私が今の警備会社に就職したのは、一年ほど前になります。元々は関東で営業系の仕事をしていたのですが、わけあって故郷となる九州のある地方に戻ることになり、今の仕事に就いた経緯があります。
仕事は、ショッピングセンターでの警備がメインでした。警備の仕事というのは不思議なもので、仕事の結果が表に出ないことが大半です。営業時代は結果が数字として出るのが常でしたから、結果が出ない仕事というのはある意味新鮮でした。
結果が出ないというと楽な仕事と思われますが、実際はかなり神経を使います。警備の一番の任務は、不審者を早期に発見して対処することにあります。簡単に言えば、ヤバい事案が発生する前に対処してなにも起きないようにするわけです。
そういうわけですから、警備の仕事は結果が表に出ません。事案をみなさんが知る前に潰しているわけですから、なにが裏で起きているか知っているのは店長や売り場責任者くらいになります。
そうした不思議な仕事に最初は苦労しましたが、七十近い隊長の中島さんと、私より一年先輩の黒田さんのフォローもあり、なんとか辞めずにすんでいました。
ただ、私は当初黒田さんのことが苦手でした。百八十センチを超える筋肉質の体に迫力満点の顔立ちは、気軽に声をかけられる雰囲気はありませんでした。
実際、黒田さんは無口で無駄話を好みません。仕事は誠実で私のフォローもよくしてくれますが、だからといって馴れ合いになることは一切ありませんでした。
そんな黒田さんですが、この仕事に就くまでに色々あったようです。中島さんから聞いたのですが、黒田さんは元々中島さんと同じく警察官で、凶悪犯も震えあがるほど有名な刑事だったそうです。
そんな黒田さんですが、中島さんがいうには奥さんには相当甘かったようで、奥さんの前では虎が猫になるとまで言われていて、二人の子供にも恵まれて幸せな家庭を築いていたそうです。
しかし、その幸せは長くは続かず、黒田さんの奥さんは、とある事件で黒田さんに恨みを持った人物に襲われて還らぬ人になったとのことでした。
その後、黒田さんは二人の子供を男手一つで育てあげ、二人とも就職した後に警察官を辞めて中島さんの伝手を頼ってこの会社に来たということでした。
『あいつはな、色々と抱えて生きてきたんだ。だからああなっちまってる。けどよ、その辛さは竹下なら少しはわかるよな?』
黒田さんの話を聞いたとき、最後に私は中島さんにそう聞かれました。最愛の人を失った悲しみは、私も痛いほどわかります。なぜなら、私も事故で家族を亡くして失意の中逃げるようにこの地に帰ってきたからです。
そうした背景もあったとからか、決して馴れ合いにはならないとはいえ、黒田さんが私に気をつかってくれていたのはわかります。だから、私は少しずつ黒田さんのことを好きになっていました。
その黒田さんですが、たった一度だけ強面顔をひどく曇らせて語った言葉があります。
『人生はな、どれだけ長く生きるかということよりも、良くも悪くも自分が下した決断に納得できるかが重要だ』
その言葉を聞いたのは、私がフラッシュバックしたかのように失意に堕ちていたときでした。黒田さんが私を慰めようとしていたのか、あるいは、自分自身に言い聞かせていたのかはわかりません。
ただ、そのときの黒田さんはいつもと様子が違っていたことだけは確かでした。だからこそ、その言葉が今でも強く印象に残っています。
少し前置きが長くなりましたので、話を切り替えて本題に入っていきたいと思います。
私がカイヌキのことを知ったのは、夏が終わりかけた頃でした。その日、中島さんと勤務していた警備室に険しい表情の店長が入ってきたのが始まりでした。
なにやら難しい顔で話をする店長と中島さんに、嫌な予感しかありませんでした。しばらくして店長が肩を落として部屋を出て行ったのを確認すると、それとなく中島さんに探りを入れました。
「なにかあったんですか?」
「なにかどころか面倒なことになった。よりにもよってカイヌキの指定がくるとはな」
「カイヌキ、ですか?」
「ああ、竹下は知らないか。実はな、ここの仕事にはちょっとわけありな仕事が一つあるんだ」
そうして、冒頭で説明した話を中島さんがしてくれました。ただ、冒頭ではふれてませんが、このとき二枚の同意書にサインをさせられました。一枚は秘密保持に関するもので、もう一枚は秘密を漏らしたときは如何なる処罰も受けるというものでした。
そのただならぬ雰囲気の書類と中島さんに、嫌な予感はますます強くなっていました。いつも冗談ばかり言う中島さんの真顔も、このとき初めて見たように思います。
こうして、カイヌキという儀式に参加することになったのですが、正直このときは少しなめていたと思います。嫌な予感はしてはいましたが、まさかあんなものを目撃してしまうとはこのときは思いもしていなかったのです。
仕事は、ショッピングセンターでの警備がメインでした。警備の仕事というのは不思議なもので、仕事の結果が表に出ないことが大半です。営業時代は結果が数字として出るのが常でしたから、結果が出ない仕事というのはある意味新鮮でした。
結果が出ないというと楽な仕事と思われますが、実際はかなり神経を使います。警備の一番の任務は、不審者を早期に発見して対処することにあります。簡単に言えば、ヤバい事案が発生する前に対処してなにも起きないようにするわけです。
そういうわけですから、警備の仕事は結果が表に出ません。事案をみなさんが知る前に潰しているわけですから、なにが裏で起きているか知っているのは店長や売り場責任者くらいになります。
そうした不思議な仕事に最初は苦労しましたが、七十近い隊長の中島さんと、私より一年先輩の黒田さんのフォローもあり、なんとか辞めずにすんでいました。
ただ、私は当初黒田さんのことが苦手でした。百八十センチを超える筋肉質の体に迫力満点の顔立ちは、気軽に声をかけられる雰囲気はありませんでした。
実際、黒田さんは無口で無駄話を好みません。仕事は誠実で私のフォローもよくしてくれますが、だからといって馴れ合いになることは一切ありませんでした。
そんな黒田さんですが、この仕事に就くまでに色々あったようです。中島さんから聞いたのですが、黒田さんは元々中島さんと同じく警察官で、凶悪犯も震えあがるほど有名な刑事だったそうです。
そんな黒田さんですが、中島さんがいうには奥さんには相当甘かったようで、奥さんの前では虎が猫になるとまで言われていて、二人の子供にも恵まれて幸せな家庭を築いていたそうです。
しかし、その幸せは長くは続かず、黒田さんの奥さんは、とある事件で黒田さんに恨みを持った人物に襲われて還らぬ人になったとのことでした。
その後、黒田さんは二人の子供を男手一つで育てあげ、二人とも就職した後に警察官を辞めて中島さんの伝手を頼ってこの会社に来たということでした。
『あいつはな、色々と抱えて生きてきたんだ。だからああなっちまってる。けどよ、その辛さは竹下なら少しはわかるよな?』
黒田さんの話を聞いたとき、最後に私は中島さんにそう聞かれました。最愛の人を失った悲しみは、私も痛いほどわかります。なぜなら、私も事故で家族を亡くして失意の中逃げるようにこの地に帰ってきたからです。
そうした背景もあったとからか、決して馴れ合いにはならないとはいえ、黒田さんが私に気をつかってくれていたのはわかります。だから、私は少しずつ黒田さんのことを好きになっていました。
その黒田さんですが、たった一度だけ強面顔をひどく曇らせて語った言葉があります。
『人生はな、どれだけ長く生きるかということよりも、良くも悪くも自分が下した決断に納得できるかが重要だ』
その言葉を聞いたのは、私がフラッシュバックしたかのように失意に堕ちていたときでした。黒田さんが私を慰めようとしていたのか、あるいは、自分自身に言い聞かせていたのかはわかりません。
ただ、そのときの黒田さんはいつもと様子が違っていたことだけは確かでした。だからこそ、その言葉が今でも強く印象に残っています。
少し前置きが長くなりましたので、話を切り替えて本題に入っていきたいと思います。
私がカイヌキのことを知ったのは、夏が終わりかけた頃でした。その日、中島さんと勤務していた警備室に険しい表情の店長が入ってきたのが始まりでした。
なにやら難しい顔で話をする店長と中島さんに、嫌な予感しかありませんでした。しばらくして店長が肩を落として部屋を出て行ったのを確認すると、それとなく中島さんに探りを入れました。
「なにかあったんですか?」
「なにかどころか面倒なことになった。よりにもよってカイヌキの指定がくるとはな」
「カイヌキ、ですか?」
「ああ、竹下は知らないか。実はな、ここの仕事にはちょっとわけありな仕事が一つあるんだ」
そうして、冒頭で説明した話を中島さんがしてくれました。ただ、冒頭ではふれてませんが、このとき二枚の同意書にサインをさせられました。一枚は秘密保持に関するもので、もう一枚は秘密を漏らしたときは如何なる処罰も受けるというものでした。
そのただならぬ雰囲気の書類と中島さんに、嫌な予感はますます強くなっていました。いつも冗談ばかり言う中島さんの真顔も、このとき初めて見たように思います。
こうして、カイヌキという儀式に参加することになったのですが、正直このときは少しなめていたと思います。嫌な予感はしてはいましたが、まさかあんなものを目撃してしまうとはこのときは思いもしていなかったのです。



