2024年5月27日 午後3時15分
廃屋を飛び出した二人は、息を切らしながら集落の中心へと戻った。
空はどんよりと曇り始め、昼間にも関わらず異常な暗さに包まれていた。
まるで何かが、この場所全体を覆い尽くそうとしているかのようだった。
「阿久津、大丈夫か?」
河原田は隣を走る阿久津に声をかけたが、阿久津は目の焦点が定まらず、何かに怯えたように震えていた。
「見たんだ、あの……女の顔……」
「女の顔?」
「写真に写ってた連中の……全部、あいつの顔だった……」
阿久津は肩を掴んできた。手の震えが伝わってくる。
「河原田、お前も気づいてるだろ。この場所、俺たちを逃がす気がないんだよ」
河原田は返答できなかった。
カメラの液晶画面を通して見た石の模様、不自然な写真、そして聞こえてくるはずのない声
――すべてが現実と非現実の境界を曖昧にしていた。
その時、地面に何かが落ちる音がした。
振り返ると、先ほど廃屋の中に飛び込んでいった地図が、どこからともなく二人の足元に戻ってきていた。
「これ……戻ってきたのか?」
河原田が拾い上げると、地図の表面には見覚えのない模様が浮かび上がっていた。
最初に見た時は普通の地形図だったはずが、無数の矢印と奇妙な記号が描き加えられている。
「これは何だ……?」
河原田が模様を指でなぞると、不意に地図全体が熱を帯びたように感じた。
すると、矢印と記号が徐々に動き出し、一つの方向を指し示す。
「……おい、これを追えってことか?」
阿久津が不安そうに尋ねる。
「わからない。だが、ここでじっとしてるよりはマシだろ」
河原田はカメラを構え直し、地図が示す方向へ歩き始めた。
地図が示したのは、集落の外れにある祠だった。
周囲を鬱蒼とした木々に囲まれたその祠は、時間に取り残されたように朽ち果てていた。
「何か……いるのか?」
阿久津が警戒しながら祠の中を覗き込むと、そこには黒ずんだ封筒が置かれていた。
河原田が慎重に封筒を手に取ると、中から一枚の古い写真が出てきた。
その写真には、集落の入り口で撮られたと思われる景色が写っていたが、明らかにおかしな点があった。
写真の隅に「撮影:2024年5月28日」と書かれていたのだ
――つまり、明日撮られたものである。
「未来の写真ってことか……?」
河原田が眉をひそめると、突然、祠全体が激しく揺れ始めた。
「やばい、逃げるぞ!」
二人は慌てて祠から飛び出した。
その直後、祠は崩れ落ち、中から真っ黒な霧が噴き出してきた。
霧は生き物のように蠢き、二人を追いかける。
「こっちだ!急げ!」
阿久津が叫びながら走るが、霧はどんどん距離を詰めてくる。
河原田はカメラを構えたまま必死にその様子を記録していた。
やがて二人は、集落を出てきた時と同じ鳥居にたどり着いた。
しかし、鳥居の向こうには霧が立ち込めており、何も見えない。
「くそ、これじゃ出られない!」
阿久津が苛立ちを隠せないでいると、霧の中からぼんやりとした人影が現れた。
それは先ほど廃屋の写真に写っていた、顔のない人々だった。
「走れ!」
河原田が叫ぶと同時に、影たちが一斉に二人へ向かって手を伸ばしてきた。
その手は明らかに人間のものではなく、骨と肉が混ざり合ったような不気味な形状をしていた。
二人は必死に走り続けたが、霧はどこまでも追いかけてくる。そして、ついに阿久津が転んだ。
「おい、しっかりしろ!」
河原田が手を伸ばすが、阿久津は絶望的な表情を浮かべたまま、こう呟いた。
「俺を置いていけ……もう無理だ……」
河原田は迷った末、阿久津の手を掴み上げた。
「ふざけるな。絶対に置いていかない!」
しかし、その瞬間、霧が二人を飲み込んだ――。
