12.「皕」
表題:「皕」
掲載誌:オカルト専門誌『闇語り 第13号』
発行日:2003年2月号
著者:匿名投稿者 K県在住・H.T.
==== ==== ==== ====
夏休み最後の夜、退屈を持て余していた俺たちは、地元の廃校で肝試しをすることになった。発端は、誰ともなく口にした「何か面白いことをしようぜ」という言葉だった。普段は夜に出歩くことすらためらう田舎の高校生が、最後の夏を盛り上げたい一心で無謀な計画を立てたのだ。
「廃校って言っても、ただの古い建物だろ?」
「いや、あそこには出るらしいぞ。ビョクっていう妖怪の話、聞いたことないのか?」
「ビョク?」
友人の一人がそう口にした瞬間、みんなの興味はその名前に引き寄せられた。
「漢字の「百」を2つ重ねた「皕(ビョク)」っていう名前の妖怪の話なんだけど、この辺りだけで伝わってる超ローカルな怪談らしい。たくさんの足を持つ妖怪で、夜に悪さをした者の足を奪うんだとか。」
「なんだそれ、ただの作り話だろ!」
笑いながら聞き流す者もいれば、少しだけ顔を強張らせる者もいた。それでも全員が口を揃えて「怖いけど行ってみたい」と言い出したのは、若さゆえの無鉄砲さと、何より退屈を紛らわせたいという気持ちからだった。
俺たちは懐中電灯を手に、地元でも有名な廃校へと向かった。その学校は山の中腹にあり、すでに十年以上も使われていない。夜になると周囲には人の気配が一切なく、木々が風に揺れる音だけが響いている。近づくにつれ、冷たい空気が肌を刺し、辺りの静けさが不気味なほどだった。
到着した時にはすでに夜も更け、月明かりが廊下をぼんやりと照らしていた。校舎は長年の放置で外壁が崩れかけ、窓ガラスはところどころ割れている。かつて子供たちの声で賑わっていた場所が、今では完全に廃墟と化していた。
「本当に入るのかよ……」
一人が弱気な声を漏らしたが、ここまで来て引き返すわけにはいかなかった。薄暗い廊下に足を踏み入れると、床材が軋む音が響き渡り、懐中電灯の光が壁に怪しく揺れた。廊下を進み、一番奥の教員室を目指す。そこが最も「出る」と言われている場所だった。
教員室の前に立つと、ドアは鍵がかかっていて動かなかった。朽ちた木製のドアには、誰かが残した古い傷跡がいくつも刻まれている。俺たちは薄暗い廊下に立ちすくみ、「お前が先に見ろ」と促し合った。
結局、俺と友人の二人で同時にドアの下にある小さな隙間から覗き込むことにした。
音を立てずに恐る恐る中を覗いた。途端、背筋が凍りついた。
「なんだ、これ……?」
中には、無数の足が整然と立ち並んでいた。裸足、靴下を履いた足、そして古びた上履き。どれも微動だにせず、部屋の床を埋め尽くしている。頭や胴体などは見えない。ただ、足だけが静かに佇んでいるのだ。薄暗い部屋いっぱいに広がるその光景は、現実感を失わせるほど異様だった。
「おい、冗談だろ?」
友人に振り返ったが、彼も同じ光景を見て動けなくなっていた。教室からは一切の音が聞こえない。その静寂が逆に恐怖を煽る。心臓の鼓動だけがやけに大きく感じた。
恐る恐るもう一度覗き込むと、足はどれもまっすぐこちらを向いていた。まるで俺たちを監視しているかのように。
「帰ろう……これ、やばいって!」
俺がそう言いかけた瞬間、部屋の中で「コッ」と小さな足音が響いた。
恐怖に駆られ、俺と友人は一斉に廊下を駆け出し、残りの者も訳も分からずそれを追って走った。出口までの道のりが異常に長く感じ、背後では、無数の足音が追いかけてくるような気がしてならなかった。
学校を飛び出した後、息を切らしながら振り返ると、背後の気配はぴたりと消えた。暗闇に沈む廃校の姿だけがそこに残っていた。誰も言葉を発しなかったが、全員が恐怖を共有していることは明白だった。
俺たちは廃校を飛び出した後、誰も口を開かなかった。仲間たちは、俺たちが明らかに何かを見たのと察したのだろう。誰も何を見たのか訊いてさえこなかった。皆、思い出すだけで足がすくむほどの恐怖に囚われていたのだ。
それ以来、俺たちは二度と廃校には近づかなかった。
だが、あの無数の足が静かに佇む光景は今も脳裏に焼きついている。そして思うのだ――足だけがそこにあるということは、胴体はどこにあるのだろう、と。
地元では今でも「ビョクに祟られたら足を奪われる」と囁かれている。
しかし俺たちが見たのは足を奪う妖怪ではなく、ただ静かに立ち尽くす無数の足だった。
ビョクはただの伝説ではない。何かが、静かに、確かにそこに存在していたのだ。

掲載誌:オカルト専門誌『闇語り 第13号』
発行日:2003年2月号
表題:「皕」
掲載誌:オカルト専門誌『闇語り 第13号』
発行日:2003年2月号
著者:匿名投稿者 K県在住・H.T.
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夏休み最後の夜、退屈を持て余していた俺たちは、地元の廃校で肝試しをすることになった。発端は、誰ともなく口にした「何か面白いことをしようぜ」という言葉だった。普段は夜に出歩くことすらためらう田舎の高校生が、最後の夏を盛り上げたい一心で無謀な計画を立てたのだ。
「廃校って言っても、ただの古い建物だろ?」
「いや、あそこには出るらしいぞ。ビョクっていう妖怪の話、聞いたことないのか?」
「ビョク?」
友人の一人がそう口にした瞬間、みんなの興味はその名前に引き寄せられた。
「漢字の「百」を2つ重ねた「皕(ビョク)」っていう名前の妖怪の話なんだけど、この辺りだけで伝わってる超ローカルな怪談らしい。たくさんの足を持つ妖怪で、夜に悪さをした者の足を奪うんだとか。」
「なんだそれ、ただの作り話だろ!」
笑いながら聞き流す者もいれば、少しだけ顔を強張らせる者もいた。それでも全員が口を揃えて「怖いけど行ってみたい」と言い出したのは、若さゆえの無鉄砲さと、何より退屈を紛らわせたいという気持ちからだった。
俺たちは懐中電灯を手に、地元でも有名な廃校へと向かった。その学校は山の中腹にあり、すでに十年以上も使われていない。夜になると周囲には人の気配が一切なく、木々が風に揺れる音だけが響いている。近づくにつれ、冷たい空気が肌を刺し、辺りの静けさが不気味なほどだった。
到着した時にはすでに夜も更け、月明かりが廊下をぼんやりと照らしていた。校舎は長年の放置で外壁が崩れかけ、窓ガラスはところどころ割れている。かつて子供たちの声で賑わっていた場所が、今では完全に廃墟と化していた。
「本当に入るのかよ……」
一人が弱気な声を漏らしたが、ここまで来て引き返すわけにはいかなかった。薄暗い廊下に足を踏み入れると、床材が軋む音が響き渡り、懐中電灯の光が壁に怪しく揺れた。廊下を進み、一番奥の教員室を目指す。そこが最も「出る」と言われている場所だった。
教員室の前に立つと、ドアは鍵がかかっていて動かなかった。朽ちた木製のドアには、誰かが残した古い傷跡がいくつも刻まれている。俺たちは薄暗い廊下に立ちすくみ、「お前が先に見ろ」と促し合った。
結局、俺と友人の二人で同時にドアの下にある小さな隙間から覗き込むことにした。
音を立てずに恐る恐る中を覗いた。途端、背筋が凍りついた。
「なんだ、これ……?」
中には、無数の足が整然と立ち並んでいた。裸足、靴下を履いた足、そして古びた上履き。どれも微動だにせず、部屋の床を埋め尽くしている。頭や胴体などは見えない。ただ、足だけが静かに佇んでいるのだ。薄暗い部屋いっぱいに広がるその光景は、現実感を失わせるほど異様だった。
「おい、冗談だろ?」
友人に振り返ったが、彼も同じ光景を見て動けなくなっていた。教室からは一切の音が聞こえない。その静寂が逆に恐怖を煽る。心臓の鼓動だけがやけに大きく感じた。
恐る恐るもう一度覗き込むと、足はどれもまっすぐこちらを向いていた。まるで俺たちを監視しているかのように。
「帰ろう……これ、やばいって!」
俺がそう言いかけた瞬間、部屋の中で「コッ」と小さな足音が響いた。
恐怖に駆られ、俺と友人は一斉に廊下を駆け出し、残りの者も訳も分からずそれを追って走った。出口までの道のりが異常に長く感じ、背後では、無数の足音が追いかけてくるような気がしてならなかった。
学校を飛び出した後、息を切らしながら振り返ると、背後の気配はぴたりと消えた。暗闇に沈む廃校の姿だけがそこに残っていた。誰も言葉を発しなかったが、全員が恐怖を共有していることは明白だった。
俺たちは廃校を飛び出した後、誰も口を開かなかった。仲間たちは、俺たちが明らかに何かを見たのと察したのだろう。誰も何を見たのか訊いてさえこなかった。皆、思い出すだけで足がすくむほどの恐怖に囚われていたのだ。
それ以来、俺たちは二度と廃校には近づかなかった。
だが、あの無数の足が静かに佇む光景は今も脳裏に焼きついている。そして思うのだ――足だけがそこにあるということは、胴体はどこにあるのだろう、と。
地元では今でも「ビョクに祟られたら足を奪われる」と囁かれている。
しかし俺たちが見たのは足を奪う妖怪ではなく、ただ静かに立ち尽くす無数の足だった。
ビョクはただの伝説ではない。何かが、静かに、確かにそこに存在していたのだ。

掲載誌:オカルト専門誌『闇語り 第13号』
発行日:2003年2月号
