2024年5月27日 午後7時15分


薄暗い空間の中で、河原田は目を覚ました。

周囲は静まり返り、先ほどの霧も異形の人影もどこにも見当たらない。

代わりに、真っ白な部屋が広がっていた。

壁、床、天井、すべてが滑らかな光沢を持つ白で覆われ、出口らしいものは見当たらなかった。


「阿久津……?」


辺りを見回すと、阿久津が部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいるのが目に入った。


「おい、大丈夫か?」


河原田が近づいて声をかけると、阿久津はゆっくり顔を上げた。その目は虚ろで、焦点が定まっていない。


「……俺たち、戻れないんじゃないか……」


その言葉に河原田は背筋が寒くなるのを感じた。

阿久津の声には諦めと恐怖がにじんでいたが、それ以上に気になるのは部屋全体の異様な空気だった。


カメラを回してみると、部屋のどこを映しても同じ白い壁が映るだけだった。

しかし、映像をよく見ると、壁の一部にかすかな模様のようなものが浮かび上がっているのに気づいた。


「これ……地図か?」


河原田はカメラを持ちながら模様の位置を確認し、壁を触った。

すると、模様が淡く光り始め、部屋全体に響く低い振動音が発生した。


「何だ……?」


次の瞬間、白い壁に小さな穴が開き、その向こうに新たな通路が現れた。


「行くしかないな……」


河原田は阿久津を促し、通路へと足を踏み入れた。


通路を進むと、廊下の向こうに見覚えのある風景が広がっていた。

それは、最初に探索を始めた廃マンションの一室だった。

しかし、違和感があった。家具の配置や壁の傷跡など、記憶にあるものと微妙に異なっている。


「ここ、戻ってきたのか……?」


河原田はカメラを回し続けたが、画面には再びノイズが混じり始めた。

そして、ノイズの合間に、誰かが笑うような音がかすかに聞こえた。


「おい、聞こえたか?」


阿久津に声をかけるが、彼は無反応だった。

代わりに、部屋の中央に置かれたテーブルの上に一冊のノートが置かれているのに気づいた。


ノートを手に取り、ページをめくると、中には何十人もの名前が記されていた。

そのほとんどは、行方不明事件で耳にしたことのある名前だった。

そして、最後のページには、大きく河原田と阿久津の名前が書かれていた。


「これ……どういうことだよ……」


その瞬間、ノートの文字が一斉に崩れ、黒いインクが滴るように広がった。

次にノートを見たとき、そこには真っ赤な文字でこう書かれていた。


『同じ道を辿る者へ』


部屋全体が不気味な音を立てて揺れ始めた。

壁の隙間から黒い霧が漏れ出し、部屋を覆い尽くそうとしている。


「まずい、ここも危ない!」


河原田は阿久津を引っ張り、部屋から出ようとするが、扉がどこにも見当たらない。

代わりに、壁の一部が鏡のようになり、二人の姿が映し出された。


「これ……俺たちか?」


しかし、鏡に映っている二人はどこか違っていた。

顔が溶けたように崩れ、目や口が形を失っていく。

その異様な姿に河原田は背筋が凍りついた。


「おい、どうすれば……」


阿久津が叫ぼうとした瞬間、鏡の中の二人が突然動き出し、画面から飛び出すかのようにこちらに手を伸ばしてきた。