2024年6月1日 午前0時3分
箱が開いた瞬間、阿久津の視界は漆黒の闇に包まれた。
耳鳴りのような不快な音が鳴り響き、足元の感覚が消えていく。
自分がどこにいるのかも分からない。
「これが……扉の先……?」
声を出したつもりだったが、返ってくるのは虚無の静寂だった。
ふいに、頭の中に響く声がした。
「ようこそ、境界の地へ。」
その声は影のものとも違う。
もっと冷たく、感情のない響きだった。
「ここは何だ? 俺はどこにいる?」
「お前は“均衡”を破る者として選ばれた。これより、全ての代償が支払われる。」
言葉の意味を理解する前に、阿久津の手のひらの印が灼けるように光を放ち始めた。
彼は思わず叫んだが、その声は闇に吸い込まれるだけだった。
闇が薄れ、ぼんやりとした光景が浮かび上がった。
それは廃マンションの一室だった。
しかし、何かがおかしい――壁には黒いシミが広がり、家具は歪んだ形をしている。
「これは……俺の記憶?」
部屋の中には、過去に調査で見た顔が並んでいた。
河原田、荒木、そして他の失踪者たち――。
彼らはみな無表情で、じっと阿久津を見つめている。
「お前たち……生きてるのか?」
声をかけても、彼らは答えない。
ただその目には深い悲しみと恐怖が宿っていた。
突然、河原田が口を開いた。
「お前も、ここに縛られる運命だ……。」
「どういう意味だよ!?」
河原田は何も言わず、足元の闇に飲み込まれて消えていった。
他の顔も次々と消えていき、阿久津は再び一人になった。
空間が激しく揺れ始めた。
まるで世界そのものが崩壊していくかのようだった。
目の前には再び箱が現れ、そこから黒い煙のようなものが溢れ出している。
「お前が選んだのだ。これが代償だ。」
先ほどの冷たい声が再び響く。
「俺が……選んだ?」
「お前は印を受け入れ、箱を開けた。それによってこの場所の均衡が崩れ、現実と虚無の境界が溶け始めた。」
「待て……そんなこと、俺は望んでない!」
「だが、お前の意志とは関係ない。印を持つ者には抗う術はないのだ。」
阿久津は箱を閉じようと手を伸ばした。
しかし、箱は彼の手を拒むかのように熱を放ち、触れることができなかった。
阿久津は諦めずに箱に向き合った。
手のひらの印が焼け付くような痛みを放ちながらも、彼は叫んだ。
「俺はこんな結末を望んでない! お前たちが作ったこの状況を、俺が壊してやる!」
その瞬間、印から光が弾けるように放たれ、箱が激しく震え始めた。闇の中から影が現れ、彼を取り囲んだ。
「無駄だ。お前はもうここから抜け出せない。」
「黙れ!」
阿久津は全ての力を振り絞り、手を箱に押し付けた。
その瞬間、光と闇が交錯し、激しい爆音と共に世界が裂けた――。
