5.中世祭祀における"あめつちの詞"の再考──○○神社所蔵写本を中心に──
【はじめに】
中世の日本では、「あめつちの詞」という名称で知られる文献が、祝詞や呪文としての性格をもつ一方、字母歌(じもか)として仮名学習の教材になるなど、多面的に機能していたと考えられます。
従来の研究では、主に源順(みなもと の したごう)作と伝わる字母歌型の「あめつちの詞」が注目されてきましたが、近年は各地の神社や寺院に伝えられる異本が確認されつつあります。
なかでも、ここで取り上げる○○神社(所在地:仮称・上州国○○郡)に所蔵される写本は、祭儀用の文書としての「あめつちの詞」の性格を強く示す点で興味深い資料です。
本稿では、この写本の形態と内容を整理し、従来の字母歌系「あめつちの詞」との相違を考察します。
1. ○○神社所蔵「天之地之詞(あめつちのことば)」写本の概要
1.1 写本の来歴
○○神社の写本は、宝永年間(1704〜1711)に同社神主の子孫が江戸の好事家へ貸し出した後、所在が分からなくなっていましたが、近年になって地元の旧家で発見されました。
表題には墨書で「天之地之詞(あめつちのことば)」とあり、単なる字母歌というよりも、祝詞的な祭文の要素を強く含む作品であると判断されます。
1.2 物質的特徴
紙の質は鳥の子紙に近いものの、後世に補修を施された形跡があるため、判読が困難な部分が見受けられます。
本文は主に楷書体で書かれていますが、一部に変体仮名が混在しており、複数人の手で書き写された可能性が指摘されています。
奥書には「此ノ詞ハ、天神地祇ヲ寿グ(ことほぐ)モノナリ」との注が添えられており、明確に祭祀・儀礼用の目的で作成された写本であると分かります。
2. 内容構成と特徴
2.1 「字母歌」との相違点
源順作とされる字母歌型の「あめつちの詞」は、当時の仮名48文字(あるいはそれに近い音数)を重複なく用いることを重視していたようです。
しかし、○○神社の写本では、五十音の完全な網羅は行われておらず、同じ文字が繰り返されたり、異体仮名が用いられたりしているのが特徴的です。こうした点から、この写本は字母歌としての性格よりも、祝詞や祭文の要素に比重を置いた別系統のテクストと考えられます。
2.2 祭文的要素の含意
写本の冒頭部分(書き下し体)には、次のような文言が記されています。
あめ つち の はじまり ひろき ところ
かみ を いわい まつり うやまひ つつしむ
ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて
こころ の すき きよき は ひと の みち なり
とくに、第3行目にある「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」という一節は、源順作とされる字母歌型の「あめつちの詞」にもある表現ですが、この祭文の中でも、より言霊的な力を感じさせるものの、やはり意味がはっきりしないところが注目されます。
祭儀や祈祷の動作を連想させる表現にも思えますが、現存する文献からはその正確な意図を解明するのは難しいのが現状です。
このように不可解なフレーズが含まれる背景には、本写本が字母歌としての教育的役割と、神道儀礼の祭文としての性格を重ね合わせた伝承の産物である可能性が考えられます。
おそらくは、後世に加筆や改変を行う過程で、独特の呪詞や祭文表現が組み込まれていったのではないかと推測されます。
こうした経緯から、本写本が示す「あめつちの詞」は、一般的な字母歌とは一線を画す部分をもっており、その代表例ともいえるのが、今述べた「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」という不可思議なフレーズです。
こうした言葉の詳しい分析が進めば、中世における神道儀礼や呪術的思考の一端が、より明らかになると期待されます。
3. 中世祭祀と「あめつちの詞」の受容関係
中世の神道行事では、「あめつちのはじめ」を讃える表現が祭文のなかでしばしば用いられました。
これらの表現は古代の祝詞に由来すると考えられますが、一部の詞章が書き写されていくうちに、歌のような形式を帯びるようになった可能性があります。
○○神社に伝わる写本も、こうした流れのなかで字母歌としての「あめつちの詞」と、神道的な祭文が融合し、現在の姿になったのかもしれません。
【結論】
本稿で取り上げた○○神社所蔵の「あめつちの詞」は、祭祀文としての性格が強い一方、字母歌の伝統とも関わりをもつ複合的なテクストといえます。
従来の源順作「あめつちの詞」とは異なる要素を含みつつ、「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」などの、意味が判然としないフレーズが共通して採用されている点は大きな特徴です。
こうした資料を他の異本と比較・検証することで、「あめつちの詞」が中世の宗教や文化の文脈のなかでどのように変容・展開してきたかについて、より具体的な解明が進むと考えられます。
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出典/
・加藤雅之『中世神道祝詞と字母歌の交錯──○○神社所蔵写本の再検討──』東京学芸出版、1955年.
参考文献/
・山本玲奈「神事における漢字仮名交じり文の機能」『日本宗教史研究』第28号、1958年、23-45頁.
・佐藤弘「あめつちと祭文の系譜」『仮名文学と神道儀礼』平安学術叢書、1967年、67-92頁.

【はじめに】
中世の日本では、「あめつちの詞」という名称で知られる文献が、祝詞や呪文としての性格をもつ一方、字母歌(じもか)として仮名学習の教材になるなど、多面的に機能していたと考えられます。
従来の研究では、主に源順(みなもと の したごう)作と伝わる字母歌型の「あめつちの詞」が注目されてきましたが、近年は各地の神社や寺院に伝えられる異本が確認されつつあります。
なかでも、ここで取り上げる○○神社(所在地:仮称・上州国○○郡)に所蔵される写本は、祭儀用の文書としての「あめつちの詞」の性格を強く示す点で興味深い資料です。
本稿では、この写本の形態と内容を整理し、従来の字母歌系「あめつちの詞」との相違を考察します。
1. ○○神社所蔵「天之地之詞(あめつちのことば)」写本の概要
1.1 写本の来歴
○○神社の写本は、宝永年間(1704〜1711)に同社神主の子孫が江戸の好事家へ貸し出した後、所在が分からなくなっていましたが、近年になって地元の旧家で発見されました。
表題には墨書で「天之地之詞(あめつちのことば)」とあり、単なる字母歌というよりも、祝詞的な祭文の要素を強く含む作品であると判断されます。
1.2 物質的特徴
紙の質は鳥の子紙に近いものの、後世に補修を施された形跡があるため、判読が困難な部分が見受けられます。
本文は主に楷書体で書かれていますが、一部に変体仮名が混在しており、複数人の手で書き写された可能性が指摘されています。
奥書には「此ノ詞ハ、天神地祇ヲ寿グ(ことほぐ)モノナリ」との注が添えられており、明確に祭祀・儀礼用の目的で作成された写本であると分かります。
2. 内容構成と特徴
2.1 「字母歌」との相違点
源順作とされる字母歌型の「あめつちの詞」は、当時の仮名48文字(あるいはそれに近い音数)を重複なく用いることを重視していたようです。
しかし、○○神社の写本では、五十音の完全な網羅は行われておらず、同じ文字が繰り返されたり、異体仮名が用いられたりしているのが特徴的です。こうした点から、この写本は字母歌としての性格よりも、祝詞や祭文の要素に比重を置いた別系統のテクストと考えられます。
2.2 祭文的要素の含意
写本の冒頭部分(書き下し体)には、次のような文言が記されています。
あめ つち の はじまり ひろき ところ
かみ を いわい まつり うやまひ つつしむ
ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて
こころ の すき きよき は ひと の みち なり
とくに、第3行目にある「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」という一節は、源順作とされる字母歌型の「あめつちの詞」にもある表現ですが、この祭文の中でも、より言霊的な力を感じさせるものの、やはり意味がはっきりしないところが注目されます。
祭儀や祈祷の動作を連想させる表現にも思えますが、現存する文献からはその正確な意図を解明するのは難しいのが現状です。
このように不可解なフレーズが含まれる背景には、本写本が字母歌としての教育的役割と、神道儀礼の祭文としての性格を重ね合わせた伝承の産物である可能性が考えられます。
おそらくは、後世に加筆や改変を行う過程で、独特の呪詞や祭文表現が組み込まれていったのではないかと推測されます。
こうした経緯から、本写本が示す「あめつちの詞」は、一般的な字母歌とは一線を画す部分をもっており、その代表例ともいえるのが、今述べた「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」という不可思議なフレーズです。
こうした言葉の詳しい分析が進めば、中世における神道儀礼や呪術的思考の一端が、より明らかになると期待されます。
3. 中世祭祀と「あめつちの詞」の受容関係
中世の神道行事では、「あめつちのはじめ」を讃える表現が祭文のなかでしばしば用いられました。
これらの表現は古代の祝詞に由来すると考えられますが、一部の詞章が書き写されていくうちに、歌のような形式を帯びるようになった可能性があります。
○○神社に伝わる写本も、こうした流れのなかで字母歌としての「あめつちの詞」と、神道的な祭文が融合し、現在の姿になったのかもしれません。
【結論】
本稿で取り上げた○○神社所蔵の「あめつちの詞」は、祭祀文としての性格が強い一方、字母歌の伝統とも関わりをもつ複合的なテクストといえます。
従来の源順作「あめつちの詞」とは異なる要素を含みつつ、「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」などの、意味が判然としないフレーズが共通して採用されている点は大きな特徴です。
こうした資料を他の異本と比較・検証することで、「あめつちの詞」が中世の宗教や文化の文脈のなかでどのように変容・展開してきたかについて、より具体的な解明が進むと考えられます。
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出典/
・加藤雅之『中世神道祝詞と字母歌の交錯──○○神社所蔵写本の再検討──』東京学芸出版、1955年.
参考文献/
・山本玲奈「神事における漢字仮名交じり文の機能」『日本宗教史研究』第28号、1958年、23-45頁.
・佐藤弘「あめつちと祭文の系譜」『仮名文学と神道儀礼』平安学術叢書、1967年、67-92頁.

