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先日、本誌宛に不思議な体験談が寄せられました。差出人はG県T市に在住のA氏。A氏は幼少期に過ごした夏休み中、親戚の住む山間部の村で「誰も認めようとしない祭り」を目撃したと言います。その村は携帯の電波が届かないほどの僻地で、地図にもほとんど載っていないらしいのですが、A氏は昔から「そこに伝わる古い風習」があると耳にしていたそうです。

「そんな祭りがあるはずはない」と大人たちは口をそろえる一方、幼いながらもA氏はどうしてもその真相が知りたくなり、夜更けにこっそりと家を抜け出したのだとか。そこで見たものは、闇の中、赤く揺らめく灯りと奇妙な踊り。しかも、その祭りを目撃した後、A氏が大人に訊ねても「夢を見たんだろう」と笑うばかりで、何の説明もしてくれなかったというのです。

この話には“真相を知ってはいけない”とでも言いたげな不気味さを感じずにはいられません。闇の中に行われる踊りの光景など、まるで異世界を垣間見たかのような描写が綴られています。A氏の手紙には、当時の幼い気持ちがそのまま記されており、読むだけで背筋に薄ら寒いものが走るという方もいるかもしれません。

果たしてこの祭りは本当に存在するのでしょうか? それとも、A氏が見たのは単なる夢や幻影にすぎなかったのか? 本誌としても興味が尽きない内容だったため、今回特別に全文を抜粋し、一部を再編集のうえでお届けしたいと思います。皆さまご自身の目でお確かめいただき、判断してみてください。


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拝啓 貴誌編集部様

私はG県T市在住のAと申します。突然の手紙で失礼いたします。どうしても伝えたい“奇妙な体験”があり、筆を取らせていただきました。

あれはまだ私が小学生の頃、19xx年8月x日のことでした。私は夏休みを利用して、親戚の住む山奥の村を訪れていたのです。その村は、現在でも携帯の電波さえ入りにくい場所で、夜になると漆黒の闇が辺りを覆います。とある親戚から『あの村には古い祭りがある』と聞かされていましたが、誰もその詳細を語ろうとしませんでした。ただ『小さい子が見に行くものじゃない』と、どこか含みのある笑いを浮かべるばかりだったのです。

しかし、幼いながらも私の好奇心は刺激されてしまいました。大人たちがあまりにも曖昧に濁すので、逆に『絶対に見てやろう』という気持ちが芽生えたのを覚えています。そしてある夜、寝静まった頃を見計らい、私はそっと布団を抜け出してしまったのです。まだ子どもでしたから、靴を履くことさえ忘れ、ほとんど裸足のまま飛び出すように外へ出ました。

一歩外へ出ると、村は想像以上の闇に包まれていました。街灯はおろか人家の明かりもまばらで、頼りになるのは懐中電灯だけ。遠くでかすかに虫が鳴く声と、時折聞こえる私自身の呼吸音が耳に響くだけでした。私は息を殺しながら、一度昼間に見かけた山道の外れを目指し、草むらをかき分け、藪の中をこそこそと進みました。

しばらく行くうちに、道の先から赤い光がちらちらと動いているのが見えました。提灯のようなものが並んでいたのです。その灯りは、とても妖しげで不穏な雰囲気があり、私は胸が高鳴るのを感じました。
そっと近づいてみると、そこは境内のような場所でした。ところが普通の夏祭りのような華やかさはなく、奇怪な面をかぶった人々が無言で踊っているのです。最初は文字どおり“無言”だと思ったのですが、じっと耳を澄ますと、ときおり意味の分からない低い声を発している者がいるようにも感じました。さらには、火の灯りに照らされた手元に、長い巻物のようなものを抱えている人影もあった気がします。しかし、それが何を表しているのかはまったく分かりません。私は太鼓や笛の音があるのではないかと期待しましたが、一切ありません。ただ、地面を踏みしめるかすかな足音と、時折パチパチと弾ける火の粉の音だけ。それがかえって不気味な“囃子”のようにも思えました。

そして、さらに奇妙だったのは、その踊り手たちが皆“こちらには気づいていない”ように見えたことです。夜目がきくとは思えないのに、まるで闇に馴染むように動いていました。しかし次の瞬間、私が草むらで足を取られ、ガサリと音を立ててしまったのです。その瞬間、それまで踊っていた全員がピタリと動きを止め、こっちを向きました。
『面』が一斉にこちらを向いた、という表現が正確かもしれません。
さらにおかしいのは暗闇なのに、“面”の奥から覗く瞳が赤く血走っているのが見えたことです。どこを見ているのか分からないのに、まるで私の目を射抜くような鋭さでした。恐怖のあまり、私は一瞬体が硬直し、その場にへたり込みそうになりました。でも怖さに耐えきれず、そのまま一目散に逃げ出してしまいました。

逃げる途中、背後から足音や声が追ってくる気配はありませんでした。けれど、なぜか“じっとりとした視線”だけはずっと背中に突き刺さるように感じたのです。走った先もよく分からなかったのですが、気がつくと家の前に戻っていました。玄関の戸を開けたとき、遠くから微かな“囃子”のような音が聞こえた気がします。耳鳴りなのか、本当に鳴っていたのか分かりませんが、しばらくその響きが頭から離れませんでした。

翌朝、大人たちに『あんな祭りを見た』と勇気を出して話してみましたが、返ってきたのは『そんな祭りはない』『夢でも見たんだろう』という言葉ばかり。そのとき、みんながわざとらしく笑っていたようにも思えて、むしろそれがいっそう不気味だったのを覚えています。
以来、あの村に行く機会はめっきり減りましたが、不意に夏の夜の匂いをかぐと、あの赤い灯りや火の粉を思い出すのです。夢か幻か、それとも本当に存在するものなのか。今となっては誰にも確かめようがありませんが、あの境内の闇の中では、今も同じ踊りが繰り返されている気がしてならないのです。

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