場所 自宅
日時 二〇■■年十二月三日
対象 母・高橋ユキエ
わたしがカナミが本当にカナミであるのか、確信を持ちながら、それでも常識的な疑念を抱いていた段階で行った聞き取り調査である。調査というよりも、正確には雑談の中に質問を紛れ込ませ、なるべく家族間の軋轢を生まないよう配慮した内容となっている。そのため本題と無関係な会話も含まれるが、会話の雰囲気を読み取れるようすべて記載している。
わたし「カナミもうお風呂入った?」
ユキエ「うん。空いたら次ナツミ入りなさいよ」
わたし「わかってるって。カナミなんか言ってた?」
ユキエ「何が? シャンプー切れそうって話? 詰め替えが棚に」
わたし「そうだけどそうじゃなくて。カナミ、わたしのこと何か言ってた?」
ユキエ「えー? 喧嘩したの?」
わたし「してないけど」
ユキエ「何も聞いてないけどな」
わたし「そうかな? 何か変じゃない? カナミ」
ユキエ「もうすぐ期末だからじゃない?」
わたし「あの子テスト勉強してる?」
ユキエ「ナツミよりはしてるよ」
わたし「大学の成績はいいから許して。でもさ、なんか変っていうか、違うっていうか」
ユキエ「カナミが? 別に普通じゃない?」
わたし「でも、思い出したのかも」
ユキエ「(表情を変えて)いい加減にしなさい(言い置いて部屋を出ていく)」
わたしがカナミを■そうとした話は、我が家においては禁句である。その話題を匂わせるだけで両親の態度が変わるのだ。(※1)
場所 自宅
日時 二〇■■年十二月三十日
対象 母・高橋ユキエ
日を改めての聞き取りである。このときにはわたしはカナミがかつてのカナミではなく、入れ替わった別人であると判断している。
わたし「カナミ出かけた?」
ユキエ「マイちゃんとユキちゃんと一足早い初詣行くんだって。お正月混むから」
わたし「二足早くない? まいいや。今だから聞くけどさ、カナミなんか変じゃない?」
ユキエ「またその話? いい加減にしなさいって」
わたし「でも前となんか違うんだって」
ユキエ「どこが違うって言うの?」
わたし「カナミがカナミすぎるっていうか……」
ユキエ「そりゃあカナミがカナミじゃなかったら大変だもんねえ」
わたし「でしょ? だからあのカナミはカナミじゃないのかも」
ユキエ「(呆れた様子で)昨日何時に寝た? 今日は早く寝なさい」
わたし「寝不足で頭おかしいんじゃないってば。カナミ、絶対違うんだって」
ユキエ「カナミじゃないって? どう見てもカナミでしょうが」
わたし「見た目の問題じゃなくてね? 中身が違うの。カナミそのものなんだけど、違うところがあるんだってば」
ユキエ「どこが違うの?」
わたし「だってカナミ、昔のこと覚えてるんだよ」
ユキエ「(顔をしかめ)……その話やめなさい」
わたし「(少し苛立ってしまった)他にあるよ、前と違うところ。何で気がつかないの?」
ユキエ「またカナミに何かしようって思ってるの? ねえ、もうやめなさいよ本当に」
わたし「違うってば! だいたいそれ子供のころの話でしょ!」
ユキエ「(驚いた様子で)……本当に反省した? 子供のやることだって、取り返しがつかないこともあるんだよ? あのとき大変だったの、ナツミこそ忘れてるんじゃないの?」
わたし「わかった。今日はもういい。とりあえず、カナミは前のカナミじゃないって覚えてて」
母はカナミの違いにまったく気がついていないようだった。あまつさえわたしのほうを疑い始めたのである。カナミがそこにいる以上、そう判断してしまうのは理解できるため、母を責めることはできない。(※2)
場所 自宅
日時 二〇■■年一月十三日
対象 母・高橋ユキエ
記録に残していない日にもそれとなくカナミの異変を伝えていたが、母はこの話題すら避けるようになっていた。わたしが執拗に繰り返していたことも原因だが、やはりわたしのことを心配する言動が増えてきた印象である。
わたし「カナミのことなんだけど」
ユキエ「(機嫌が悪そうに)……いい加減にしてくれる?」
わたし「でも絶対におかしいんだって」
ユキエ「おかしいのはあなたです。ねえ、気は進まないかもしれないけど、カウンセリングとか受けてみない? お母さん色々調べてみたの。とりあえず区役所の無料相談があるみたいだから」
わたし「わたしおかしくないよ」
ユキエ「お母さんから見たら、おかしいのはカナミじゃなくて、ナツミ(言い置いて立ち去る)」
母はその後、この話題を完全に避けるようになった。しかしわたしはカナミの異変に母や父が気づくことを望んでいた。娘が別人に入れ替わっているのだ。親であるのならば気づいてしかるべきなのではないだろうか。(※3)
母はわたしの言葉をもう聞いてはくれない。この場を借りて謝罪したいと思う。(※4)
ごめんなさい。(※5)
※1 かわいそう。
※2 かわいそうな人。
※3 かわいそうな人たち。
※4 病んじゃったもんね、お姉ちゃんのせいで。
※5 だからまた背中押そうとした?



