2024年6月1日 午前1時45分


阿久津の前に立ちはだかる赤い扉。

その向こうに何があるのか、全く予測できない。

だが、彼の背後には既に霧と影が迫っていた。


「逃げ場はないのか……。」


彼は深く息を吸い込み、扉に手を伸ばした。

触れた瞬間、指先に伝わる冷たさと、どこか生物的な温かさが混ざった不気味な感触が広がる。


「この扉の先が本当に“終わり”なのか、それとも“始まり”なのか……。」


小さな声で呟くと、扉がひとりでに軋むような音を立てて開き始めた。

その隙間から溢れ出したのは、ただの光ではなく、何か“存在”そのものがこちらを侵食するような感覚だった。


扉の向こうに広がっていたのは、荒廃しきった世界だった。

灰色の空の下には、無数の崩れた建物と、人々の生活の痕跡が広がっている。

どこを見渡しても、音ひとつせず、ただ静寂だけが支配していた。


「ここが……扉の先か。」


阿久津が一歩を踏み出すと、背後の扉は音もなく消え去った。

その瞬間、彼の体に何かがまとわりつくような感覚がした。


「誰か、いるのか?」


声を上げても反応はない。だが、どこかからじっと見つめられている感覚が消えない。

ふと地面を見下ろすと、そこには奇妙な模様が描かれていた。円形の文様の中央には、人間の目のようなデザインが刻まれている。


「これは……儀式の跡?」


阿久津が文様を触れると、それが突然明るく光り出した。

そして、どこからともなく声が聞こえてきた。



「我々は待っている。選ばれし者が均衡を正すその日を……。だが、お前は“鍵”でしかない。」

「鍵……?俺が鍵だと?」


声は無視するように続ける。


「扉を開けた時点で、お前は既に儀式の一部となった。後戻りはできない。全てを終わらせるために進むがよい。」


阿久津は立ち上がり、声の方向を探したが、そこには誰もいなかった。

ただ、地面に刻まれた文様だけが光り輝き、何かを伝えようとしているようだった。


「進むしかない、のか……。」


荒廃した世界を進む中、阿久津はついに巨大な塔のような構造物にたどり着いた。

その塔は異常なまでに高く、霧の中に消えているように見える。

塔の周囲には無数の文様が描かれており、すべてが塔を中心に向かって収束しているようだった。


「ここが……全ての中心か。」


彼は塔の入口に立つと、静かに扉を押し開けた。

中は異様に広く、空間そのものが歪んでいるような感覚を覚えた。

そして、塔の中央には巨大な石碑がそびえ立ち、その前には一冊の本が置かれていた。

本の表紙には赤い文字でこう書かれていた。


阿久津が手を伸ばすと、本の文字が動き出し、彼に話しかけるような感覚が広がった。


「お前の選択が、この記録の最後のページを埋める。」


次第に阿久津の視界は暗くなり、意識が遠のいていく。彼が最後に感じたのは、足元から何かが彼を飲み込んでいくような冷たい感触だった。