たにむぅからメールが入った。
正しくは、たにむぅの父親からだった。

”たにむぅこと、タニムラユズルの父です。息子は現在行方不明となっております。もし情報がございましたら、連絡いただければ幸いです”

やはり、ネットの推測通り、たにむぅは行方不明になっていた。
私は”ユズルさんの行方の手掛かりとなるものがある”と返信すると、すぐに返信があった。
”些細なことで構いませんので、ぜひ情報を教えてください”
こうやって、たにむぅの父に会えることになった。
この話をすると、ササキさんも同席したいと連絡が来た。
私、ササキさんの2人でたにむぅの父の家に向かうことになった。
某所の一軒家、車を停めると中から60代の男性が出てきた。
相当疲れているのか、顔色が悪い。
彼がたにむぅの父、タニムラサトルさんだった。
サトルさんは、私たちをリビングに通すと、お茶を淹れてくれた。
その後、近くの引き出しから、封筒を取り出した。
その中には、スマホが入っていた。
サトルさんはスマホの電源を入れ、慣れない手付きで操作している。
「ユズルが失踪した場所に落ちていたらしい。ようやく警察から返してもらえたよ」
サトルさんは「あぁ、これか」と言って画面を指で突いて、私たちに画面を見せた。
動画だった。
私とササキさんはスマホに顔を近づけて二人で動画を見る。

動画の内容を以下にまとめた。

〈昼間・どこかの山中に停めた車中〉
たにむぅ、スマホで自撮りをしている。
「どうも!たにむぅです!本日は、東北の◾️◾️県にあります、◾️◾️村という場所に来ています。ここはすでに廃村となっている場所で、今昼間で車の中から見ているんですが、ものすごいなんというか、圧を感じます。」
自撮りから切り替えて、森を映す。
そこには、登山口が映っている。
入り口には、木の看板があり、「この先侵入禁止 ◾️◾️市役所市民課」と書かれている。
再度、自撮りに切り替える。
「ここは侵入禁止の場所ですが、許可はとってありますのでご安心ください。では暗くなるのを待って、一人で潜入してみたいと思います」
〈夜間・車中〉
たにむぅ、自撮りをしている。
照明により明るいのは車中だけで、外は真っ暗だ。
「はい、夜になりました。夜になると、さすがに真っ暗で何も見えません。クマには十分気をつけながら行ってみましょう」
車を降りると、目の前には獣道のようになった道が伸びている。
雑草が生えているが、かろうじて前に進むことができる。
しばらく歩いていると、たにむぅが何かに気付いた。
「今、なんか聞こえた?赤ちゃんの泣き声?」
カメラが暗闇をパンする。
赤ちゃんの泣き声は聞こえない。
しかし、たにむぅはまだ聞こえているらしく、声がする方向と思わしき場所をカメラに映す。
その方向には、廃屋が建っていた。
「お、ありましたね。いい感じです。行ってみましょう」
たにむぅが廃屋に向かう。
廃屋は平屋建ての一軒家だった。
扉を開けて中を見渡す。
「綺麗に片付けてあるなあ。ちょっと撮影します」
たにむぅは一眼レフで建物内を撮影する。
「では、次のところに行ってみましょう」
廃屋を出ると、あたりには建物が並んでいる。
その中でカメラが映し出したのは、祠だった。
「祠?あれ、これなんだろ」
祠の扉が開いており、その中を映した。
そこにはお札が貼られた木箱が置いてあった。
木箱からは、白いキノコのようなものが生えている。
「木箱だ。何が入ってるんだろう。ちょっと回してみます」
たにむぅが木箱に触れた瞬間だった。
お札が弾けるようにしてちぎれた。
衝撃で蓋が少し開く。
「うおっ、びっくりした」
たにむぅは蓋を開けて、中を映し出した。
そこには、大量の幼虫や甲虫の死骸が入っていた。
その死骸から、白い菌糸のようなものが伸びている。
それが箱の外に出ていたキノコだと思われる。
直後、赤ちゃんの泣き声が響く。
今回の声はしっかりとカメラに収められていた。
「ほんぎゃあ、ほんぎゃあ」
「え、なになになに」
たにむぅは焦りと恐怖で走って逃げる。
カメラで撮影していることを忘れているので、画面は掻き乱され、何が映っているのか分からない。
画面に焦点が合った時、たにむぅは最初に入った廃屋に隠れていた。
「はぁ…はぁ…」
たにむぅの息遣いが聞こえる。
「……ほんぎゃあ…ほんぎゃあ…」
遠くから、先ほどの赤ちゃんの声が聞こえる。
声は次第に大きくなり、近づいてくる。
カメラは、廃屋の入り口の方を映す。
入り口に、黒い影が立っていた。
その影の頭部には、二つの突起が見える。
「うわぁぁぁぁ!」
たにむぅの絶叫が廃屋に響く。
しかし、絶叫は途端に止んだ。
静かになった空間を映し出した後、場面が変わった。
そこには、古民家の前に立つ老婆と赤ちゃんを抱いた女性が映っている。
あの、写真と同じものだった。
そこで映像は終わる。

「終わりましたか?」
サトルさんは、そのビデオを見終わったタイミングで、私たちに話しかけた。
私たちは、互いの顔を見合った。
ササキさんの顔には、深刻さが滲み出ていた。
私も同じような顔をしていただろう。
それもそうだ、ビデオの中のたにむぅは、確かになんらかの怪異に襲われていたとしか思えない。
「その後なんですが、ユズルは色々な人にメッセージを送っていたようなのです。と言っても、送っていたのは写真です。」
私はハッとして、サトルさんに例の写真を見せた。
「これ、ですよね」
サトルさんは頷く。
「この写真には、今回たにむぅさん…ユズルさんが訪れた◾️◾️村に祀られている鬼が写り込んでいるらしいんです。今回のビデオを見て確信しました。ユズルさんは、この鬼に連れ去られたのだと思います。」
私はサトルさんに、鬼が描かれた絵を見せた。
「私に考えがあります。この鬼をもう一度封印しませんか?」
ササキさんとサトルさんは私の顔を不安そうな顔で見る。
ササキさんが聞く。
「封印?」
「はい、動画の中でユズルさんは祠の中にあった木箱を開けてしまっています。この中には、鬼が封印されていたのではないでしょうか。」
サトルさんが呟いた。
「確かに、あれは何かを封印しているようではあったな」
「木箱が開いた次のシーンで赤ちゃんの泣き声のようなものが聞こえます。これ以前の場面では、ユズルさんにしか聞こえなかった声がビデオにも収録されてしまっています。これは鬼が解き放たれてしまった、と考えても良いのではないでしょうか」
ササキさんとサトルさんは無言で頷く。
「極め付けは、最後に映った人影です。頭部に2つの突起が見えます。これは鬼の角のようにも見えます。鬼がユズルさんに操ってどこかに連れて行ってしまったのだと考えられるのではないでしょうか」
ササキさんが言う。
「じゃあ、動画の最後に映っていた、私たちに送られてきた映像や写真は一体なんの意味があるのでしょうか」
「あくまで仮定ですが。怪異は、人に恐れられることで力を増すと言われています。もしかすると写真は、鬼が自分の存在を知らしめるために、人を介して広めているのではないでしょうか」
私は自分で説明しているうちに、あることに気付いた。
アサダに写真を送ったサタケは、失踪している。
サタケはもしかすると、鬼に取り憑かれたのではないか。
では次に鬼が狙うのは、写真を送りつけたアサダかも知れない。
鬼が人に取り憑き、マーキングするかのように、次の獲物を狙う姿を想像すると、背中に冷たいものが流れた。

「もし、◾️◾️村に行くと言うなら、この人を訪ねてくれませんか」
サトルさんは、私にメモ帳を手渡した。
そこには住所と施設名、そして”ヨシイ カネコ”と名前が記されていた。
「いくら行方不明と言っても、警察はオカルト話なんて信じないでしょう。私なりに◾️◾️村について調べてみたんです。そうしているうちに、このヨシイさんという人物が浮上しました。」
「この、ヨシイさんは村と何か関わりがあるんですか?」
サトルさんは頷いた。
「はい、ヨシイさんは◾️◾️村の前住者なんです。」
サトルさんは咳き込み始めた。ササキさんが諭さんの背中をさする。
「すみません。ここ最近、持病がひどくなってきて、自分ではなかなか動けなくなってきてしまって」
サトルさんの顔を見ると、目の下に濃いクマが浮き出ている。
睡眠時間を削って、息子を探していたのだろう。
しかし、体調不良の理由はそれだけではない気がする。
鬼の力が、サトルさんを蝕んでいるのだと思った。
「私がヨシイさんに教わって、封印の儀式をしてきます。サトルさん、休んでいなかったでしょう。しばらく休んでいてもらえませんか?」
サトルさんは頭を振った。
「息子が苦しんでいるかもしれないんだ。ここにいてはいられない」
ササキさんがサトルさんに語りかける。
「息子さんが戻ってきても、サトルさんが倒れたらきっと悲しみますよ。何かあったら、助けを求めますので、今は休んでいてください」
サトルさんは小さく「ありがとう」と呟いた。
私たちは、◾️◾️村に関係があると思われるヨシイさんを訪れることになった。