2024年5月27日 午後8時10分


河原田は混乱する意識の中、白い部屋を抜けた後の光景をじっと見つめていた。

目の前に広がるのは、不気味な静寂に包まれた廊下。

壁や床には黒い模様が刻まれ、まるで何かを象徴しているかのようだった。


「これは……?」


模様の一つに触れると、冷たい感触が指先に伝わった。

どこか生き物の皮膚のようでもあり、動き出しそうな不気味さを感じる。


「河原田、やめろ……触るな……」


阿久津の声は震えていたが、彼自身も廊下の模様から目を離せない様子だった。

その目には恐怖と共に、どこか引き寄せられるような奇妙な感覚が宿っている。


カメラの映像に再びノイズが混じり始めた。

そのノイズの中に、誰かが低く囁く声が聞こえる。


「戻るな、進め」


河原田はその声に思わずカメラを下げた。

しかし、阿久津はその場に立ち尽くし、何かを凝視している。


「おい、何見てるんだ?」


河原田が声をかけると、阿久津はゆっくりと指を指した。

その先には、黒い模様の中に埋め込まれるようにして、古びた木製の扉が見えていた。


「……開けるのか?」


阿久津の問いに、河原田は逡巡した。

しかし、他に道がないことも確かだった。


「行くしかないだろう……」


河原田は深呼吸をしてから扉のノブを掴み、ゆっくりと回した。


扉の先に広がっていたのは、異様な雰囲気の漂う円形の部屋だった。

部屋の中央には石で作られた祭壇があり、その周囲を囲むようにして古びた書物や奇怪な模様が描かれた布が置かれていた。


「ここ、何なんだよ……」


阿久津が震える声で呟いた。

部屋の天井には、赤黒い光が蠢くように灯されており、その光が祭壇を照らしていた。

河原田がカメラを回して祭壇に近づくと、祭壇の上に置かれた古い日記のようなものが目に入った。


日記を開くと、中には奇怪な図形や文字がびっしりと書き込まれていた。

それらはどれも読み取ることができないが、ページの端に赤い文字でこう記されていた。


『鍵を持つ者、道を拓け』


「鍵って何だ? 俺たちのことか?」


河原田は阿久津を振り返ったが、阿久津は何かに怯えたように後ずさっていた。

その視線の先には、祭壇の上で微かに光る小さな物体が見えていた。

それは、黒い石でできた楕円形のペンダントだった。


「それ、触るなよ!」


阿久津が声を上げたが、河原田はそのペンダントに手を伸ばした。

触れた瞬間、部屋全体が激しく揺れ始め、赤黒い光が爆発的に広がった。


光の中で、河原田は再び例の黒い霧に包まれた感覚を覚えた。


そして、耳元で低く囁く声が次々と流れ込んできた。


「解き放て……封じられた者を……」

「その代償を払え……」


声の内容が明確になるにつれ、河原田はペンダントが何かを呼び覚ますためのものだと理解した。

同時に、全身に重くのしかかるような恐怖が湧き上がった。


「やばい、これを手放さないと……」


河原田が叫びながらペンダントを放り投げようとした瞬間、黒い霧が急速に渦を巻き、彼の手を掴むように絡みついた。