迷走する女 
 
「これ、どうですか」
彼が指をさしたのは墨田区の女性による証言だった。
「迷走?どういったことだろうか」
「やっぱ気になりますよね」
 彼は何の気なしにその音源ファイルをクリックした。肝心なことにそれは東京都で起きたことではなかった。

  迷走する女.m4a

初めまして。東京都墨田区の久美です。
インターネットで調べていたらこのサイトが
出てきました。全くそういったオカルト的な
ことは知りえませんので、
ただ、私が見たものを証言させてもらいます。
 私はヨガ教室のインストラクターをしています。
その中で自分のヨガ教室のウェブサイトを
何の気なしに見ていました。
 まあ、なんというか。眺めるように。
 そうしていると、急に真っ暗になったんです画面が。うわ気持ち悪いな、と。そうしたらですよ。
画面が切り替わっていて、髪の毛がぼさぼさの女性。
おそらく40代くらいの女性が現れたんです。
次の瞬間、自らの頭をぐっとつかみ出し
それをぐわんぐわんと振るんです。
あああああああああと。気味の悪い声でした。
ようやく動きが落ち着いて、静かになったと思ったら、彼女は顔をゆっくり上げ、こちらを見て笑いました。
本当に気味が悪かったんです。
そうしているうちにウェブサイトに戻りました。
あと、①って表示されたんです。
本当になんだったんでしょう。
正体が全く分からないんです。
 どうかよろしくお願いします。

 音声ファイルを聞き終えたところで
一件の着信が私のもとに届く。
 発信源は昨晩の警官、泉谷からだった。
念のために連絡先を交換していたのだ。
「もしもし」
『あ、おはようございます。武蔵野署の泉谷です。
朝早くからすみませんね』
「どうも、どうかされたんですか」
『あー、いやねえ、一連の事件の被害者の
共通点が見つかりましてねえ。
全員、増沢という男と関与しているような
気がするんです』
「増沢?ですか」
『ええ、彼は映像技師です』
「映像技師?」 
『いわゆる、フェイク動画、
だとか自分で作ることが出来るんです』
「映像というのは」
『そう彼らが見たウェブ上の奇妙な映像です』
「彼が作った映像が、
ウェブ上で流されているってことですか」
『それだったらいいんですが、奇妙なことはですね、
本当にピンポイントで被害者たちが
何らかの形でかかわりを持っているんです』
「関わり?」
『自主映画です』 
「自主映画、ですか」
『殺されている彼らは
自主映画に出演しているようです』
 見当がつかない。出演者が次々
例に倣うように殺されているということを指す。
「というと、映像が残っているはずじゃ」
『見たら死ぬってやつです』 
「見たら死ぬ映画ですか?呪いのビデオのような」
『そういったことになります』 
『その映像を部分だけでも見てしまった彼らは
命を落としています』
「なぜ、それがわかったんですか?」
『彼の名前を検索しているうちにたどり着きました。
お蔵入りした映画、名前は無題です』
 無題?当たり障りのないその
タイトルに何らかの違和感を覚えた。
「なぜ彼はそんなことを?」
『恨みを形にしてみたいと彼は取材で答えていました。要するに理由はなく
呪いの矛先が出演者へ向いたということです。
一番の謎が』
「謎が?」
『彼、亡くなっているんですよ』
 私が驚きのあまり声を出せずにいると、
泉谷はまた何かあり次第連絡をすると言った。
 電話を終え、石神の驚いた眼を見る。
「俺知ってるんですよ」
 え?
「増沢を知っています」彼は短絡的にそれを言った。
「どういった関係で」
「自分も出たことがあります。彼の作る自主映画に」
 それが事実であるならば、
彼にも危険が及ぶ可能性が高い。
「何か変なことは?」
「特に起きては、まあ、自分が寝ている間に
パソコンで流れていた可能性はあります」
「というと?」
「不自然に電源が落ちていたことがあって、
まあ、サーバーダウンっていうか、
ただ重くて落ちちゃったかなと思っていたんですけど」
 まあ、まだ確かな理由はない。
 とにかく、理由をこじつけるだけじゃ、
何の解決にもならない。
 慌てふためき、頭を抱えてしまう。
「まあ一概にそれとは関係ないとは思うんですけど」
 違うな、恐らく違うと思う。
 おはようおはよう、
と声をかけてきたのは猪塚であった。
「石神君平気?」
「はい、おかげさまで」
「ならよかったよ」続けるように彼は言う。
「なに?呪いの話?」
 言い換えれば簡単な、そう、呪いの話である。
彼はすたすたと歩み寄る。
「猪塚さん、なにか知ってませんか?」
「ってことはなに?一連のサイトの事件?」
「そうですそうです」
「警察も関与して、増沢という人物にありつきました」
「増沢、増沢と」
「知っていますか?」
 彼は軽く咳払いをしていった。
「ああ、知ってるとも」
「知ってたんですか?」
「ああ、彼は自主的な呪いを作り出したって、
この界隈では有名だよ」
「自主的な呪い?」と石神が言う。
「ああ、自主的だ。映像に呪いを忍び込ませて
人を殺めるというくそサイコパス」
「くそサイコパス」
「ああ、クソだ」
「陰陽道とかを極めていたみたいで、
その効力は絶大なんだと」
「陰陽道、安倍晴明の」
「そうだ、まさかそんなことにつながるなんて
思ってもいなかっただろう」
「だから、最初俺が選ぶって、
全部彼の仕業だと気づいていたんですね」
「まあ、そうじゃないかとは思っていた。無題だろ」
「タイトルまで」
「彼の名前を検索してみ、増沢弘嗣」
 私はタブをもう一つ出して検索窓に
彼の名前を打ち込んだ。
 検索候補には、文字の後ろに事件と書かれていた。
それを再び検索し、サイトを開く。 
こんな文字の羅列がそこにあった。