2024年5月27日午後5時40分
気がつくと、河原田はどこか見覚えのない場所に立っていた。
周囲は一面灰色の霧に覆われており、地面も空もどちらも同じ色で境界が曖味だった。
「阿久津.....おい、阿久津!」
河原田は声を張り上げて呼んだが、返事はない。
背負っていたカメラは奇跡的に無事で、記録を続けているようだった。
河原田は録画ボタンを押したまま、あたりを慎重に歩き始めた。
カメラには異常な空間が映っていた。
遠くにはいくつかの建造物のようなものが見えるが、どれも現実のものとは思えない奇妙な形状をしていた。
建物の表面は滑らかで、色が液体のように流動しているように見える。
「ここは......どこなんだ......」
河原田は歩きながら手元の地図を広げてみた。
だが、地図には集落の地形とはまったく異なる模様が浮かび上がっており、それがまるで迷路のように動いている。
「冗談だろ.......」
手元の地図を凝視していると、突然、地図に「帰り道」の矢印が現れた。
それは祠に向かう方向ではなく、先ほど目にした奇妙な建物群の方を指していた。
河原田が矢印に従い歩いていくと、やがて巨大な門のようなものが見えてきた。
門は錆びついており、開かれることを拒むように固く閉ざされている。
しかし、近づいた瞬間、突然独りでに軋む音を立てて開いた。
「これが......出口なのか?」
門の中に入ると、内部は驚くほど広く、中心には円形の石碑が設置されていた。
その石碑には、意味不明な文字が刻まれており、触れようとした瞬間、頭の中に直接声が響いた。
「■■■が■■■する。■■を守れ。」
河原田は声の内容を完全に理解することはできなかったが、言葉にならない恐怖が背中を這い上がるのを感じた。
石碑を調べていると、不意に背後からかすかな声が聞こえた。
「.....河原田......」
振り返ると、阿久津が地面に倒れ込んでいた。
顔色は青白く、目には怯えが浮かんでいる。
「お前、大丈夫か!」
河原田が駆け寄ると、阿久津は弱々しく頭を振った。
「......ここ、帰れる場所じゃない......俺たちは......」
阿久津が何かを言いかけたその瞬間、再び地面が激しく揺れた。
「またか......!」
河原田が阿久津を抱きかかえようとしたが、周囲の霧が渦を巻き、二人を飲み込むように迫ってきた。
霧の中から再び現れたのは、人影だった。
それは廃屋で見た写真の中の人々だったが、今回はさらに異形と化していた。
顔のない体には無数の目が浮かび上がり、腕や脚が蛇のようにうごめいていた。
「おい、逃げるぞ!」
河原田は阿久津を引きずるようにしてその場を離れようとしたが、霧の中の影たちは彼らの動きを追い詰めるかのようにじわじわと近づいてくる。
「何なんだよ、こいつらは!」
阿久津が悲鳴を上げる。河原田はとっさにカメラを向けて録画を続けたが、カメラの映像にも異常が現れた。画面がちらつき、時折別の風景が混じる。
「まさか......これは......」
河原田がそう呟いた瞬間、カメラに映った影たちが、一斉にカメラのレンズを通じてこちらを見つめているかのように動きを止めた。
「やばい......!」
その直後、カメラの液晶画面が真っ黒になり、そこに文字化けした文字列が浮かび上がった。
