2024年5月27日 午後2時20分


鳥居をくぐってからすでに2時間以上が経過していたが、ふたりは同じような景色が続く集落の中を彷徨い続けていた。

何度も同じ場所を通ったような気がするのに、目印をつけても次に戻ってきた時にはその痕跡が消えている。


「これ、マジで抜け出せないかもな……」


阿久津が苛立ったように呟く。

河原田は無言でカメラを回し続けながら、周囲を観察していた。


「ちょっと待って。これ……」


河原田はカメラの液晶画面を覗き込みながら、地面に散らばった小さな石を指差した。

液晶を通して見ると、石が何かの形に並べられているように見える。

それは言葉というよりも、円を中心にした複雑な模様



――まるで儀式に使われる呪文のようだった。



「これ、誰かがわざと置いたのか? それとも……」


阿久津はその石を蹴ろうと足を上げたが、河原田が慌てて止めた。


「やめろ!触れない方がいい……何かの“結界”かもしれない」

「結界?そんなの信じるのかよ?」

「信じるとかじゃない。こういう状況では、変に触るべきじゃないんだ」


そのやり取りの最中、どこからともなくかすかな笑い声が聞こえてきた。


笑い声は次第に大きくなり、方向もはっきりしないまま周囲に響き渡る。

阿久津が咄嗟に辺りを見渡しながら声を張り上げた。


「誰だ!ふざけてないで出てこい!」


しかし返事はない。

代わりに突然、阿久津の持っていた地図が風もないのにバサバサと動き、彼の手から飛び去った。

地図はまるで意思を持っているかのように宙を舞い、廃屋の一つの中へ消えた。


「あれ、地図が!」


阿久津がその廃屋に駆け寄ろうとしたが、またしても河原田が制止した。


「やめろ、無闇に動くな……罠かもしれない」

「でも、地図がなきゃここから出られないだろ!」


阿久津は河原田を振り切り、廃屋の中へ飛び込んでいった。



河原田も仕方なく後を追う形で廃屋の中に足を踏み入れた。

建物の内部は驚くほど暗く、昼間であるはずなのに外の光が一切届いていない。

懐中電灯を点けて進むと、古びた家具や割れた食器が散乱していた。


「おい、地図は見つかったか?」


河原田が声をかけるも、阿久津からの返事はない。


「阿久津?」


再び声をかけるが、廃屋の奥からは物音ひとつしない。

ただ、河原田の耳には微かな呼吸音のようなものが聞こえていた。

それは彼のものではない――もうひとつ、誰かがこの場にいる。

河原田が慎重に奥へ進むと、視界の先に阿久津の姿が見えた。

彼は立ち尽くしたまま、何かを凝視している。


「おい、大丈夫か?」


河原田が肩を叩くと、阿久津はゆっくりと振り返った。

その顔は真っ青で、目は虚ろ。震える声でこう言った。


「……見た。見ちゃったんだ……」

「何を?」

「ここに……まだいる……」


河原田が阿久津の視線を追うと、そこには壁一面に貼り付けられた古い写真があった。

写真には見知らぬ人々が写っていたが、どの写真も同じ特徴を持っていた。

人々の顔が不自然に消されているのだ。


写真に写っているのは何十人もの人間――若者や老人、男女さまざまな姿があったが、顔の部分だけが黒く塗りつぶされ、まるで別の何かに塗り替えられたかのようだった。

その中の一枚に目を止めた河原田は息を呑む。そこには、阿久津と彼自身が写っていた。


「これ……どういうことだ?」


写真を見つめる河原田の背後で、突然、阿久津が叫んだ。


「戻れ!外に出るんだ!」


阿久津がそう叫んだ瞬間、廃屋全体が不気味な音を立て始めた。

床が軋み、壁が崩れ始める。

ふたりはその場を飛び出すようにして外へ逃げ出した。