いよいよカイヌキの儀式が行われることになった夜、中島さんの指名で参加することになった私は、中島さんと黒田さんと共に会議室で待機することになりました。会議室には、店長の他にスーツを着た人が三人、いかにも霊能力者を思わせるような格好をした人が五人いました。
それだけでも異様な空気でしたが、さらに奇妙なことに、目隠しとイヤーパッドをつけた人が三人、部屋の隅で椅子に座っていました。
「中島さん、あの人たちはなんですか?」
場違いな空気に息が詰まる中、気になって中島さんに確認したところ、「あの三人は志願者だ」とだけそっけなく教えてくれました。
――志願者って、どういうこと?
再度三人に目を向けながら、彼らの様子を伺います。三人とも年齢や格好はばらばらでした。目隠しにイヤーパッドという物騒なものがよからぬことを連想させましたが、三人から漂う気配からして嫌嫌ここに来たわけではないことだけは伝わってきました。
その後、軽い打ち合わせが終わっていよいよ準備に入りました。打ち合わせでわかったのですが、店長と話をしていたスーツの人たちは、一人が警察関係者で、後の二人は役所の職員のようでした。
ただ、どういう機関に所属しているかはわかりません。一つ言えることは、三人とも一切私とは会話を交わす気はないということでした。
「黒田さんはカイヌキを経験したことはありますか?」
指定場所となった二階のフロアに入ると、いつもの見慣れた光景とは一味違う感覚に戸惑いつつも、それとなく黒田さんに聞いてみました。
「噂で聞いたことはあるが、やるのは初めてだ」
黙々とエスカレーター周りのシャッターを下ろしていた黒田さんが、ぶっきらぼうに答えます。なぜかその時、黒田さんがどこか上の空のように見えました。
いまいちカイヌキの儀式の中身がわからないまま中島さんの指示に従って準備を進めると、いよいよ残りはエレベーターの設定だけとなりました。
「改めて言うが、ここから先はなにがあってもこの御札を離したり破いたりするなよ。なにがあっても、必ず両手でしっかり持つってことを忘れるな」
エレベーターの設定を終えると、中島さんが打ち合わせ通り得体のしれない御札を渡しながら注意事項を釘刺してきました。
――なんだか気持ち悪い御札だな
打ち合わせでは、なにかの御守りを渡されると聞いていました。しかし、実際に渡されたのは、古い和紙のようなものに墨で書いた文字が意味不明に並んでいる御札でした。触った感じでは丈夫そうでしたが、この紙を破ったり手から離してはいけないということでした。
全ての準備が終わると、エレベーターから一番遠いバックヤードの入口の前で待つみんなと合流しました。と同時に店内の照明が消え、非常口を案内する小さな看板の明かりだけが、滲むように店内に浮かび上がっていきました。
「何度も言うが、絶対に御札から両手を離すなよ」
最終の確認を終え、一同の前に立った中島さんが、隣に並んだ私に緊張した声で伝えてきます。中島さんの隣にいる黒田さんの表情も、いつも以上に険しくなっていました。
――なにが始まるんだ?
打ち合わせがあったとはいえ、私はなにが行われるかは詳しく聞かされていません。聞かされたのは、御札を手にして歩くということだけです。それ以外は、必要があれば中島さんがその都度説明するということになっていました。
やがて、耳鳴りがするような静けさがしばらく続いた後、儀式の始まりを告げるかのように法螺貝の音が不気味に響き渡りました。
その音を合図に、中島さんがゆっくりと御札を胸の前に掲げて一歩踏み出しました。どうやら儀式が始まったようで、黒田さんも同じように御札を掲げるのを確認して、私も御札を胸の前に掲げました。
そうして三人で歩み始めると、その後ろを志願者と呼ばれる三人が同じように御札を掲げてついてきました。いつの間にか目隠しとイヤーパッドは外されていたようで、暗くて見えませんでしたが、おそらく神妙な面持ちだったのではと思います。
さらにその後ろ、最後尾を霊能力者らしき集団がお経のようなものを唱えながらついてきました。どうやら店長とスーツの人たちは、儀式には参加していないようでした。
――いったい、なにが起きるんだ?
普段は多くの客で賑わう店内。しかし、今は僅かな明かりしかない暗闇の中に、異様な太鼓と鈴の音に重なってお経が響き渡っています。ショッピングセンター内で誰がこんな光景を想像できるのかと思いましたが、これは誰かの妄想ではなく現実に起きていることに間違いありませんでした。
嫌でもたかぶる不安と緊張の中、ただ暗闇の中を僅かな明かりを頼りに中島さんと歩調を合わせること数分、店内をゆっくりと一周した後にたどり着いたのがエレベーターの前でした。
「竹下、下がるぞ」
エレベーターの前に着くと、中島さんがその場から離れるように指示してきました。その指示に従ってその場から下がると、後ろにいた志願者たちがエレベーターの前に来て正座しました。
さらに、声量を上げた霊能力者らしき人たちが、その志願者たちを数歩離れた位置で取り囲み始めました。
――なにをするつもりなんだ?
その異様な光景に理解が追いつかない私は、乾ききった喉を無理やり鳴らしながら、太鼓と鈴の音、さらにはますます早く強くなっていくお経のようなものに意識が揺らぐのを感じていました。
その状況の中、志願者たちはというと、正座したまま御札を高く掲げ、まるで祈るかのように目を閉じてなにかを待っているように見えました。
――黒田さん、なにやってるんだ?
志願者たちから黒田さんへと目を向けた瞬間、黒田さんの異様な様子に一瞬でくぎづけになりました。
黒田さんは、いつも以上の鋭い眼差しで志願者を睨んでいます。ただ、その手にした御札は片手でしか持っていませんでした。
しかも、不思議なことに黒田さんの持っている御札だけ風に煽られるかのように揺れていました。当然ですが、この閉め切った空間に風が吹く要素はありません。なのに、黒田さんの御札だけが波打つように揺れていたのです。
その光景になにかが引っかかった私の中に、奇妙な好奇心がわきあがりました。黒田さんは、よく見ると睨むのではなくなにかを探すように視線を暗い闇に向けていました。
それがなにを意味するかはわかりません。ただ、わかっているのは御札を片手で持っているということです。それはつまり、今両手で持っている御札から片手を離せば、この状況になんらかの変化が起きるということを意味していました。
そう考えた瞬間、妙な好奇心が抗えない勢いで私の判断能力を支配してきました。見る限り黒田さんには問題なさそうですから、片手ぐらいなら離しても問題ないように思われます。
――少しだけなら……
わずかにわいた不安も好奇心には勝てず、ついに私は御札を持つ左手を離すことにしました。
――うわっ、なんだこれ
息を飲みながら左手を離した瞬間でした。突然、何本もの白く長いモノが床から伸びているのが見え、しかもその長いモノがひったくるように御札に次から次に襲いかかってきていました。
――ひょっとして、これは腕なのか?
その異様な光景に体が固まってまばたきさえもできなくなった私は、その長いものの先がひび割れてどす黒くなった手だと気づきました。
「おい! 手を離すな!」
大小さまざまな手の動きに言葉を失った私に、突然、中島さんが鬼の形相で耳打ちしてきました。
その迫力に我にかえった私は、慌てて両手で御札を握ろうとしました。ですが、次の瞬間、いきなり暗闇の中に現れたモノに目を奪われ、そのまま身動きできなくなってしまいました。
――あれはなんなんだ?
急に姿を現した黒い物体。それは、なぜか闇の中でもはっきりわかるくらいでした。その光景は、闇が歪むといいますか、闇が闇を飲み込んでいくようにも見えます。その動きに完全に目を奪われた私は、その雲のような黒い物体の中になにかいることに気づきました。
そのなにかは、はっきりとはわかりません。ただ、二足歩行をしているように見えることから、闇に包まれた人のようなもので間違いなさそうでした。
「おい、聞いてるのか!」
あまりにも動けないでいる私を危惧してか、中島さんが無理やり私の手を取って御札を握らせてきました。と同時に、今まで見えていたものは一切見えなくなり、代わりになにかを待ち焦がれるように闇に目を向ける志願者たちの姿が見えてきました。
――今のはなんだったんだ?
混乱しそうになる頭を落ちつかせ、さっき見た光景を脳裏に浮かべてみます。しかし、闇を飲み込むような黒い霧に包まれていたそれは、二足歩行しているということしかわかりませんでした。
「もうすぐで終わるから、じっとしてろよ」
意味不明な現象に冷や汗が吹き出て不安だけがやたらと膨らんでいく中、さらに音量が上がった鈴と太鼓の音に落ち着きを失いつつある私に、中島さんが力のこもった眼差しを向けながらさとすように声をかけてきました。
その後のことは、正直なところあまり覚えていません。なにが起きているのか、自分が今見たものがなにかもわからない中、気づくと志願者たちが御札を捨てて立ち上がっていました。
その光景は、今思い返してみても本当にあったのかどうかわかりません。ただ、私が見たと思う光景を説明するとすれば、志願者たちはみな両手を広げて笑みを浮かべたままなにかを受け入れようとしているように見えました。
しかし、その笑みは長く続きませんでした。正確には、志願者のうち一人は最後まで笑みを浮かべていたのですが、残り二人の志願者については、笑みを失くす代わりに、なにかとんでもないものを見たかのように錯乱し始めていました。
やがて、お経のような声がクライマックスを迎えるかのように一段と高くなった後、一人の霊能力みたいな人が笑みを浮かべたまま倒れ込んだ志願者の顔に御札を貼ったところで、カイヌキの儀式は終わりを迎えることとなりました。
いかがだったでしょうか?
以上が、私が体験したカイヌキの内容になります。
※本当は、もっと詳しい描写が必要な部分もあるのですが、あまり詳しく書くとみなさんに伝える前に消される恐れがありますので、今回はこのような内容とさせていただきました。
結局のところ、カイヌキというものがなにを目的とした儀式だったのかは、このときの私にはよくわかりませんでした。もちろん、中島さんを含め関係者の誰かが丁寧に説明などしてくれるはずもありませんでした。
その後は、数々の謎と口止め料と思われる桁違いの金銭だけが残りました。中島さんの話によれば、カイヌキの儀式はそう頻繁にあるものではないとのことでしたので、もうこの先カイヌキの儀式に関わることはないと、そのときは思っていました。
しかし、カイヌキの儀式から半年後、私は思わぬ形で再びカイヌキの儀式に参加することになったのです。
それだけでも異様な空気でしたが、さらに奇妙なことに、目隠しとイヤーパッドをつけた人が三人、部屋の隅で椅子に座っていました。
「中島さん、あの人たちはなんですか?」
場違いな空気に息が詰まる中、気になって中島さんに確認したところ、「あの三人は志願者だ」とだけそっけなく教えてくれました。
――志願者って、どういうこと?
再度三人に目を向けながら、彼らの様子を伺います。三人とも年齢や格好はばらばらでした。目隠しにイヤーパッドという物騒なものがよからぬことを連想させましたが、三人から漂う気配からして嫌嫌ここに来たわけではないことだけは伝わってきました。
その後、軽い打ち合わせが終わっていよいよ準備に入りました。打ち合わせでわかったのですが、店長と話をしていたスーツの人たちは、一人が警察関係者で、後の二人は役所の職員のようでした。
ただ、どういう機関に所属しているかはわかりません。一つ言えることは、三人とも一切私とは会話を交わす気はないということでした。
「黒田さんはカイヌキを経験したことはありますか?」
指定場所となった二階のフロアに入ると、いつもの見慣れた光景とは一味違う感覚に戸惑いつつも、それとなく黒田さんに聞いてみました。
「噂で聞いたことはあるが、やるのは初めてだ」
黙々とエスカレーター周りのシャッターを下ろしていた黒田さんが、ぶっきらぼうに答えます。なぜかその時、黒田さんがどこか上の空のように見えました。
いまいちカイヌキの儀式の中身がわからないまま中島さんの指示に従って準備を進めると、いよいよ残りはエレベーターの設定だけとなりました。
「改めて言うが、ここから先はなにがあってもこの御札を離したり破いたりするなよ。なにがあっても、必ず両手でしっかり持つってことを忘れるな」
エレベーターの設定を終えると、中島さんが打ち合わせ通り得体のしれない御札を渡しながら注意事項を釘刺してきました。
――なんだか気持ち悪い御札だな
打ち合わせでは、なにかの御守りを渡されると聞いていました。しかし、実際に渡されたのは、古い和紙のようなものに墨で書いた文字が意味不明に並んでいる御札でした。触った感じでは丈夫そうでしたが、この紙を破ったり手から離してはいけないということでした。
全ての準備が終わると、エレベーターから一番遠いバックヤードの入口の前で待つみんなと合流しました。と同時に店内の照明が消え、非常口を案内する小さな看板の明かりだけが、滲むように店内に浮かび上がっていきました。
「何度も言うが、絶対に御札から両手を離すなよ」
最終の確認を終え、一同の前に立った中島さんが、隣に並んだ私に緊張した声で伝えてきます。中島さんの隣にいる黒田さんの表情も、いつも以上に険しくなっていました。
――なにが始まるんだ?
打ち合わせがあったとはいえ、私はなにが行われるかは詳しく聞かされていません。聞かされたのは、御札を手にして歩くということだけです。それ以外は、必要があれば中島さんがその都度説明するということになっていました。
やがて、耳鳴りがするような静けさがしばらく続いた後、儀式の始まりを告げるかのように法螺貝の音が不気味に響き渡りました。
その音を合図に、中島さんがゆっくりと御札を胸の前に掲げて一歩踏み出しました。どうやら儀式が始まったようで、黒田さんも同じように御札を掲げるのを確認して、私も御札を胸の前に掲げました。
そうして三人で歩み始めると、その後ろを志願者と呼ばれる三人が同じように御札を掲げてついてきました。いつの間にか目隠しとイヤーパッドは外されていたようで、暗くて見えませんでしたが、おそらく神妙な面持ちだったのではと思います。
さらにその後ろ、最後尾を霊能力者らしき集団がお経のようなものを唱えながらついてきました。どうやら店長とスーツの人たちは、儀式には参加していないようでした。
――いったい、なにが起きるんだ?
普段は多くの客で賑わう店内。しかし、今は僅かな明かりしかない暗闇の中に、異様な太鼓と鈴の音に重なってお経が響き渡っています。ショッピングセンター内で誰がこんな光景を想像できるのかと思いましたが、これは誰かの妄想ではなく現実に起きていることに間違いありませんでした。
嫌でもたかぶる不安と緊張の中、ただ暗闇の中を僅かな明かりを頼りに中島さんと歩調を合わせること数分、店内をゆっくりと一周した後にたどり着いたのがエレベーターの前でした。
「竹下、下がるぞ」
エレベーターの前に着くと、中島さんがその場から離れるように指示してきました。その指示に従ってその場から下がると、後ろにいた志願者たちがエレベーターの前に来て正座しました。
さらに、声量を上げた霊能力者らしき人たちが、その志願者たちを数歩離れた位置で取り囲み始めました。
――なにをするつもりなんだ?
その異様な光景に理解が追いつかない私は、乾ききった喉を無理やり鳴らしながら、太鼓と鈴の音、さらにはますます早く強くなっていくお経のようなものに意識が揺らぐのを感じていました。
その状況の中、志願者たちはというと、正座したまま御札を高く掲げ、まるで祈るかのように目を閉じてなにかを待っているように見えました。
――黒田さん、なにやってるんだ?
志願者たちから黒田さんへと目を向けた瞬間、黒田さんの異様な様子に一瞬でくぎづけになりました。
黒田さんは、いつも以上の鋭い眼差しで志願者を睨んでいます。ただ、その手にした御札は片手でしか持っていませんでした。
しかも、不思議なことに黒田さんの持っている御札だけ風に煽られるかのように揺れていました。当然ですが、この閉め切った空間に風が吹く要素はありません。なのに、黒田さんの御札だけが波打つように揺れていたのです。
その光景になにかが引っかかった私の中に、奇妙な好奇心がわきあがりました。黒田さんは、よく見ると睨むのではなくなにかを探すように視線を暗い闇に向けていました。
それがなにを意味するかはわかりません。ただ、わかっているのは御札を片手で持っているということです。それはつまり、今両手で持っている御札から片手を離せば、この状況になんらかの変化が起きるということを意味していました。
そう考えた瞬間、妙な好奇心が抗えない勢いで私の判断能力を支配してきました。見る限り黒田さんには問題なさそうですから、片手ぐらいなら離しても問題ないように思われます。
――少しだけなら……
わずかにわいた不安も好奇心には勝てず、ついに私は御札を持つ左手を離すことにしました。
――うわっ、なんだこれ
息を飲みながら左手を離した瞬間でした。突然、何本もの白く長いモノが床から伸びているのが見え、しかもその長いモノがひったくるように御札に次から次に襲いかかってきていました。
――ひょっとして、これは腕なのか?
その異様な光景に体が固まってまばたきさえもできなくなった私は、その長いものの先がひび割れてどす黒くなった手だと気づきました。
「おい! 手を離すな!」
大小さまざまな手の動きに言葉を失った私に、突然、中島さんが鬼の形相で耳打ちしてきました。
その迫力に我にかえった私は、慌てて両手で御札を握ろうとしました。ですが、次の瞬間、いきなり暗闇の中に現れたモノに目を奪われ、そのまま身動きできなくなってしまいました。
――あれはなんなんだ?
急に姿を現した黒い物体。それは、なぜか闇の中でもはっきりわかるくらいでした。その光景は、闇が歪むといいますか、闇が闇を飲み込んでいくようにも見えます。その動きに完全に目を奪われた私は、その雲のような黒い物体の中になにかいることに気づきました。
そのなにかは、はっきりとはわかりません。ただ、二足歩行をしているように見えることから、闇に包まれた人のようなもので間違いなさそうでした。
「おい、聞いてるのか!」
あまりにも動けないでいる私を危惧してか、中島さんが無理やり私の手を取って御札を握らせてきました。と同時に、今まで見えていたものは一切見えなくなり、代わりになにかを待ち焦がれるように闇に目を向ける志願者たちの姿が見えてきました。
――今のはなんだったんだ?
混乱しそうになる頭を落ちつかせ、さっき見た光景を脳裏に浮かべてみます。しかし、闇を飲み込むような黒い霧に包まれていたそれは、二足歩行しているということしかわかりませんでした。
「もうすぐで終わるから、じっとしてろよ」
意味不明な現象に冷や汗が吹き出て不安だけがやたらと膨らんでいく中、さらに音量が上がった鈴と太鼓の音に落ち着きを失いつつある私に、中島さんが力のこもった眼差しを向けながらさとすように声をかけてきました。
その後のことは、正直なところあまり覚えていません。なにが起きているのか、自分が今見たものがなにかもわからない中、気づくと志願者たちが御札を捨てて立ち上がっていました。
その光景は、今思い返してみても本当にあったのかどうかわかりません。ただ、私が見たと思う光景を説明するとすれば、志願者たちはみな両手を広げて笑みを浮かべたままなにかを受け入れようとしているように見えました。
しかし、その笑みは長く続きませんでした。正確には、志願者のうち一人は最後まで笑みを浮かべていたのですが、残り二人の志願者については、笑みを失くす代わりに、なにかとんでもないものを見たかのように錯乱し始めていました。
やがて、お経のような声がクライマックスを迎えるかのように一段と高くなった後、一人の霊能力みたいな人が笑みを浮かべたまま倒れ込んだ志願者の顔に御札を貼ったところで、カイヌキの儀式は終わりを迎えることとなりました。
いかがだったでしょうか?
以上が、私が体験したカイヌキの内容になります。
※本当は、もっと詳しい描写が必要な部分もあるのですが、あまり詳しく書くとみなさんに伝える前に消される恐れがありますので、今回はこのような内容とさせていただきました。
結局のところ、カイヌキというものがなにを目的とした儀式だったのかは、このときの私にはよくわかりませんでした。もちろん、中島さんを含め関係者の誰かが丁寧に説明などしてくれるはずもありませんでした。
その後は、数々の謎と口止め料と思われる桁違いの金銭だけが残りました。中島さんの話によれば、カイヌキの儀式はそう頻繁にあるものではないとのことでしたので、もうこの先カイヌキの儀式に関わることはないと、そのときは思っていました。
しかし、カイヌキの儀式から半年後、私は思わぬ形で再びカイヌキの儀式に参加することになったのです。



