2024年6月1日 午前1時30分
冷たい霧が阿久津の周囲を包み込む中、謎の存在が静かに問いを続けた。
「お前の選択次第で、この世界は生き延びるか、あるいは新しい姿へと再生される。」
「……生き延びる、だと? 俺はそんな力なんて持ってない!」
存在は冷笑とも取れる低い声で返答した。
「お前はすでに“境界の扉”を開けた。その瞬間、選ばれる者として運命が定められたのだ。」
「……選ばれる者?」
「均衡を保つための犠牲者。それが今のお前の役割だ。」
阿久津は拳を握りしめ、目の前の存在を睨みつけた。
自分の命を差し出せば、世界は元通りになるのか?だが、その言葉を信じて本当に良いのか?疑念が渦巻く中、彼の脳裏に浮かんだのは今までの犠牲者たちの顔だった。
「俺が命を差し出せば、他の人たちも助かるんだな?」
存在は小さくうなずいた。
「だが、もう一つの選択肢もある。」
「もう一つ?」
「お前自身がこの崩壊した世界を新たな均衡で覆い尽くすことだ。すべてを壊し、再構築する。その際には、不要なものは全て消えるだろうが……。」
阿久津は目を伏せ、考え込んだ。
生きるために他人を犠牲にするか、自らを犠牲にするか。そのどちらも簡単な選択ではなかった。
だが、ふと彼の耳に小さな声が聞こえた。
「……生きて……」
振り返ると、そこには涙を浮かべた顔の美咲の幻影が立っていた。
「美咲……?」
幻影は微笑みながら首を振った。
「諦めちゃダメ。あなたは必ず真実を見つける。それを信じて……」
霧の中で阿久津は意を決したように顔を上げた。
「俺の選択でどうなるかなんてわからない……でも、俺は俺の信じる道を行く!」
黒い存在は一瞬、静かになった。そして、その口元に皮肉げな笑みを浮かべた。
「ならば、望みの代償を払うがいい。」
言葉が終わると同時に、阿久津の体に強烈な光が降り注いだ。彼の意識は次第に薄れていき、世界の歪みと共に彼自身も消え去るように感じた。
阿久津が目を開けたとき、そこには何もない空間が広がっていた。
空白とも言える場所で、彼の目の前には一枚の“扉”が現れた。扉には血のような赤い文字が浮かび上がっている。
選べ――この先を進むか、全てを戻すか。
扉を進むべきか、それとも立ち止まるべきか。
