまった。
■4月27日 天候:大雨
雨で工事が中断になる。
仕事が減った分、映像の検証作業に没頭できるのは好都合だ。
現場の騒音が少ないぶん、雑音らしき音声も録音データから探しやすいが、今回も特に声や足音などは拾えていない。ただ、何かが動いているようなノイズは確かにある。作業員たちに改めて聞いて回っても、誰も自分たち以外の人間を見ていないという。だが映像は連日、はっきりと“姿”を映し出している。
そろそろ、何が起きているのか根本から考え直す必要がありそうだ。
■4月30日 天候:晴れ
本日、これまで収集した全映像の比較検証を行い、あることに気づいた。
すると、どうにも説明のつかない点が見えてくる。これで確信した——これがただの見間違いやカメラ不調ではないということを。
何がどう不可解なのか、安易に情報を漏らせない。
ひょっとして、現場の誰かは既に気づいているのかもしれないが、そのことを隠しているのかもしれない。
この日誌にはこれ以上詳細を書けない。だが、間違いないのは、ここに映り込んでいるアレは、決して人間の見間違いでは済まされない存在だ。今の私には、そう記すことしかできない。
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※この記録は、監視作業員が独自に残した日誌であり、
正式な報告書ではありません。日誌の続きに当たる部分は、
現場の機密保持のため提出されていないとされています。
■4月3日 天候:曇り
○○ダムに隣接するトンネル工事現場の見回り業務に正式に配属された。
私は長年、河川工事などの監視カメラを扱ってきたが、ここは規模がまったく違う。上下流ともに視界を遮るものがほぼなく、壮大な景色に圧倒される。ただ、工期が押しているのか作業のテンションも高い。カメラの設置箇所を細かく調整し、24時間録画が行える状態を整えた。
録画機材が正常作動しているか、本格的にチェックを始める。
■4月5日 天候:晴れ
各所に配置した監視カメラのテスト再生を行う。
大きな問題は見当たらないが、一つだけ奇妙な映像を確認。午前3時ごろのフレームに、ヘルメットを被っているかどうかも分からない人影が、トンネルの入り口付近を横切るように映り込んでいる。深夜作業の可能性を考えて作業員に問い合わせたが、「そんな人物は見ていない」とのこと。しかも人数管理システムでも当該時間帯に現場に人がいた記録はないようだ。
単なる影か、機材のノイズかもしれない。明日調整を行う。
■4月7日 天候:小雨
監視カメラで、新しい録画データをチェック。
今回も深夜帯に、前回と同じような姿が一瞬だけ写り込んでいる。防水ジャケットでも羽織っているのかと思ったが、作業員は「そんな格好はしていない」と口をそろえる。しかも本来、夜間作業は中止のはずだ。防犯の観点からも無視できないので、現場チーフと相談したところ「この視点のカメラはセンサー異常が出ていたから、ノイズかもしれない」という結論でいったん保留。
だが、あまり気分がいいものではない。
■4月10日 天候:曇り後雨
監視カメラの点検を行うため、一部エリアで映像の記録を止めて肉眼で夜間監視をすることになった。
問題のカメラがある区画に私も配置され、深夜帯に照明を落として周辺を観察。あれだけ「夜間作業はしていない」という話だったが、遠くにほんの少しライトの動きのようなものが見えた気がして、すぐに周辺を探した。ところが、誰もいないし、足跡のようなものもない。帰ってから録画を再確認しても、やはり“それらしき何か”が動いている。
なぜ見つからないのか、不思議でならない。
■4月12日 天候:快晴
今度は昼間の映像にも、ちらりと不審な人物らしきものが写り込んでいた。
やや遠目だが、同じ服装をしているように見える。慌ててトンネルの近くで作業していたチームに問い合わせても、誰も「そんな人物は見ていない」と言う。しかも、最近現場に関わる部外者は立ち入り禁止になっているはず。朝から現場監督が人員のリストを何度もチェックして確認したが、足りない人も多い人もいない。データ管理の面からもおかしな点はないと報告があった。
―――録画を見返すたびに、どこか落ち着かない気分になる。
■4月14日 天候:曇り
周囲の要望もあり、不可解な映り込みを重点的に調べることになった。
映像をコマ送りで確認すると、確かに“人型”だ。ヘルメットや作業服とも異なるシルエットなのに、まるでそこに本当に存在しているかのようにカメラのフレームを横切っている。どうして誰一人として生身を見かけないのだろうか。撮影アングルを変えても、なぜか映り込むタイミングはほぼ同じ。偶然にしては不気味な一致だ。
現場職員たちは取り付く島もないほど強く否定するし、作業日誌を見ても“該当の人物”の痕跡は一切見当たらない。
■4月16日 天候:雨
上層部にもこの不可解な映像を伝えたが、「工事の進捗に差し障りが出る」として慎重な取り扱いを指示された。加えて、現場に混乱を招かないよう、安易に“幽霊”だとか“大事故の前兆”などと騒ぐことを禁じられた。
一応、現場チームに再度ヒアリングを行ったが、誰も本気にはしていない。作業員Aに至っては「何も見てないよ。ほんとに何が映ってるんだ?」と苦笑いする始末。
自分が気にしすぎなのかと、不安になってくる。
■4月19日 天候:晴れ
不審映像の多い深夜帯に、再びポイントを定めて監視した。
私以外にも数名の職員が同じ場所に目を凝らしたが、やはり“実物”らしきものは発見できない。それでも翌朝に録画を確認すると、くっきりと人影が動いていた。私たちが見つけられなかったのはなぜだろう。ちょっとした角度の問題か、もしくは監視カメラ独特の画質のせいか。
とはいえ、あの動きはノイズや影だけで説明できるようなものでもない。
■4月21日 天候:晴れ
工事の進捗状況を記録する本来の仕事とは別に、この不可解な映像の調査に時間を割いている。
現場監督からは「通常業務を優先しろ」と釘を刺されたが、納得できないまま工事を進めるのも気持ちが悪い。
新しいカメラを増設して、より多角的に撮影してみることにした。
今までは工事の様子が分かるように全体を俯瞰するアングルが多かったが、今回の追加カメラは人物の動きにフォーカスしやすいよう、周辺の崖や通路がよく見える位置にも配置した。
■4月23日 天候:曇り
追加カメラの初回録画をチェック。
深夜だけではなく日中にも、微妙に“あの人影”が記録されている。
ほぼ同じ場所に現れ、トンネル近くのコンクリートの仮枠付近をぐるりと回り込むように動いている。作業員が歩くなら当然わかるはずのルートなのに、相変わらず誰も目撃していないという。
一連の動画をつなげてみると、あの人物はあたかも定期的に現れ、同じような経路を移動しているかのように見える。
もはや単なるエラーとは思えない。現場には何か、私たちの知らない事情があるのだろうか。
■4月25日 天候:晴れ
今朝、追加カメラを整備していた同僚が不思議なことを言っていた。
「新しいカメラなのに、回線が一瞬だけ切れている時間があるんだ。しかも、ちょうど“影”が映る前後に限って……」
言葉に詰まった私を見て同僚は気まずそうに笑った。
「何かあるんだろうな」と小声でつぶやいていた。
私はすぐに上層部に報告したが、当面は“原因不明”ということで結論づけられてしまった。
■4月27日 天候:大雨
雨で工事が中断になる。
仕事が減った分、映像の検証作業に没頭できるのは好都合だ。
現場の騒音が少ないぶん、雑音らしき音声も録音データから探しやすいが、今回も特に声や足音などは拾えていない。ただ、何かが動いているようなノイズは確かにある。作業員たちに改めて聞いて回っても、誰も自分たち以外の人間を見ていないという。だが映像は連日、はっきりと“姿”を映し出している。
そろそろ、何が起きているのか根本から考え直す必要がありそうだ。
■4月30日 天候:晴れ
本日、これまで収集した全映像の比較検証を行い、あることに気づいた。
すると、どうにも説明のつかない点が見えてくる。これで確信した——これがただの見間違いやカメラ不調ではないということを。
何がどう不可解なのか、安易に情報を漏らせない。
ひょっとして、現場の誰かは既に気づいているのかもしれないが、そのことを隠しているのかもしれない。
この日誌にはこれ以上詳細を書けない。だが、間違いないのは、ここに映り込んでいるアレは、決して人間の見間違いでは済まされない存在だ。今の私には、そう記すことしかできない。
============================
※この記録は、監視作業員が独自に残した日誌であり、
正式な報告書ではありません。日誌の続きに当たる部分は、
現場の機密保持のため提出されていないとされています。
