31.テープ(続き)

――以下、テープに録音された音声を書き起こしたものです――

戸黒
「えーっと……こっちは戸黒です。今、トンネルの奥でみつけた祠の前にいます。さっきは動揺してて録音を切っちゃったけど、改めて……加藤さん、声大丈夫ですか?」

加藤
「ええ、なんとか……。まだ興奮と恐怖が混ざっていて、うまく言葉にできないですけど。録音は問題なく回ってますよ」

戸黒
「ありがとうございます。いやあ……まさか実際に“あめつちの例の部分”がこんな形で残ってるなんて思わなかった。長いこと意味不明だと思われていたのに、現物を見つけちゃうとわ」

加藤
「いろいろな資料や物語の中だけに現れていた伝説が、実際にこうやって実際に岩肌に刻まれてるのを見ると、……急に今まで見てきた伝承のすべてが現実味を帯びてきたように感じますね」

戸黒
「僕も正直、“伝説”のようなものだと思ってました。けど今こうして目の当たりにすると……うん、言葉にならない。さっき、懐中電灯で照らしたらくっきり見えたんですが。文字自体はそんなに大きくないのに、一目で“これだ”と分かる迫力があった」

加藤
「はい。しかも、彫った形が妙に整然としていて……年月が経っているはずなのに、あまり崩れていないんですよね。彫りが深いというか、誰かが定期的に手入れでもしていたんでしょうか。祠も、さすがに外側はかなり風化してますが、なんというか、立派なものです」

戸黒
「ですよね……。岩に直接彫られた小さな祠ですけど、見つけた途端──これだ、ってわかる存在感がありますよね」

加藤
「はい……(震える息)。こんな場所にあるなんて。ただ正直、あまり長居はしたくないですね」

戸黒
「わかります。普通の神社や祠って、もっときちんと参道があったり整備されてたりするもんだけど、これは完全に隠されてるし、そもそも訪れる人なんていない。トンネル自体も廃道に近い状態だし……僕たちも、調べて調べて、探して探して、やっと見つけましたからね。普通の祠じゃない。異常そのものですよね」

加藤
「ええ。ただ“あめつちの例の部分”がここに存在した以上、この場所でこれを使って何が行われてきたのかは、後々もっと深く掘り下げる価値があると思います」

戸黒
「そうですね。僕たちが追いかけてきた謎の答えの入口が、今まさに目の前にあるんですから。ただ、どう扱うかは悩ましい。昔の人たちが“口伝”でわざわざ隠すように伝えてきたからには、それなりの事情もあるんでしょうから。勝手に暴くのがいいこととは限らない……」

加藤
「でも、見ちゃった以上……知らないふりはできませんよね。戸黒さんはどうするつもりですか? このまま誰にも言わずに、ってわけじゃないでしょう」

戸黒
「最低限の記録は残したいですね。動画や写真、それから音声での状況説明……。誰に伝えるかは別にしても、僕たちがここで最初に見つけたことを、きちんと形にして残しておきたいです」

加藤
「……ええ。それにこのまま放置すれば、いずれ崩れたり、誰かに荒らされたりして、取り返しのつかないことになるかもしれない。それも嫌ですしね」

戸黒
「じゃあ、どうするかはひとまず置いといて……。とにかく、写真を撮っておきましょうか。ライトを二重に当てれば文字も読める程度には写るでしょう。手ブレは気をつけてください」

加藤
「……わかりました。祠と文字は撮影しておきましょう。ちょっと暗いから、脚立代わりになるものがあればいいんですけど……」

戸黒
「手持ちだと不安定ですかね。でも、何枚かとれば、1枚くらいはぶれずに撮れるんじゃないですか」

加藤
「そうですね…… これ、写真に撮ったら祟られるとか、ないですよね」

戸黒
「あるかもしれないですよ。車で事故死したりして」

加藤
「やめてくださいよ」

戸黒
「冗談ですって。あんなのは迷信ですよ」

加藤
「……分かりました。では、気を取り直して。あ、そうだ、戸黒さん、このレコーダーちょっと持っておいてもらえますか? 手元がごちゃごちゃして撮影しづらくて」

戸黒
「確かに。じゃあ一旦切っておきますか。あとで落ち着いたら、ここで感じたことを改めて記録しましょう。じゃ、いったん止めますね……」

加藤
「はい、お願いします」

(ガサガサという操作音。録音機が切られるようなノイズ)

――テープ書き起こしここまで――