それから私たちはSNSで募集を募った。
雑誌に掲載するという断り、
事実無根であることの証明があること。
その状況を音声データとして添付することを
条件にした。
それと念のため何かが起きた時の自分以外の連絡先。
そのこともあり、いやがらせ目的のものは減った。
「それにしても蛙さん、結構集まって来ましたね」
その数は厳選しても二十を超えていた。
嘘を見抜くのが大変だと私は思う。
「一概性のあるものをまとめよう
と私は提案した。
東京都のからのものである。まず目につけたのは、
武蔵野市から送られたものである。
選ばれたのは三つである。
「まずじゃあこれから」
私が指をさしたのは気味の悪い男という
タイトルのものであった。
そのファイルをクリックした。
気味の悪い男.m4a
いつも拝見しております。東京都の梁瀬と申します。
私が見たものを話させてもらいます。
長い尺だと思うので、
どうぞ肩の力を抜いて聞いてください。
私は常にパソコンを使う仕事をしています。
パソコンがなければ仕事ができないほどです。
その日も椅子に座ってパソコンの前に立っていました。ある調べ物をした時です。確か、ある事件について
気になったことがあったのでそれを調べました。
呪いのせいだと言われている事件です。急に気になって調べてみたんですよね。すると出てきたんです。
しばらくお待ちくださいと。
最初は何だと思いましたが、
まあウトウトしてたんですよ。
そしたら急に真っ暗な場面になって、
主観んで誰かのカメラの映像が流れ始めました。
何とも言えないブレのようなものが生じていて、
見にくかったんですけど。
ようやくそのブレが収まり、
ぼろいと言ったら失礼に値するようですね。
かなり昔からあるようなアパートが映っているんです。
なんとか荘とかいうような昭和のにおいが
漂っているんです。住んでいる人には失礼ですけど。
動画からすると右側にアパートがあるんです。
その二階部分にカメラが向けられました。
するとカメラを持つ足が止まりました。
しばらくすると二階部分の窓が開いたんです。
今でも思い出すたび、鳥肌が立ちます。
人なんですけど、人でないような。
髪の毛の少し生えた、こんな例えどうかと
思いますけどセサミストリートに居そうでいなさそうな、とにかく気味が悪いんです。
スティーブン・スピルバーグ監督の
グーニーズって映画をご存じですか?
それに出て来る敵、
ロトニー・フラッテリーという人物のような。
いやな言い方ですけど、異形な顔をしてらして。
それがカメラと目が遭った後、
彼は片手で手を振って、部屋の中に消えたんです。
カメラの持つ手は震えていました。
何故なら階段を降りる音が聞こえたんです。
後ろを振り返り、カメラを持つ彼は
急ぎ足で歩いてきた方へと走り出します。
必死に走っているのか、
そのブレはかなりのものでした。
後ろをカメラが映すと、
先ほどの彼が追ってくるんです。
先ほどの顔、
笑顔のまま全力で駆け寄ってくるんです。
それと衝突したのかカメラが地面に落ちて
パソコンが落ちました。
その前に③という数字が出てましたね。
それ以降はそのサイトを検索しても
普通に表示されるようになりました。
本当に気になっていたので募集をかけてくださり
ありがとうございました。無事に解決なされるよう、
陰ながら応援しています。動画の更新も楽しみです。
二件目の取材はこういったものだった。
「蛙さん、これも武蔵野市で起きたと思います?」
石神が言った。
「そうだな、アパート、古臭いアパートを探そうか」
編集長の猪塚がこちらへ来た。
「蛙くんたち、あれ反響よかったよ、続行ね」
なかなかない褒めの言葉であった。
「ありがとうございます」と会釈をする。
続くように石神も会釈をする。
「結構、集まったんだろ、体験談も」
「そうなんですよ」
「俺が選んでやる、俺いい目してんだぜ?」
言われるがままに彼はふたつ指をさした。
『赤い服の女』『迷走する女』の音源ファイルだ。
何を発端に反応したのか、
猪塚はパソコンに表示されたファイルに目を凝らす。
「聞いていいか?」
どうぞと声をかけ、音源ファイルをクリックした。
再び音源が流れ始めた。
猪塚の両耳に彼の声が流れ始める。聞き終えたのか、
ほう、と声を出した。
「出蔵荘だね」
これぞ、というように猪塚が言った。
「武蔵野ですか?」と石神は言う。
「そうそう。有名だよ。あそこ心霊スポットだもん」
猪塚は鼻をこすりながら言った。
「え、蛙くん知らないの?」
反応を見たようで怪訝そうに聞いてきた」
「知らないんですけど」
「石神君も?」
うん、と石神もうなずく。
「そうか、あれはね」
あれは?と頭で考える。
「よく死ぬ部屋だよ」
よく死ぬ部屋?と反復する。
「要は心理的瑕疵物件」
猪塚はパソコンで新しいタブを出し、
事故物件を掲載するサイトを開いた。
凡その住所を打ち込んだ。
その場所に浮かび上がったのが炎、
事故物件であることを示すものだった。
「ほらな、ここ。結構有名だけど」
と猪塚は指をさした。
そこにはこう記されていた。
東京都武蔵野市〇〇町四丁目 31-8 203号室
2023年8月3日
心理的瑕疵
掲載日 2024年8月10日
「心理的瑕疵って?」と石神が問う。
「そんなことも知らないのか」
と一瞥された彼はすいませんと頭を下げる。
「自殺や他殺だったり、孤独死が起きた物件のことだ。あとは暴力団構成員が近くに住んでいる場合とかだな」
最後の構成員のくだりは知らなかった。
「要するに、何かが出るってことだよ」
私はあることを思い出した。
「石神」はい、と彼は声を出す。
「彼、連絡とれるか?」
「あ、確かに。連絡とってみます」
その要項を確認したようで猪塚は言う。
「緊急連絡先か」彼は笑いながら言った。
「そうなんですよ、話が聞けない可能性があるので」
傍には石神が連絡を試みる。
「まあな、記事にもならん」
その言葉に嫌気がさした。
所詮、表上でしかない人なのかと蔑んだ。
「すぐに連絡はないと思うんですけど一応連絡は」
と石神が言う。いつの間に猪塚が姿を消していた。
石神とともに椅子に座った。隙間を埋めるようにその物件のことを調べようと思い、
検索窓に『出蔵荘』と打ち込んだ。
「出蔵荘ですか?」石神がそれに気づく。
「そうだ、何かがわかるかもしれないだろ?」
「そうですけど、あのなんでしたっけ、
セサミみたいなやつ」
それをかき消すようにあるサイトにアクセスした。
武蔵野市最恐心霊物件
出蔵荘 203号室まとめ
皆様こんにちは!!
心霊物件マニアのGOTOです!
ご無沙汰しておりました。
私はですね、
立て続けに仕事が重なりましてなかなか
更新することが出来なかったんですよ。
まあ、早速行ってみましょう!
今回は東京都武蔵野市にある『出蔵荘』です。
テレビ等では流せませんが
(住んでいらっしゃる方もいますので)こっそりと、
まとめていきたいと思います。
建てられたのは昭和56年(1981年)ですね。
ということは築43年ということが分かります。
事の発端、事件が起きたのはいつの事でしょうか。
これが意外なことにすぐ知ることが出来ました。
平成六年(1994年)今となっては大問題ですが、渋谷区辺りに見世物小屋のようなものが
あったらしいです。彼の名前は陣内心太。
クルーゾン症候群という病気を患っていました。
そんな彼が長らく住んでいたのが
こちらの203号室です。
彼は懸命に働き、見世物のような扱いを受けながらも真っ当に生きていました。
そこで問題が生じます。
遂にその扱いに耐えかねた
彼はその203号室で自殺を図ってしまったのです。
窓べりで首を吊ったそうです。何ともいえない
出来事ですよね。しかしながらこの事件は公に出ず、
もみ消されるような形で彼の存在は
なかったことになってしまったそうです。
居た堪れないですよね。
それが発端で、この203号室ではこんなうわさが
立ち始めました。入居した人物が窓べりで
首を吊るという。その数は現時点で
5人にも及ぶそうです。
これは心太の呪いとして不動産業界で
一躍有名になったそうです。
後日談ですが、渋谷にあった彼の働いていた
見世物小屋はもうありません。警察の調査が入り、
今はもう別の店になっているそうです。
とても胸糞が悪い物件でしたね。
心太君が幸せに、
成仏されていることを願うばかりです。
ということで今回の調査はこんなところで終了です。またのお越しをお待ちしております。
次の更新は葛飾区のマンションについてです。
ではまた!!
こんなに早く答えを知ること
になるとは思ってもいなかった。
まさかそんなバックグラウンドがあったなんて。
「どうしたんですか」と石神は私に近寄る。
「大体のことが分かった」
「わかった?とは」
「あの部屋で何があったのか、彼が何者なのか」
「彼と言いますと」
「失礼に値するがセサミストリートに
出てきそうと言っていたものだ」
彼はサイトに目を凝らす。
ゆっくりとスクロールをし、納得した。
「ということは彼、この部屋に住んでいたんじゃ」
確かにと思ったが、音声データには
自分の部屋と言及していなかったこともあり、
焦燥感に駆られる。
「とりあえずこのサイトの彼に連絡してみよう」
サイトの隅に有難くメールアドレスがあったため、
メールを打ち込んだ。
宛先: goto1230@icrowd.com Cc/Bcc 差出人: Tokyooccultclub@icrowd.com
件名:出蔵荘における203号室について
サイト拝見させてもらいました。
私、東京オカルト怪異譚でwebライターの井の中 蛙
と申します。武蔵野市の203号室について
お聞きしたいことがあります。
都合の良い時間帯で構いません。
ご連絡をお待ちしております。 井の中 蛙
「とりあえず、彼にメールは」
ありがとうございますと石神は言った。
「自分も彼から連絡があればすぐに言いますね」
「とりあえず、武蔵野市に行くのは明日になるな」
その数時間後、GOTOと呼ばれる彼から
返信メールが届いた。それを開封する。
宛先: Tokyooccultclub@icrowd.com
Cc/Bcc 差出人: goto1230@icrowd.com
件名:出蔵荘における203号室について
サイト運営人のGOTOです。後藤とお呼びください。早速本題のそれについて話させていただきます。
私の本業は不動産業を扱ってまして、
それを生かすというか、趣味範囲で
そういった物件をまとめようと始めたんです。
入居者さんの内容は大体のことを把握することが
出来ます。個人情報と言いますか、
どういった経歴をお持ちになっているとかの
情報ですよね。こんな風に私はプライバシー
すれすれのことを書いたりしているんです。
後藤は偽名です。それも、
あれですよ見つかったらクビなんです。
命がけですよね。
そして本題です。彼、陣内心太。
彼が実在していたのも、渋谷区にあった
見世物小屋も事実なんです。私も初めは吃驚しました。まさか現代社会にもそれが存在していたなんて。
本当に悩みましたよ。どちらを取るのが
陣内心太のためなのか。しばらく考えて、
こんな人間もいたんだよと提示するような形で
ネットに公開しようと思いました。それが礼儀なのか、どう思われようがは勝手ですが、自分なりの報いです。彼を見世物にしていた醜い人物たちへも向けてと
いうことも念頭に置いています。
偶然、井の中 蛙さんのような方に
取り上げてもらえるなんて夢にも思ってなかったです。
私はこれからもひっそりと
不動産の仕事をしながらこのサイトを続けます。
違う種類の人間でありますが、
以後お見知りおきください。
それと、私のことはくれぐれも内密にお願いします。
最後になりましたが、
現在の203号室の入居者は梁瀬さんという男性です。
心霊物件マニア GOTO
私はその途端に絶句した。最後の文章である。
これでおそらく後藤という人物は
事実を述べているだろうと思う。
別の仕事をしている石神を呼び起こし、
今すぐ武蔵野市へ行こうと提案する。
急ぎ足で猪塚のもとへ承諾を取りに行った。
時刻は午後四時を回っていた。
承諾を得て車を走らせる。
「一向に連絡がないんですよ」
やはり、彼のもとに危害が及んでいるのか。
いつもより速度を上げる。
「ちょっと早いですよ蛙さん」
耳から耳へとすり抜けるようにアクセルを踏む。
地図に示された場所に『出蔵荘』があった。
ここが、陣内心太が住んでおり、
投稿主の梁瀬さんが住んでいる場所。
車を路上に停め、急ぎ足で降りた。
「ここが、ですね」
裏側の玄関口の方へ回る。
この出蔵荘には八部屋あり、
こちら側が104号室のため、
斜め上の階の入口を見た。
とはいえ、鍵がない。
「どうしましょう」
「管理人を見つけ出して理由を説明しよう」
しかしながら問題の管理人らしき人もおらず、
家もない。
しばらくその場で立ち尽くしていると、
30代半ばほどの男性が一階の
自分の部屋へ戻ってきた。
「すいません」と慌てて声をかける。
彼は驚いた様子でこちらを見た。
「管理人さんの家ってどちらに?」
私は彼にこう聞いた。
「そこの家です、瓦屋根の」
彼は親切に指をさして、場所を教えてくれた。
彼にありがとうと告げ、その家へと足を進めた。
ドアフォンを鳴らし、しばらく待つ。
「もう一度押してみますか?」
と石神の言葉に続き、もう一度それを鳴らした。
数秒か過ぎたのちに老婆が現れた。
その齢は概ね80代であろう。
腰は曲がりその容姿は、思う老婆そのものだった。
「なんでしょう」
少し重みのあるその声が響いた。
「私たちは記者です。203号室についてご質問が」
老婆はしかと黙り込む。
ライターという名称を避けて記者と言った。
続くように石神が言う。
「確認で、今こちらに住む梁瀬さんと
連絡が取れなくて」
それでも沈黙を続ける。
ようやく老婆は納得し、
部屋のスペアキーを取りに戻った。
階段を上り、203号室の前へたどり着いた。
老婆は階段の下でこちらを見張るように見ている。
二回ノックしても音沙汰がないため、
私が鍵を回しすいません失礼しますと
部屋のドアを開ける。一歩足を踏みしめると、その言葉にならない異臭とともに、息が詰まった。
窓べりで彼はロープで首を吊っていた。
その顔は虚ろな目をしており、
涎や鼻汁をも垂れ流した醜い姿をしている。
あまりの衝撃に全身が震える。
身の毛がよだつとはおそらくこのことを言うのだろう。
身体のありとあらゆる場所から液体が垂れ続けている。そのロープが今はちきれて、嫌な衝撃音と共に
床に落ちた。
その恐ろしい音はしばらく耳にこびりついていた。

