2024年5月27日 午後12時10分
老婆からお札を受け取った河原田と阿久津は、意を決して鳥居をくぐった。
その瞬間、空気が変わったような感覚に包まれる。
鳥居を越える前は微かに聞こえていた山の鳥の声や風の音が、ぴたりと止んだのだ。
「……なんか、息苦しくないか?」
阿久津が額の汗をぬぐいながら呟いた。
河原田も同じ感覚を覚えていた。
まるで、見えない何かがふたりを監視しているような気配が背後から迫ってくる。
目の前に広がるのは、草木に覆われた廃墟の集落だった。
倒れた家屋や崩れかけた石垣が点在し、人の気配は一切ない。
それなのに、どこか「誰かが見ている」ような感覚が拭えない。
「ここ、本当にやばいんじゃないか?」
阿久津が小声で言うと、河原田は頷きながらビデオカメラを構えた。
この異様な風景を記録するためだ。
だが、カメラを回し始めた途端、突然の異常が起こる。
カメラの液晶画面に映る風景が、肉眼で見えるものと微妙に異なっていた。
液晶越しでは、廃墟の家々の窓に人影のようなものが写り込んでいるのだ。
「おい、これ……見えるか?」
阿久津も画面を覗き込み、思わず息を呑んだ。
液晶画面には、真っ黒なシルエットが家屋の窓からこちらをじっと見つめている様子が映っていた。
だが、カメラを外して肉眼で確認しても、そこには何もない。
「まずいな……本当に何かいるのかもしれない」
阿久津が震える声で呟いた。
河原田はあえてビデオカメラを回し続けることを決めた。
もし自分たちに何かが起きたとしても、この映像が真相を証明してくれる――そんな一縷の希望に縋るように。
集落を進むにつれて、周囲はますます不気味さを増していった。
突然、遠くから誰かが囁くような声が聞こえてきた。
____帰れ____
「今の、聞いたか?」
阿久津が慌てて後ろを振り返るが、当然、誰もいない。
それどころか、鳥居をくぐる前に見た風景がどこにも見当たらなくなっていた。
振り返っても、来た道は雑草で覆われ、出口の目印であるはずの鳥居すら見えない。
「迷ったのか?」
河原田が地図を確認しようとポケットから取り出すと、そこには別のものが挟まっていた。老婆から渡されたお札だ。
お札には、見覚えのない奇妙な文字が書かれていた。
「この文字……さっきまでは何も書かれていなかったはずだ」
阿久津もお札を覗き込み、「何かの警告かもしれない」と呟く。
その直後、耳元で再び囁き声がした。
____「見つけた」
