カナミがいなくなったのは、二〇■■年十一月二十八日、金曜日のことだった。(※1)

 わたしと最後に顔を合わせたのは、当日の朝だ。家族全員が揃い、朝食を取った。カナミとの最後の朝食は、食パンに千切りキャベツと目玉焼きをのせ、ケチャップで味付けしたものだ。どこの家庭でもそうだろうが、朝は慌ただしく、ほとんどいつも一枚の食パンに具材をのせた簡単なものを食べていた。

 最初に家を出たのがカナミだった。自宅から学校までは電車で一時間弱はかかる。また、ラッシュ時の満員電車は時刻表通りに運行することはまずない。約十分は遅れることを織り込まなければならなかった。混雑のピークを避けるため、そして八時二十五分の登校時間に間に合うために、カナミが家を出るのは毎日午前七時ちょうどであった。この日も同じで、見送ったのはわたしだ。(※2)

 その後、カナミの姿を見ることはなくなった。(※3)

 本人の姿を見たわけではないが、学校にいる間、また下校中にわたしや母に向けてカナミからメールが送られてきている。当時の学校では携帯電話の持ち込みは禁止されており、使用が発覚した場合教員による没収が規則となっていた。が、実質には形骸化したルールであり多くは見逃されていたようだ。カナミも授業中は電源を切るなどの対策をして持ち込んでいた。メールはすべて休み時間に送られたものである。
 
 以下はそのメールだ。


 時刻 十二時三十四分
 送信者 カナミ
 受信者 母
 内容 「■■■■の再放送予約しておいて!」

 
 ■■■■は二〇■■年秋に放送していたドラマである。夕刻の再放送をいつも予約録画していたが、この日は忘れていたようだ。


 時刻 十二時五十一分
 送信者 母
 受信者 カナミ
 内容 「予約しておいたよ(笑顔の絵文字)今日は帰り遅いの?」


 時刻 十三時五分
 送信者 カナミ
 受信者 母
 内容 「ありがとー! たぶんいつもと同じくらい?」


 時刻 十三時八分
 送信者 母
 受信者 カナミ
 内容 「わかりました。そろそろ授業だよね。居眠りしたらだめだよ」

 
 カナミから母への返信はなかった。
 
 高校の授業は十五時に終了し、その後クラスの終礼と班に分かれての掃除がある。総合的に学校を出るのは十五時半前後となるのが通例だ。なお、カナミが通学に利用していた路線と駅は、学校の最寄である地下鉄■■線の■■駅、乗り換えで使う■■■駅、自宅最寄りの地下鉄■■線の■■■駅である。
 

 時刻 十五時四十四分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「お姉ちゃん今大学?」
 

 時刻 十五時五十一分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「家だよ。休講になったから早く帰ってきた。バイトまで時間あるし。どうしたの?」


 時刻 十五時五十二分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「今電車乗ってるんだけどさ、なんか変な人いる」


 時刻 十五時五十二分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「やだ。車両移動したほうがいいならそうして。どんな人?」


 時刻 十五時五十三分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「隣の車両移動した。なんか独り言が大きいカラフルな人」


 時刻 十五時五十三分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「なにそれ? 変な人ならとにかく離れて。やばい人だったら困る。でも他に乗客いるでしょ? 頼れそうな大人いない?」


 時刻 十五時五十六分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「ちょっとはいる。でも寝てるかずっとケータイ見てる。怖かったら助け求めていいもの?」


 時刻 十五時五十六分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「当たり前でしょ。困ったときは人を頼っていいの。でもこの時間っていつもなら混んでない? 空いてるって珍しいね」
 

 時刻 十五時五十七分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「乗る場所いつもと違ったからなー。ちょうど来た電車乗ったのさ。最後尾。今はいっこ隣」


 時刻 十五時五十七分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「駅まで迎えに行こうか? とりあえず車掌さんに声かけてみるといいかも」
 

 時刻 十五時五十九分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「来てくれるの? でも別に追いかけられてるわけじゃないんだよね」


 時刻 十五時五十九分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「行くよ。乗り換え含めて着くの四時半くらいだよね? 変な人って、じゃあ酔っ払いとかかな」


 時刻 十六時一分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「時間そのくらいだと思う。お酒の匂いしなかったけどな。カラフルで」


 時刻 十六時一分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「了解。っていうかカラフルって何? 頭の色? それとも服が?」


 時刻 十六時三分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「オーラ」


 時刻 十六時三分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「オーラ? なにそれ、雰囲気的な?」


 時刻 十六時四分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「その人の周りが虹色にちかちかしてるっていうの? 何だろう。変な人だけど、やばそうな感じしない」


 時刻 十六時四分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「えーなにそれ。まさか逆にカナミが疲れてるだけってことない? 大丈夫?」


 時刻 十六時七分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「目が変?」


 時刻 十六時七分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「ちょっとマジで大丈夫? 一度目をぎゅっとしてから開けてみるとかしたら? あと席空いてるなら座ってたらどう?」


 時刻 十六時十分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「でもそろそろ乗り換えだ」


 時刻 十六時十分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「あ、ならよかった。なんとかなりそうだね。けどとりあえず迎えに行くね」


 時刻 十六時十分
 送信者 カナミ
 受信者 わたし
 内容 「よろしく! また何かあったらメールするー」


 時刻 十六時十二分
 送信者 わたし
 受信者 カナミ
 内容 「おっけ」


 以上が当日、わたしとカナミが交わしたメールのすべてである。(※4)

 カナミは通常どおり学校を終え、地下鉄に乗り込んだことがわかる。だが上記のように■■線内において、「カラフルな人」に出会った点には留意したい。衣服や髪が色彩豊かでカラフルだと説明されるのであれば納得できる。しかしカナミによれば「オーラ」「その人の周りが虹色にちかちかしている」とある。

 世の中には人間が纏うオーラが見えると言う人はいるが、大概の人間にはそれは見えない。カナミにそのような能力があったとは考えられず、また仮に突如として能力が開花し見えるようになったとするならば、当該の「カラフルな人」以外の乗客にも見えていて不思議はない。しかしカナミはその人物にしか言及していないのだ。カナミに特別な力があったとは言えない。(※5)

 現実的に考えれば、カナミに起きた異変は「虹視症」だろう。虹視症は緑内障の症状でもあるが、角膜にめやにや傷がついても起こり得る症状だという。カナミの目が状態が悪く、偶然その人の周りに虹が見えた、と仮定すれば腑に落ちる。他の人に見えなかったのも、目の状態は瞬きするたびに変わるためだと考えられる。ただし「現実的に考えれば」の話である。

 その後わたしは■■■駅までカナミを迎えに行った。
 そのときにはすでに、カナミの姿は見当たらなかった。(※6)

 ではカナミは何故いなくなってしまったのか。
 次章では三つの可能性を提示する。

 

 ※1 当日、筆者は帰宅している。
 ※2 厳密には玄関で居合わせたに過ぎない。
 ※3 虚偽である。
 ※4 すべてではない。
 ※5 正しい。
 ※6 なんで嘘つくの。