20.「アメツチ」に秘められた神秘的世界観の研究」


「アメツチ」に秘められた神秘的世界観の研究 ―陰陽思想と呪術的言語体系の観点から―

著者:山崎 誉志(古代神道思想研究所)
共著:鈴木 玄道(東洋神秘学研究センター)
『日本神秘思想研究』第47巻, pp.23-42, 2024年冬季号

特集:古代日本の呪術的言語体系再考

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要旨
本研究は、古代日本の呪術的言語体系として伝えられてきた「あめつちの詞」について、その持つ神秘的な意味構造を解明する試みである。特に「ひといぬ」における陰陽の秘儀的表現と、「うへすゑ」が示す神聖な空間秩序に注目し、新たな解釈を提示する。さらに、「ゆわさる」以降の後半部に、現代では解読困難な古代の秘儀的知識が暗号化されている可能性を指摘する。

1. はじめに
「あめ つち ほし そら やま かは みね たに くも きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる おふせよ えの𛀁を なれゐて」という神秘的な言語配列は、単なる言葉遊びを超えた、古代日本の宇宙観と神聖な知識体系を内包している可能性が高い。本研究では、この詞に秘められた呪術的な意味の解読を試みる。

2. 神聖なる言語構造
この詞は、天界から地上界、そして人間界へと至る神聖な階梯を表現している。その構造自体が、古代日本における秘儀的な世界理解の象徴として機能している。言葉の配列には、呪文としての力を持つリズムと、神秘的な意味の階層が織り込まれている。

3. 宇宙的秩序の表現
冒頭の「あめ つち ほし そら」は、天空の神々の世界から地上への神聖な階層を表現している。これは単なる自然現象の描写ではなく、神々の世界と人間界を結ぶ宇宙樹的構造の言語的表現である。続く「やま かは みね たに」は、神々の座である聖なる山から、生命の源である水、そして深い谷という、神聖な地理を描き出している。

4. 陰陽の秘儀
「ひといぬ」の配列には、特別な呪術的意味が込められている。これを「陽と陰」として解釈すると、東アジアの神秘思想における根源的な二元性の表現として理解できる。この解釈は、古代の呪術師たちが用いた秘儀的な知識体系との整合性を示している。陽と陰の調和は、宇宙の根源的な力を操る上で不可欠な概念であった。

5. 神聖なる空間秩序
「うへすゑ」はそれぞれ「上下」として解釈できる。これは物理的な上下を超えた、神聖な空間秩序を表現している。これは天上界と地下界、神々の世界と人間界を結ぶ垂直的な宇宙軸の概念を内包している。この垂直性は、古代の呪術的実践において、異界との交信を可能にする重要な概念であった。

6. 未解読の神秘
「ゆわさる」以降の後半部には、特別な呪術的知識が暗号化されている可能性が高い。現代では失われた古代の秘儀的な知識体系が、この言語配列の中に保存されているのかもしれない。従来「硫黄」と「猿」が充てられていた「ゆわさる」の部分も、その直前を「陽と陰」「上下」を充てると明らかに不自然である。これを含めたは「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」の16文字には、何らかの呪術的な指示や、神々との交信方法が示されている可能性がある。

7. 呪術的実践との関連
この詞が単なる記憶術ではなく、実際の呪術的実践において用いられた可能性は高い。特に音韻の持つリズムや、言葉の配列順序には、特定の効果を引き出すための呪術的な意図が込められているものと考えられる。各単語の持つ音は、それ自体が力を持つ言霊として機能していたのであろう。

8. 結論
「あめつちの詞」は、古代日本の神秘的な世界観と呪術的な知識体系を伝える重要な文化遺産である。特に「ひといぬ(陽と陰)」における陰陽の秘儀的表現と、「うへすゑ(上下)」に示される神聖な空間秩序は、失われた古代の叡智の一端を示している。
さらに後半部に暗号化された未解読の部分、すなわち「ゆわさる おふせよ えの𛀁を なれゐて」は、さらなる神秘的な知識を内包している可能性がある。

付記
本研究は、古代の神秘的・呪術的な知識体系の解読を試みるものであるが、その完全な理解にはさらなる研究が必要である。特に後半部の解読については、古代の秘儀的文献や考古学的知見との照合が不可欠であろう。

謝辞
本研究は、第34回神道古典研究助成金の支援を受けて実施された。また、貴重な助言を賜った京都神道文化研究所の中村晴和教授、神道文化社の加藤広明氏に深謝申し上げる。

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<注釈>
「あめつちの詞」の異本については、河野(1985)に詳しい。
・陰陽思想と神道神秘主義の関係については、田中(1999)を参照。
・言霊信仰と呪術的言語使用の関連については、山本(2006)に詳細な考察がある。

<参考文献>
・河野真澄 (1985)『古代日本の言語遊戯研究』東方出版
・加藤広明 (1986)『神道神秘主義の系譜』神道文化社
・鈴木晴彦 (1989)『東アジアの陰陽思想と日本文化』アジア思想研究会
・田中慶斗 (1999)『神道と陰陽道の交渉史』古代思想研究会
・中村晴和 (1992)『日本古代の呪術的言語体系』神道史研究出版
・服部 玄 (2001)『神道神秘主義入門』東洋思想社
・山本清子 (2006)『言霊と古代呪術』民俗学研究社
・Yamamoto, K. (2004) "Mystical Traditions in Ancient Japanese Language Systems" Journal of Asian Mysticism, Vol.15, pp.45-67
・吉田明夫 (2018)『古代日本の秘儀伝承』神道古典文化研究会
・下藤真理 (2014)『日本古代の呪術的言語研究序説』東方学院出版会

<著者情報>
・山崎 誉志(やまざき たかし)
古代神道思想研究所 主任研究員
専門:神道神秘主義、古代日本の呪術的言語体系

・鈴木 玄道(すずき げんどう)
東洋神秘学研究センター 教授
専門:東アジアの神秘思想、比較宗教学