26.みえないともだち

東国のとある山奥、川に沿って続く曲がりくねった道を越えた先の深い谷に、ひっそりと佇む小さな村がある。この村には「みえないともだち」という奇妙な話が伝わっている。

村の子どもたちが谷を見下ろす山道で遊んでいるとき、不思議なことに「トン、トン」と足音が背後からついてくることがある。音の主を見た者は誰もおらず、子どもたちはその足音を「みえないともだち」と呼び、遊びの一部として受け入れていたという。

しかし、この足音には恐ろしい伝説があった。村の古老たちは、それを「隠れ鬼」の仕業だと語った。隠れ鬼は山深い谷を住処とし、姿を現さず音だけで人を惑わせる。足音につられて進んだ者は、谷底へと誘い込まれ、二度と戻らぬと言われている。

この隠れ鬼から身を守るため、村には古くから一つのわらべ歌が伝えられていた。足音を聞いたなら、この歌を歌わねばならないのだという。その歌は次の通りである。

言わざる 鬼の音
覆せよ 枝の枝を
汝れ居て 鬼の戯
あめつち あめつち

この歌を歌えば、隠れ鬼は自分が遊びの一部にされていると錯覚し、手を出さずに去ると信じられていた。

ある年の秋、兄妹が曲がりくねった道を越えて山に遊びに出たまま、日が暮れても戻らぬという事件が起こった。村人たちは総出で谷を捜索したが、兄妹の姿は見当たらず、ただ散らばる枯れ枝と、谷底へと続く小さな足跡が見つかっただけだった。

村の古老は深いため息をつき、こう語った。
「歌を忘れたのじゃろう。あの歌を歌わねば、隠れ鬼に見つけられ、永遠に攫われてしまう」

村人たちは急いで谷を守る大事な洞祠を修繕し、供物を捧げ、山神を鎮める儀式を行った。その夜、風に乗ってどこからともなく兄妹の声のような歌がかすかに聞こえたという。それからというもの、村ではこのわらべ歌を子どもたちに繰り返し教え、「足音を聞いたならばすぐに歌え」と厳しく戒めるようになった。

今でも、秋の夜長、村外れから山道を登ると、「トン、トン、トン、トン」という足音が背後から聞こえてくることがあるという。
その音を聞いたら迷わずこの歌を歌わなければならない。

言わざる 鬼の音
覆せよ 枝の枝を
汝れ居て 鬼の戯
あめつち あめつち

この歌を忘れれば、隠れ鬼はその者を見つけ、深い谷底へ誘い込むと言い伝えられている。

==== ==== ==== ====

書誌情報
『東国奇譚集』第二巻
編纂:東国民話収集会
発行:昭和十六年九月