2024年6月1日 午前0時45分
激しい閃光と轟音の中、阿久津は再び意識を取り戻した。
目を開けると、そこは廃マンションの入口だった。
先ほどまでの闇や箱は跡形もなく消え、彼は冷たいコンクリートの上に倒れていた。
「あれは……夢だったのか?」
自分の体を確認すると、右手の甲には依然として焼き付けられたような印が残っている。
夢ではなかった。
「ここから出なければ……」
阿久津は足を引きずりながら外へ向かった。
だが、出口に近づくほどに、異常な静けさと圧迫感が増していく。
廃マンションを出た先に広がっていたのは見慣れた街並みではなかった。
街灯はぼんやりと赤く点滅し、道路のアスファルトには無数のひび割れが走っている。
空は深い赤黒い色を帯び、まるで世界そのものが歪んでいるようだった。
「これが……“境界の崩壊”……?」
周囲には人影が一切見当たらない。
いつもなら車の音や街の喧騒が聞こえるはずだが、聞こえるのは自分の息遣いだけだった。
阿久津はポケットからスマートフォンを取り出し、連絡を試みた。
だが、画面には「圏外」の表示とともに、不気味な文字化けした通知が現れた。
███***接続エラー***███
███***均衡状態:不安定***███
███***対象者:阿久津 正也***███
彼は息を呑んだ。
ふいに、遠くから人影が見えた。
近づいてみると、それは河原田だった。
だが、彼の顔色は死人のように青白く、目は虚ろだった。
「河原田さん……? あんた、生きてたのか!」
河原田はゆっくりと阿久津に目を向けた。
だが、その目にはかつての同僚の面影はなく、冷たい闇が宿っていた。
「……お前も、選ばれたんだな。」
「選ばれた? どういう意味だ?」
河原田は無表情のまま、かすれた声で答えた。
「この世界はもう壊れる。均衡は失われた。お前が開けた箱のせいでな……。」
「俺が……? 俺はそんなつもりじゃ……!」
「言い訳は通用しない。この世界に残された時間は、もうほとんどない。」
河原田の言葉が終わると同時に、彼の体が黒い霧となり、風に消えていった。
阿久津は必死に現実の感覚を取り戻そうとしたが、周囲の景色はますます不気味さを増していく。
目の前の建物が歪み、空間が不安定に揺らぎ始めた。
そのとき、背後から冷たい声が聞こえた。
「お前が全てを終わらせる鍵だ。」
振り向くと、そこには全身を黒い霧に包まれた“何か”が立っていた。
形のはっきりしないその存在は、人のようであり、人ではなかった。
「お前は一つの選択を迫られる。自分の命を代償にこの崩壊を止めるか、それとも……」
「それとも?」
「世界を滅ぼし、新たな均衡を築くかだ。」
阿久津は拳を握りしめた。彼の中に芽生えたのは恐怖ではなく、決意だった。
「俺が……終わらせる。」
彼は黒い存在に向き合い、一歩踏み出した。
