2024年5月29日 午前1時12分


阿久津が目を覚ましたのは、古びた地下室のような場所だった。

壁や天井は石でできており、湿気でひんやりとしている。

空気にはカビの匂いが混じっており、何かが腐りつつあるような不快感を伴っていた。

周囲を見渡すと、床に無数の黒い模様が描かれていることに気づく。

それはまるで儀式のために作られた魔法陣のようだった。

中央には、不気味に輝く赤い石が置かれていた。

阿久津はその石に近づこうとしたが、無意識のうちに足を止めた。

全身に警報が鳴り響いているような感覚だった。


「……これ以上近づいたら、戻れなくなる気がする……」


そう呟いた瞬間、背後から声が聞こえた。


「戻る? お前にそんな選択肢があると思うのか?」


阿久津は振り返ったが、そこには誰もいなかった。

代わりに、壁に映る自分の影が動いていることに気づいた。

その影は、彼の動きとは異なる動きをしていた。


影は突然、壁から抜け出し、阿久津の目の前に立ちふさがった。

黒い霧のような存在で、まるで形が定まらない。

それでも、どこか人間のような輪郭を持っていた。


「お前はここで何をしている?」


阿久津は恐怖で声を失ったが、影はさらに近づきながら言葉を続けた。


「ここは“封印”の場所だ。お前が踏み入るべき場所ではない。だが、お前が選んだのだ。」


阿久津は震える声で答えた。


「選んだ? 俺はそんなつもりじゃ……」


影は不気味な笑い声を上げた。


「お前は気づいていないだけだ。全ての道はお前をここへ導くために作られていた。」



影が消えた後、部屋の中央にある赤い石が激しく光り始めた。

その光の中から、何かが浮かび上がった。

それは、見覚えのある顔だった。


「……河原田?」


阿久津の目の前に浮かんでいるのは、間違いなく河原田の顔だった。

しかし、その表情は苦痛に歪んでいた。


「阿久津……頼む……この石を壊してくれ……そうしないと……俺は……」


河原田の声が途切れると同時に、赤い石がさらに明るく輝き、部屋全体が振動し始めた。

阿久津は迷った。もし石を壊したら何が起きるのか、全く予測がつかなかった。しかし、河原田をこのまま放置することもできない。

彼は意を決して石に手を伸ばした。しかし、触れる直前に部屋の空間が歪み、再び影が現れた。


「触れるな! その石を壊せば、全てが終わる……だが、その代償はお前だ!」


阿久津は迷った。影の言葉を信じるべきか、それとも河原田を信じるべきか。しかし、時間は残されていなかった。


「どうする……どうすればいいんだ……!」


阿久津は石を壊す決心をした。

何が起きるかは分からないが、河原田の言葉を信じるしかないと思ったのだ。


「河原田……待ってろ!」


阿久津が拳を振り上げ、石に叩きつけた瞬間、全てが白い光に包まれた。

耳をつんざくような轟音と共に、周囲の空間が崩壊していった。