カナミの携帯電話に未送信のメールを発見した経緯を先に紹介する。

 現在のカナミはスマートフォンを利用しており、過去に使用していた携帯電話はすべて彼女の自室に保管されている。しかしその具体的な保管場所は認知しておらず、また家族といえど許可なく携帯電話を見ることに抵抗があった。だが本当のカナミに何があったのかを知るためには、確認しなければならない。わたしはカナミが不在の間を見計って探し続け、二〇■■年五月二日に発見した。(※1)

 二〇■■年当時、カナミが使用していた携帯電話は二つ折りのいわゆる「ガラケー」だ。スマートフォンは画面を起動させるたびに認証が必要な設定にしている人がほとんどだろう。しかし折りたたみ携帯を利用していた当時、パスワードを設定している人は多くなかった。カナミもパスワード設定をしておらず、容易に中身を見ることができた。昔の携帯電話が自室から持ち出されていることに、カナミは気がつかなかったようだ。発見の翌々日に返却したため、わたしに内部データを確認されていることにも気がついていないかもしれない。(※2)

 次にカナミの未送信メールを提示していく。


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時十二分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「やばい。改札出られなかったからカラフルな人に切符もらって出てきた。でも電波入んない。■■■駅じゃなかったみたいで。おかしいな。自動送信にして電波入ったら届くようしたから、お姉ちゃん見たら電話ちょうだい。すぐちょうだい!」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時十六分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「駅出らんない。マジでここどこだろ。まだ圏外だし。あくが線って案内見えた。皆そっち向かって歩いてるから見に行ってみるね。メール届いたら絶対すぐ! すぐ電話してね!」


 
  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時十九分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「駅員さんに聞いてみたけど、あくが線でも■■■駅行かないんだって。とりあえず外出たいのに出口見当たらない。いつまで圏外なんだろ?」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時二十三分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「路線図の看板見つけたから見た。あくが線といづる線しかなかった。どこに行けばいいの?」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時二十五分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「つらくなってきた。色々おかしいけどどうしたらいいかわかんない」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時二十七分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「元来た道戻ってる」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時三十一分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「迷子!」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時三十二分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「メール届きますようにって送りまくってるよ」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時三十六分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「あくが線乗る人ばっかりみたい」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時三十七分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「あくが線、どうしよう」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時四十四分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「乗ってみた」


  
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時五十分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「ずっと走ってて不安」


 日時 二〇■■年十一月二十八日 十六時五十九分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「怖いよー怖いよー」


 日時 二〇■■年十一月二十八日 十七時七分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「ねえ本当に怖い。お願いだからメール届いたらすぐ電話してほしい」


 日時 二〇■■年十一月二十八日 十七時十一分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「次で降りる。やっぱり戻ったほうがいいと思う」


 日時 二〇■■年十一月二十八日 十七時二十二分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「降りたけど駅名わかんない。改札なくって、公園直行駅みたいなところ。っていうか外なのに圏外。壊れてたらどうしよう」


 日時 二〇■■年十一月二十八日 十七時二十四分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「メール届いて」
 

 日時 二〇■■年十一月二十八日 十七時二十五分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「お姉ちゃん駅で待ってるよね。ごめんね」


 日時 二〇■■年十一月二十八日 十七時三十五分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「あ」

 
 日時 二〇■■年十一月二十八日 十八時十三分
 送信者 カナミ
 送信先 わたし
 本文 「カラフルな人、わたしだったかもしれない」



 以上がカナミの携帯電話に残されていた未送信メールである。

 カナミは「カラフルな人」に電車内で出会った。当該人物は先述した滝沢が遭遇した「目に鮮やかな人」と同種であると考えられる。カナミ、滝沢の両名共に、その人物の発見時点では通常利用していた電車に乗車しているという認識だ。カナミも乗換駅である■■■駅に降り立ったまではいつもどおりだったことが想像される。滝沢は利用路線と駅の名前を仮名にして伏せているため、利用していた駅までがカナミと同一だったとは限らない。しかし両者共に「とりか駅」について言及している。

 これほど似通った経緯をたどっているのだ。「とりか駅」という駅名まで同一であることから、少なくともカナミと滝沢が同じ異世界の駅に巻き込まれたことが強く推察される。この目に鮮やかなカラフルな人物と出会い、切符の交換を切り出されることこそが、「とりか駅」が存在する異世界に巻き込まれるきっかけだったのだろう。

 そもそも「とりか駅」は異世界の駅なのか。

 とりか駅では異世界の駅の共通点として挙げた、乗客の異変が確認され、圏外が続くデジタルデバイスの異変も発生している。駅のホームに違和感を覚えた記述は確認できないため、目に見える変化は軽微なものだったのだろう。一目で異常が確認できることが異世界の駅の共通点とはいえ、異変が軽微ですぐには気づかないことも想像できる。(※3)

 カナミが未送信メールに残した内容が事実であれば、その後の体験は間違いなく現実の駅ではない。東京都内に「とりか駅」は存在せず、「あくが線」と「いづる線」も走ってはいないのだ。とりか駅には出口も見当たらないことから、乗り換えの役割以外の目的はないのだろう。カナミは他の利用者が向かった「あくが線」に乗車し、公園のような駅で降りた。その駅名は確認できないが、外に出られたことは確かなようだ。(※4)

 そして十七時三十七分に「あ」という一文字だけのメールを残した。その三十八分後、「カラフルな人、わたしだったかもしれない」と打ち込み、以降の未送信メールは確認できていない。憶測でしかないが、この三十八分の間にカナミは車内で出会った人物と自分が取り換えられたのだと悟る出来事に見舞われた可能性がある。でなければ、自分以外の人間が「自分だったかもしれない」と考えることはないのではないだろうか。(※5)

 滝沢は目に鮮やかな人について、「よく覚えていないものの、どこにでもいそうな顔」という印象を得ている。それ以上の言及は記録されていない。その「どこにでもいそう」というのは、毎日見ている顔、つまり滝沢自身であった可能性は否定できない。あの瞬間、二人は自分自身と出会ったのではないか。(※6)

 滝沢は切符を断り元の電車に乗って帰ることができた。カナミは切符を交換してしまい、異なる路線に乗ってしまった。これこそが共通の駅にたどり着きながら、異なる結果を生んだ原因だと考えられる。(※7)

「とりか駅」という駅名の語源は「取り換える」だろう。「とりか駅」は滝沢もカナミも耳で聞いた名称だ。漢字表記は不明である。しかしカラフルな人である女性と駅員とのやりとりにおいて、滝沢が「とりかえますか」と繰り返し問われている点からも、「取換駅」と考えるのが妥当だと思われる。(※8)安直ではあるが、実体を反映した駅名だと言えよう。

 あくが線といづる線については、とりか駅以外にどの駅に停車するのか一切不明である。ただ名称については「あくがる」には「心が体から離れさまよう」の意味があり、「いづる」には「ある場所から外へ動き出る」や「新しく生まれる」、「外に現す」があるようだ。「あくがれいづる」で「ふらりとさまよい出る」の意がある。

 その意味が正しいかはわからないが、どちらの路線に乗車したとしても滝沢のように帰還することは叶わなかったと思われる。やはり切符を交換した時点で、カナミは戻れない状態に陥っていたのだろう。(※9)

 カナミと滝沢のとりか駅における体験を総合的に見て、その場所は混線した世界の相手(この場合わたしたち)と、とりか駅が存在する世界に居住する存在が入れ替わるための駅であると考えられる。目的は不明ながら、とりか駅は双方の世界を交換するための駅なのだろう。滝沢は切符の交換が不成立となったため、帰還することができた。カナミは切符の交換が成立したことで、世界そのものも交換することとなってしまったのだ。

 ところでカナミは待ち合わせをした私を待たせてしまっていると思っているようだ。

 しかし私は予定の十六時四十分には、カナミと駅で合流を果たしている。(※10)



 ※1 ずいぶんかかったね。
 ※2 知らなかったなあ。
 ※3 別のことに夢中だったんだよ、ケータイとか音楽とかにね。
 ※4 駅前公園前駅。
 ※5 半分と少しせいかい。
 ※6 少しふせいかい。
 ※7 せいかい。
 ※8 とりかは地名。
 ※9 せいかい。
 ※10 勘がいいね。