2024年5月27日 午後8時30分
河原田がペンダントを手にした瞬間、部屋全体が凄まじい勢いで震え始めた。
天井の赤黒い光が渦を巻き、祭壇を中心にした床の模様が浮き上がるように輝き始める。
そして、耳をつんざくような低い音が空間を支配した。
「河原田!それを放せ!」
阿久津の叫び声がどこか遠くから聞こえるようだった。
河原田はペンダントを投げ捨てようと力を込めたが、なぜか腕が動かない。
ペンダントから伸びる黒い霧のようなものが、手首に絡みついていた。
「なんだよ、これ……離れろ!」
もがきながら必死に振りほどこうとするが、霧はどんどん腕に食い込み、まるで生きているように河原田の身体を登っていく。
カメラの映像は激しくノイズが入り、画面の上下が歪んでいく。
音声もまともに拾えなくなり、低い呻き声のような音が混ざり続けている。
突然、映像が鮮明に戻り、画面には河原田の顔が映し出された。
彼の表情は恐怖と苦痛に歪んでおり、目がどこか虚ろだ。
その手には、黒い霧に覆われたペンダントがしっかりと握られている。
「これ、捨てられない……」
河原田が低い声で呟く。
その声はいつもの彼のものとは少し違うように聞こえた。
「河原田……おい、お前大丈夫か?」
阿久津が慎重に距離を取りながら声をかける。
しかし、その時だった。
突然、部屋の空間が歪み、祭壇の周囲に異様な光景が広がり始めた。
床に描かれた模様が動き出し、まるで巨大な瞳が開くかのように中央が陥没していく。
その中から、黒い霧と共に不気味な形状の何かが現れ始めた。
「見ちゃいけない……これを見ちゃいけない……」
阿久津は目を背けながら後退したが、河原田はその場に立ち尽くしていた。
霧の中から現れたのは、無数の手のようなものが絡み合った巨大な塊だった。
それらの手は互いに引きちぎるように動き続け、時折、何かを求めるかのように宙を掴む仕草を見せた。
「解き放て……代償を捧げよ……」
低い声が部屋全体に響き渡り、河原田はその声に吸い寄せられるように、ゆっくりと祭壇の方へ歩き始めた。
「やめろ!行くな!」
阿久津が叫びながら河原田を引き戻そうと駆け寄った。
しかし、その瞬間、黒い霧が暴風のように吹き荒れ、阿久津を弾き飛ばした。
祭壇の上に立った河原田は、まるで操られるようにペンダントを掲げた。
その瞬間、部屋全体が暗闇に包まれ、低い地鳴りのような音だけが響き渡った。
突然、暗闇の中に赤い光が差し込み、祭壇の上にあるペンダントが強烈な輝きを放った。
それと同時に、再び低い囁き声が響き渡る。
「供物は足りぬ……さらなる贄を……」
声の意味が理解できないまま、河原田はペンダントを握りしめたまま動かなくなった。
そして、突然目を見開き、何かを叫ぼうとした瞬間、彼の身体が祭壇の中央に吸い込まれるように崩れ落ちた。
「河原田!」
阿久津が叫びながら駆け寄るが、そこにはもう彼の姿はなかった。
ただ、床には黒い液体が滲み出し、それが奇怪な文字の形を成していくのが見えた。
カメラが突然激しいノイズに覆われ、画面が完全に真っ黒になった。
音声も途切れ、代わりに奇怪なノイズが断続的に流れる。
その後、カメラは完全に静止し、次の文字が画面に浮かび上がった。
_____記録はここで終わりではない。異界の目があなたを見ている。
