ヨシイが入所していたのは、こぢんまりとした介護福祉施設だった。
施設に面談が出来ないか聞いたが、答えは案の定NOだった。
犯罪や感染症を警戒する観点からも当たり前だろう。
私は一人で直接、施設に面談が出来ないか尋ねることにした。
ササキさんと一緒だと、何かの勧誘かと怪しまれないか懸念があったからだ。
職員は最初、眉根を寄せて相当警戒しているようだった。
「行方不明者の情報を探すため」「◾️◾️村についてどうしても知りたいんです」と入り口で説得を続けているうちに、廊下から歩行器を使った老婆が歩いてきた。
「懐かしい名前が聞こえたものでねえ」
私は老婆を見た。
「もしかして、ヨシイさんですか?」
「はい、そうですが、どうかしましたか」
「◾️◾️村の鬼について、聞きたいんです」
私を制止しようとする職員に、ヨシイさんが話しかけた。
「暇してるとこだったから、お兄さんとお話ししたいわあ」
職員は、しょうがないと言った表情で私を見た。

施設の面談室に、私とヨシイさんは通された。
私は早速、ヨシイさんに向けてスマホの画面を見せた。
画面には、たにむぅが撮影した動画のスクショ、祠のシーンが映っている。
「◾️◾️村に奉ってあったこの祠、見覚えはありますか?」
ヨシイさんの細い目が画面を見る。
「えぇ、確かにわかりますよ。」
私はスマホの画面をスワイプし、木箱を見せる。
ヨシイさんは黙って画面を見ている。
心なしか、顔色が悪くなっているように見えた。
最後に、もう一度画面をスワイプして、木箱が開いたシーンを見せた。
「ひっ」
ヨシイさんの顔に恐れが浮かんだ。
「ある人物が◾️◾️村を訪れて、この木箱を開けた後、行方不明になりました」
ヨシイさんはしばらくの沈黙の後、語り始めた。
「そりゃあ、”こっくり”にやられたんだよ。」
「こっくり?」
「そうさ。私は、昔あの村に住んでた。私が生まれるずっと前、あの村では口減らしをしていたらしい。食べ物が少なかったから、いろんな人が殺されたんだそうだ。赤ちゃんも例外じゃなかったらしい。そいつらの怨念が固まって、鬼になった。鬼は夜中になると赤ちゃんの泣き声を出すんだ。そしてそれを聞いたやつを連れていく。泣く鬼だから哭鬼、こっくりと呼ばれるようになったんだ」
ヨシイさんは水を口に含んで続けた。
「あんまり人を連れていくもんだから、大人たちはこっくりを封じ込めたんだ。木箱に入れてね。ただ毎年、こっくりが蘇らないように儀式をしなきゃならない。でもだんだん村の人口は減っていって、私たち家族も麓の街に引っ越したんだ。それもそうだ。鬼が襲ってくる村なんか誰も住みたかないさ。だがね、村に誰も住まなくなっても、儀式だけは続けていたんだ。律儀なもんだね。そして村人が死に、祖父母が死に、親が死ぬと今度は私の番になった。もうその頃には、儀式のことを知っているのは、私くらいになっていたよ。本当は私が最後まで続けなきゃならなかったんだけど、透析をしなくちゃいけなくなってね。この有様さ。」
ヨシイさんは腕を捲り上げ、注射痕を私に見せた。
「もう儀式はしていないよ。だが封印が解けても鬼が狙うのは、村にいるやつだけさ。あそこに行かなきゃ大丈夫さ」
私はヨシイさんに聞いた。
「連れて行かれた人はどうなるんですか?帰って来れないんですか?」
「分からないよ。少なくとも、帰ってきたやつは一人もいない」
「ここを訪れた人はこのような写真を、多くの人に送っていました。見覚えはありますか?」
「うーん、分からないね」
「こっくりは誰かに取り憑いて、この写真を送りつけ、その中の誰かに取り憑くのかもしれません。こっくりを封印したいんですが、やり方を教えてもらいますか?」
ヨシイさんは、儀式の詳細を紙に書いて渡してくれた。

施設からの帰り道だった。
アサダからメッセージが来た。
ポップアップで待ち受け画面に内容が映し出される。
”アサダさんが画像を送信しました”
私は嫌な予感がし、急いでトーク画面を開いた。
アサダから、「村の写真」が送られてきていた。
それに関して、なんのコメントもない。
急いでアサダに電話をかける。
しかし、いつまでも呼び出しコールがなるままだ。
何度かけてもアサダはでない。
アサダはこっくりに連れて行かれてしまったのかもしれない。
結局、その日はアサダとは連絡が取れなかった。

次の日、ササキさんから電話があった。
ササキさんの元に、クドウさんから「村の写真」が送られてきたのだという。
そのシチュエーションは、アサダのものと一緒だった。
クドウさんもこっくりに連れて行かれたのか。

私は事態の重要性に今更ながら気付いた。
こっくりは完全に村の外に出ている。
しかも、同時多発的に人を連れ去ることができるのだ。
早く封印の儀式を行わなければ。
そう思い、私はササキさんを連れて◾️◾️村を訪れることにした。