題:何回蘇ってもまた君を好きになる

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あらすじ:
孤独な高校三年生、押野康太はその膨大な青春の全てを勉強と読書に費やし、進学で上京して理想の日々を送ることを夢見ていた。しかしある日、隣の席で真っ青な顔で授業を受ける朝野陽菜に興味を持ち、自分と同じ夢を持つことを知る。共感から距離を縮めていく二人。ところが、陽菜は実は治療不可能の難病で、余命がいくばくも無かった。病が進行していくうち、二人は進学を待たずして東京へ行くことを決断。親や周囲の声を無視して家出し、夢の日々を過ごした。そして訪れた最後の日、二人はラブホテルの一室で大量の薬物を口に含む――。喪失と再生の物語。

作者名:ロッサム
キーワード:青春 恋愛 難病 東京 高校 男主人公 ハッピーエンド
ジャンル:現実世界・恋愛
掲載日:2024年06月26日22時15分
最新掲載日:2024年7月20日23時23分



ラブホテルで高校生男女心肺停止 新宿区

2023/12/6(水) 19:35配信

 東京都新宿区××××のラブホテルで6日未明、「人が倒れている」と119番があった。ホテルの客室に10代の男女2人が倒れており、心肺停止の状態で病院に搬送された。警視庁××署によると、室内にリュックサックや財布などの所持品があり、2人は和歌山県の×××××高校の生徒であると見ている。

 ×××××高校の担当者に見解を求めたところ「当該の生徒は確かに在籍しているが、事件については把握していない。詳細な情報の把握に努める」とコメントした。



日時:2024/12/16(月) 16:50~17:25
対象:サークルの先輩の友達(社会人)
方法:対面(学生会館)



―で、今年の十月頃、このニュース【注:前掲記事】がコメント欄に貼られた後。

 『何回蘇ってもまた君を好きになる』は作者アカウントごと×××【注:小説投稿サイト】から削除された。

―どうしてだと思います?

 本編とガッツリ被ってるからじゃない? 本当に事件を基にしていたか、そうでなくても現実との関連を指摘されると面倒だと思ったのかも。

 何しろ中身がアレだしね(笑)

―アレとは?

 これ、ホラーなんだよ。

 『何回蘇ってもまた君を好きになる』ってタイトルだしジャンルも恋愛だけど。「釣り」って言ってまだ通じる? いかにも今時の「若い男女の切なく儚い純愛」みたいなふりしておいて、どんどんホラーになってくの。

 タイトルがミソで。「蘇っても」って輪廻転生とかじゃなくてさ。何か死者蘇生の儀式やんのよ。何かネクロマンサーの師匠に教えてもらって、練習して。その為に動物解体したり人殺したりして、逃げる為に上京。最後、オーバードーズの後、二人とも死ぬけど蘇ってハッピーエンド、的な。

 しかもラストは自己責任系ね。

―自己責任系? 「読んだだけで呪われる」的な?

 そうそう、それで「呪いを避ける為には他の人にも読ませてください」的なコテコテなの。でも、それが凄くてね。

―凄いとは?

 当たり前だけど、自己責任系って結局嘘でしょ?

 だから意地悪な別の小説投稿者が「読んだけど、全然呪われないんですけど?」って感想入れた。そしたら作者から返信が、SNSのIDと一緒に「本物です。証明します」って。

 それから二、三日したら、感想入れた奴の投稿作が全部『何回蘇ってもまた君を好きになる』に上書きされてた。

 元は現代ダンジョン配信系でポイントも四桁入ってる人気作もあったんだけど、それも根こそぎ。仕込みかもしれないけど凄すぎるよな。元の読者から通報入って垢BAN【注:アカウント削除】されてたし。

 俺はSNSでホラー趣味の友達多いんだけど、「これは本物かも」ってちょっとだけ流行って。だから消えちゃって残念だし、もしあの小説が本当の事件を扱ってたら……それこそネットの都市伝説みたいで面白いかなと思って。

 Webアーカイブにも残ってないんだけど、実は作品情報とか一部のデータを個人的に保存してあるんだ。

 もし君が調べるんなら、あげるよ。



『現代社会とメディア』演習発表レジュメ初稿.docx

「ホラーの真実性、あるいは倫理性」

×××大学××××学部
2年 藤森愛奈( 1U230687-9 )

はじめに
 最近、映像から小説までホラージャンルの勢いが目覚ましい。その中でも特にここ数年の流行を牽引したのはモキュメンタリータイプの作品と言えよう。モック(mock=紛い物)とドキュメンタリー(documentary)の掛け合わせの通り、架空の事件等を現実のように表現することで、恐怖に自分の元までやってきそうなリアリティを与える。本稿ではこの大衆を歓喜させたリアリティこそを検討の課題とする。他に自己責任系*1や実話怪談*2など、怪異が自分と地続きの世界にいると感じさせることは、近年のホラーにおいて重要視される要素の一つであると見て間違いない。

 しかし、ホラーはどこまで本物であることを許されるのか。例えば、自己責任系の作品が最後「特定の商品を買うことで解呪できる」として商品ページのQRコードを掲載するのはどうか。例えば、怪談師が実話怪談を披露した後、仕込みの観客に霊障に遭い失神する演技をさせるのはどうか。例えば、ホラー小説が実在の陰謀論を無批判に引用するのはどうか。

 とにかく、議論の余地は多いにあるものの、ホラーのリアリティには倫理的・社会通念的に許される限度があるものと考えられる。それにも関わらず、我々の一部はホラーに限りなくリアリティを求めて、一部のホラーがまたそれに応えてきた。

 なぜ一部のホラーは本物であろうとするのか。

 そして、またエンターテイメントとしてのホラーはどこまで本物たり得るのか。本稿ではその答えを求めるべく、本物に迫ることを試みる。

1.事例紹介

 本稿の目標を達成する為の手段として、限界まで現実の辺縁に迫ったとも言えるホラーの事例を以下に紹介し、検討の対象とする。

題名:『何回蘇ってもまた君を好きになる』
著者:ロッサム

 詳細については後述するが、本作は出版された作品ではなくWeb小説サイトの投稿作品であった。表紙や挿絵などは存在しない。現在は削除されている為、個人所有の一部のデータしか残っておらず、全文を通読することはできない状況にある。ただ読者からの聞き取りにより、概要は判明している。恋愛や青春小説でもあるが全体としてホラーであり、最終ページは自己責任系として、本作を他の読者まで広めようとしている。この「呪いを拡散することで自分は許される」という要素は、実行することで実質的にその作品の怪異が本当だったのかを有耶無耶にさせる=よりリアリティを高める効果があると考えられるが、それは本作をリアルたらしめる主要部分ではない。

 本作の最大のリアリティは、実際に起きた男女の高校生の心中事件と、その経緯を題材にしていることである。

【後略】

脚注
*1 … 読むことで呪いや幽霊など怪異が読者の元までやってくるタイプのホラー作品。少なからぬ場合、その作品を他の者に広めることで怪異が来なくなる(かもしれない)とする。自己責任系とは巨大匿名掲示板「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」のスレッド群「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」(初出は2000/08/02)に投稿された怪談に由来するが、それ以前から「かしまさん」や「不幸の手紙」などこの形式の例には枚挙に暇がない。

*2 … 創作怪談や伝承怪談に比べ、特に恐怖を体験した人が実在する怪談を指す。多く怪談を採集した者の手により体験者や地域などを秘匿した上で披露される。90年代以降盛んになり、現在に至る。【→もっと何か書いといた方がいい?】



何回蘇ってもまた君を好きになる 作者:ロッサム
終章:二人の全て

<前へ

エピローグ



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

この物語は、全て康太と陽菜=この物語を書いている私達の間に起きたことです。二人でいる為に命を捨てることになりましたが、今私達はとても幸福です。それはこれを読んでいる貴方にも伝わったと思います。

ただ、反魂の秘術で黄泉から帰って来た私達の言葉を読むことで、貴方達も死人の瘴気に触れてしまいました。このままでは早晩呪われてしまうでしょう。

この物語の瘴気を薄める為の方法が一つあります。それは、この物語を読む人を増やすことです。どうぞ、この物語を貴方の家族や友人、知人におすすめください。

そして、それは私達の願いでもあります。どうか私達を知って欲しい。私達は本当にいるのだと。この愛は本当なのだと。最早日陰を歩くしかできない私達の魂を少しだけでも見て欲しい。

どうか、一人でも多くにこの物語を。




エピソード24の感想一覧 ▽感想を書く

投稿者:キスミー
2024年10月14日16時25分
これって↓のことだよな
【前掲記事のURL】

作者、誰?
まさかお前ら本当に生き返ったのw



日時:2024/12/19(木) 22:02~23:45
対象:キスミー(和歌山の浪人生)
方法:SNSのダイレクトメッセージ



―今のお話を整理すると、あなたは小説の中の康太と陽菜とは同級生だったと言うことで良いですか?

 学年が同じだっただけ

―失礼しました。×××××高校の同学年ですね。

 だから全然詳しくないけど
 康太と陽菜って名前が小説の為の仮名なのか本名なのかもよくわかんないんだから

―卒業アルバムとかは……。

 二人とも存在ごと抹消されてたと思うけど
 卒業式の前にクラスの誰かが確認してネタにしてたの覚えてる

 ただ例の事件は流石に全校で噂になってたし、その前の停学も有名だったから知ってたけど

―その停学についてお話を聞かせてもらっていいですか?

 噂しか知らないよ?
 確かなのは2人とも停学になったってだけ

 何か犬や猫を解体してたとか
 子どもを誘拐しようとしてたとか
 あやふや、でも犯罪級のこと

―二人はなぜそんなことを?

 だから、死者蘇生の練習でしょ笑
 図書館に籠ってるオタクカップルだったらしいから笑

―なるほど。ところでこの二人って、服薬自殺を図って救急搬送された後、どうなったのかはご存知ですか?

 知らない知らない笑
 みんな知らないと思うよ

 だからみんな好き放題言ってた笑
 後輩達まで語り継いでるから笑

―なるほど。

 ところで、藤森さんって東京の×××の人なんでしたっけ?

―はい。

 ×××、第2志望なんだけど、でも第1にしようかな
 こんなどうでもいいこと聞いて単位もらえんでしょ、うらやまし
 私も早く受かって上京したい笑

 【以下、雑談。今更だけどインタビューで得た情報の(法律とか倫理的な)扱いについて助手の先生等に教えてもらう必要あり】



×××××高の怪談@×××××××××××××

ゾンビカップル(1/3)
陰キャな男子と陰キャな女子がいて、付き合いだした。
二人とも他に友達も無く、ひたすら二人でいるうち、オカルト趣味に傾倒して頭がおかしくなった。

午後21:14 · 2024年5月7日

×××××高の怪談@×××××××××××××

(2/3)
その内「オカルトの師匠に出会った。死んでも蘇れる」と言い出し、色々とおかしな修行を始めた。二人とも周りから一層避けられ、現実逃避で一層のめりこんでいった。子猫にヒ素を食べさせたりその死骸を蔓でグルグル巻きにして放置するなどし、停学になっても奇行を止めなかった。

午後21:15 · 2024年5月7日

×××××高の怪談@×××××××××××××

(3/3)
親も誰も味方になってくれず、最終的に東京に逃げ出し、金が無くなったら自殺した。誰も悲しまず葬式も開かれなかったが、一ヶ月程して二人は蘇った。これは本当の話で、二人は今も自分達に冷たかった家族や×××××高の生徒をゾンビにしようとしている。

午後21:16 · 2024年5月7日



『撰集抄』巻五より

広野に出て人も見ぬ所にて死人骨を取集て
頭より手足の骨をたがへてつづけ置て
ひさらと云ふ薬をほねにぬり
いちごとはこべとの葉をもみ合て後
藤の若はへなどにて骨をからげて
水にて洗侍りて
頭とて髪の生へき所には西海枝のはとむくげの葉とをはいにやきて付侍て
土の上にたたみをしきて彼骨をふせておきて風もすかすしたためて二七日置て後
其所にゆきて沈と香とを焼て反魂の秘術ををこなひ侍りき



メモ『撰集抄』西行人造人間伝説との関連について.txt

Web上で採集できた怪談や、聞き取りでわかった『何回蘇ってもまた君を好きになる』本編から、康太と陽菜が行っていた死者蘇生の方法は『撰集抄』の記述に準じていることがわかっている。

『撰集抄』とは我が国の仏教説話集であり、作者は不明だが、西行に仮託されている。西行は十二世紀頃、平安末期から鎌倉初期の時代を生きた実在の人物で、武士から出家し、歌人として多くの和歌を残した。『撰集抄』は彼が旅の最中に見聞したことを書いた体裁をとり、死者蘇生の術もまさに彼自身が施したものである。以下にその段の概要を記す。



西行が高野山に住んでいた頃、孤独に耐えかね、信頼できる筋から「鬼が人骨を集めて人を作る」ような方法を聞いていたので、それをそのまま試した。そうすると確かに人の姿に似たものはできあがったが顔色は悪く、心が無かった。

声は出るが楽器のようなものに過ぎない。心あるからこそ声というものは自在に使えるもので、ただ声が出るだけでは吹き損ねた笛のようなものだった。

困った西行は、作った人間を殺すこともできず高野山の奥に捨ててしまったという。

それから西行は有識者(源師仲)に会いに行きこの話をすると、まずどうやって作ったか手順を尋ねた。西行の説明した内容は、

①広い野原で人に見られないよう死人の骨を集める
②頭から手足まで間違えないように並べる
③「ひさら(砒霜、ヒ素の化合物)」という薬を骨に塗る
④骨にイチゴとハコベの葉を揉み合わせる
⑤藤の若い蔓などで骨を結ぶ
⑥水で洗う
⑦髪の生える所(頭)には、サイカチの葉とムクゲの葉を灰にして付ける
⑧土の上に畳を敷いて骨を伏せ置き、風が当たらないようにして二十七日置く
⑨沈(沈香、香木の名)と香(詳細不明)を焼き、反魂の秘術を行う。

というものだった。

これに対し、有識者は大方は良いとしながらも「反魂の秘術を使うには(西行は)まだ日が浅かった」、また「反魂の秘術には香ではなく乳(乳香、香に使われる樹脂)を使い、術を行う者は七日は断食すること」等アドバイスをした。更に有識者によれば「自分は実際に完全な人を作って宮中に出仕させ、今は大臣になった者もいる」が「しかし、その名を明かすと作られた人間も、作った自分も溶けて消えてしまう為言えない」と言う。

こうして色々知った西行だが、「よしなし(つまらない)」と思い、その後人を作ることは無かった。



概要は以上である。一般にはこの段については「西行が人造人間を作った」記事として紹介されることが多いが、「反魂」とある通り死者を蘇生したものととっても相違ないだろう。

『撰集抄』での蘇生の儀式は、具体的な材料名が出てくる点において詳細だ。小説の描写や怪談中にもヒ素や草木が登場しており、参照している可能性は高い。これは心中した二人の高校がある和歌山県が、西行と縁深いことからも連想できる。彼の生誕地は和歌山県北部とされるし、先ほどの人造人間伝説の舞台、高野山も和歌山県北部にある。

仮に二人が知らなかったとして、彼らにその儀式を伝授した「師匠」は知っていただろう。



日時:2024/12/22(日)11:14~12:26
対象:不明(小柄で二つ結びの女の子、私より年下? 変な関西弁)
方法:対面(新宿駅付近の喫茶店)

―では康太君と陽菜さんは、もう一人一緒に行動している人がいた?

 そうやね。
 まあ二人より年上で、いつも二人を見守るような感じで後ろに立ってて。髪が白くて長くて、綺麗なお姉さんやったよ。

―三人は最初からずっと一緒に?

 (コーヒーにガムシロップを入れながら)地元からの付き合いらしいやね。ウチがトー横【注:「新宿東宝ビルの横」を意味し、その周辺にいる若者のコミュニティを指す】で会った時にはもう。

―三人がなぜ上京してきたのか、ご存知ですか?

 (次々と新しいシロップを入れながら)へへっ、康太君は「本物になりに来た」言うてたけど。「地元には偽物しかなかった」言うてて、まあ故郷に居場所が無くてここに流れ着く子は多いわな。

―本物。それで三人は新宿で何をしていたんですか?

 別に。トー横はちょっと馴染めなかったみたいで、新大久保らへんで遊んどったらしいよ。金無さそうやし女の子らにウチの職場を紹介したりしてやったんやけどなあ、まあ陽菜ちゃんは体弱そうやったけど。最後はあんなことになってもうた。

―その白髪のお姉さんっていうのも仕事はしてなくて?

 そうやね。昼も夜も二人の後ろでニコニコしとるだけ。

 あ、でも一度だけ怖いことがあってな。
 まああの子ら浮ついた田舎者やし女の子達も可愛かったから、悪い奴らが手出そうとしたんや。「半グレと友達」とか吹いてるしょうもない奴らやったけど、三人が路上で駄弁ってるとこに入ってきて。「一緒に飲もう」てしばらくやって。それで三人が目離したところで飲み物に眠剤混ぜてん。でも余所見してたはずのお姉さんはそのボトルを見るなり「フルニトラゼパム【注:睡眠薬の名前】」って言って。男らがギョッとしたら、今度は男達を指差して何か人名や住所を言うて。多分そいつらのやったんやろね、真っ青になって逃げてったよ。あのお姉さん、何やったろうね?

 (シロップを全て入れ終え)スンマセン、これってまだ貰えへん?

―店員さんに聞いてきますね。(中座、数分後)どうぞ。

 アリガトやで!
 せっかくの奢りやから高い店選んだのに、ここのは苦過ぎやわ。あと変な味する。

―(飲んで)そうですね、えぐみもキツい……。あの、話を戻しますと、三人の実家の住所とか電話とか聞いてないですか?

 あー。

(スマホを弄って陽菜の連絡先を見せながら)ケーキ食べたいわあ……。



メモ20241222までのまとめ.txt

・小説『何回蘇ってもまた君を好きになる』は、恐らく和歌山の×××××高校内の実話怪談と同源の情報を基に作られている。

・しかし、その目的は怪談を知る者同士での内輪ノリ的な共有ではなく(内情を知る者が現れた途端削除された為)、小説を本物として広める為(仕込みを使ってでも自己責任系の構造を墨守)。

・でも、何でそんなことを?

・そもそもこの小説は何が本当なの?(二人の生死、白い髪の女、西行伝説との関連…)

【今後の方針】

・ここまでの資料と考察を先生に送ってチェックしてもらわなくちゃ。

・明後日から冬休みだし、帰省のついでに和歌山に取材に行こう。陽菜の家から初めて事実関係をできる限り調べる。(→畝傍からだと2時間ぐらい)



日時:2024/12/26(木)14:35~15:24
対象:陽菜の母(痩せぎす、ひっつめ髪の四十代)
方法:対面(和歌山県××市、陽菜の自宅)



―では、陽菜さんのお葬式は……?

 やってないです。
 恥ずかしくて、できるわけないでしょ。

―じゃあ、彼女が死んだことはあまり知られてないんですね?

 別に。知りたい人もいないでしょ。

―あの、でも実はですね、×××××高校やインターネットでは娘さんが彼氏さんと一緒に蘇ってまだ生きているみたいな話がありまして。

 はあ!?
 ふざけないでよ、バカにして。

 それにあの男が彼氏だなんて。
 陽菜はアイツに攫われただけです。

―え、誘拐ってこと?

 警察は違うって言うけど、そうに違いないんです!
 あの男と付き合い出してから私の言うことを聞かなくなったし。

―え、すいません。二人は付き合っていたんですか? 

 知りません!
 昔は手が掛からなくていい子だったのに、アイツのせいで自分は精神病だとか言い出したり、変な小説を書いたり、挙句に停学になって。わけわかんなくなっちゃったんだから!

―え、陽菜さんって不治の病じゃ……あと小説……。それって見せてもらえたりしますか?

 (テーブル上にあった娘のスマホをこちらに投げつけて)……もう帰って!


【※スマホから得た情報の取り扱いなど後で先生にチェックしてもらう】



陽菜のスマートフォン内のメモ帳アプリより
『何度でもまた君を好きになる』22話
タイトル:最後の時



初めて入るラブホテルは、内装は華やかだけど狭苦しくて、どこもかしこも人間の臭いがすることが印象深かった。俺は「人の巣」という言葉を連想したが、楽しそうに廊下を歩く陽菜の手前言うことはしない。

渡されたカードキーで個室に入ると、陽菜は「お先!」と駆け出して浴室に入っていく。何のつもり何だか。

三十分ぐらい水音を聞きながら、俺はベッドに腰掛け休む。ここ最近は野宿が多かったら、柔らかなマットレスの感触に正直すぐにでも眠りたかった。

「膝枕して欲しい?」

いつの間にか入浴を終えた陽菜が俺に悪戯っぽく微笑む。肌は上気して赤らんでいるが、薄汚れたブラウスから伸びる手足のラインがガリガリで痛々しい。

俺はただ笑い返し、陽菜は隣に座って来た。

「康太君、ちょっと、お話しない?」

床に置いといたリュックサックに手を掛ける寸前、陽菜がそう言う。

「いいけど、何を?」

「うーんと、何って言うか。感謝したくて」

「?」

陽菜は居住まいを正し、俺の眼をまっすぐ見た。

「ありがとう、私をあそこから連れ出してくれて。私を縛り付けるだけだったお母さんが待つ家からも、みんな遠巻きに見てくるだけだった学校からも、抜け出せた」

俺もまた陽菜の大きな瞳を見つめ返し、その眦が潤んでいるのに気付く。

「どれだけ感謝してもし尽くせない。貴方が私に教えてくれた、私しかわからなかった恐ろしい声や化け物がただの病気だと。私が本当にやりたいのは勉強して公務員になることじゃなくて、小説家になることだと。誰も私を認めてくれない偽物の街で、貴方だけが本物を教えてくれた。『どんなに苦しくても魂は自由だ』って」

陽菜の頬を涙が一筋、伝う。

「結局、東京に来てもダメだったけど……私の魂は今も自由だよ。ただ、康太君はどうなのかなって……」

陽菜は、恐る恐る俺の表情を窺っていた。

「後悔してない?」



何回蘇ってもまた君を好きになる 作者:ロッサム
終章:二人の全て

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22.最後の挑戦

【中略】

陽菜は、恐る恐る俺の表情を窺っていた。

「後悔してない?」

気付くと、俺は彼女を抱きしめていた。

「するもんか、するもんか」

泣きたい気持ちを抑えて俺は彼女に告げる。

「俺も陽菜に沢山教えて貰った。一人でいることの寂しさも、喧嘩した後の苛立ちも、お前が病気で死んだ後の世界を空想することの恐ろしさも、全部教えて貰った。俺の魂はお前と一緒にいなくちゃダメなんだ」

「でも」

陽菜はまだ不安げで、リュックサックにチラリと目を遣った。

「これから離れちゃうかも……」

「大丈夫だ」

俺はリュックの中からペットボトルを一本、取り出して見せる。最後の予算と体力を投じて作った蘇りの秘薬だ。

「今日の為にあの街から何度も何度も実験してきたんだ。こっちに来てからは犬も猫も完璧に生き返るようになったろ?」

「でも、本当に魂が蘇ったかはわからないじゃない? 私、やっぱり怖い。反魂の術が失敗して魂がバラバラになって、戻らなかったら……」

陽菜は自分の肩を抱くようにして怯えていた。
本当の話、確実に成功するとは言えない状況だったが、今回失敗したらいずれにせよもう後は無い。

「……それでも大丈夫だ。俺も行くから」

俺はリュックからペットボトルをもう一本取り出して見せた。

「どうして?」

「失敗しても、魂がバラバラになっても、また新しい命になって蘇る。そうしたら、新しく蘇った君を探しに行くよ」

「本当に? 誰が新しい私なのかわからないかも……」

まだ何か言おうとする彼女の青い唇に口付けして塞ぐ。思わず黙った彼女にニヤリと笑い、俺は最後の決め台詞を言う。

「何回蘇ってもまた君を好きになる」

そして俺はすぐさまボトルの中身を飲み干し、彼女もそれに続いた。

【後略】



陽菜のスマートフォン内『蘇生法2023最新版.mp3』より
以下、書き起こし



(若い女性の声、ボソボソと感情の籠らない喋り方)ボクの見聞の限り、基本的な作り方は西行が『撰集抄』で言っていたのと変わりません。

ただ、あの方法は骨から肉体を復元する場合であって、肉体が残っている場合は幾つかの手段を変更・省略する必要があります。具体的には、ヒ素やイチゴ、ハコベの葉などの植物を骨に塗る過程が物理的に不可能となります。この問題の解決策としてボクが知っている限りでは、特殊な加工をした液状の材料を経口投与して肉体に浸透させる方法があります。材料の加工にはまた更なる材料や複雑な操作を含む為、詳細はまた後日述べることにして、概要の説明を続けます。

省略できる手順としては骨を若い蔓で結ぶ作業などが挙げられます。骨を二十七日間置く工程は肉体がある場合そのまま肉体を別のモノに置換する工程に変わりますので、全体の作業期間は骨だけでも肉が付いてても大した差異はありません。

ちなみに肉体がある場合、その生死は関係なく材料の薬物を投与してから二十七日間のうちに魂が失われていき、そのままだと西行が作ったのと同じ失敗作となります。薬物を投与をした者に魂に関する幾つかの術を施せば、言うことを聞く操り人形にはなりますが、これも西行が嘆いた通り虚しい人形遊びと変わりません。魂のある本物の蘇生者を作りたければ、反魂の秘術に成功する方法があります。

反魂の秘術についてボクの見聞の限り、正しい方法を得た人間は一人もいません。『撰集抄』から窺える断片を実践した者達も尽く失敗してきました。このことから『撰集抄』にはその編纂の過程で欺瞞情報が混入された可能性もあります。

一番の問題として、誰にも魂の所在がわからないのです。魂は何にも縛られず自由であり、一度肉体を離れると散らばってしまい、元に戻りません。

 魂はどこにあるのでしょうか。

【後略。※小説の引用の範囲や蘇生法をどこまで詳細に書いていいか等、先生にチェックしてもらう必要あり】



日時:2024/01/05(日)11:05~11:46
対象:康太達の担任(大柄な中年男性)
方法:対面(××市、×××××高校近くの公園)



―すいません、それは……確かなんですか?

 はい……何分、色々な手続きで親御さんや役人ともやりとりしましたので……。

―二人は薬を飲んで救急搬送された後……。

 陽菜さんはそのまま亡くなりましたが、康太君は一命を取り留めました。

―しかし、×××××高やネットでは二人とも死んだと言われていますが。

 彼は東京の病院に入院して、結局こっちに帰ることなく退学してしまったので……それに彼の安否を訪ねてくる生徒もいませんでしたので。

―それでは、彼は今どこに?

 わかりません。ご両親も他県に引っ越してしまいました。

 ……実は連絡網で集めた彼のメールアドレスをまだ残してあるんです。まだ使えるかわかりませんが。

―教えてもらうことはできますか?

 本来は許されませんが、彼のことが気になっているんです。ですが……彼らに手を差し伸べられなかった私にはもう声を掛ける資格は……ありませんので。



Re:取材依頼
××××××××@×××××.com
宛先 ×××××@×××××.××××××.jp

藤森愛奈様


申し訳ありません。
取材を受けることはできません。

俺と陽菜の間に起きたことは小説の通りです。
あれは本物の、本当の物語です。

本物にしなければいけないんです。

反魂の秘術は完璧だったはずなのに。
俺は蘇ったのに、陽菜は目を覚まさなかった。
儀式に失敗し、陽菜の魂は世界中に散ってしまった。

だから教えなければならないんです、その魂一つ一つに。
俺達の愛は本物なのだと。
どんな手を使ってでも広める必要があった。
あの小説はその為に投稿しました。

俺はまだ諦めていません。
今度こそ、陽菜を救う為に。

押野康太



『現代社会とメディア』演習発表レジュメ完成稿.docx

【中略】

結語

 以上が小説『何回蘇ってもまた君を好きになる』について得られた情報の全てである。

 この小説の成立については、①陽菜が生前書いた小説を基に②康太が書き直して投稿した、という流れであると推測される。①では康太と陽菜の恋愛がメインであり、主に彼らが苦悩するのは陽菜の家庭環境や精神的な不調で、蘇生法や動物・人体実験などのホラー要素はその解決策、或いは逃避の方法として現れるものであった。一方②の投稿作ではよりホラー作品としての体裁が整い、蘇生法の探求により二人が人の道を踏み外していく(=倒錯した二人だけの世界に籠っていく)過程がメインとなる。結末でも①が心中の場面で終わったのに対し、②では蘇生後のシーンが加わり、更に自己責任系として読者を拡大することを意図した終わり方が加えられた。

 なぜ小説『何回蘇ってもまた君を好きになる』は、元の陽菜さんの原稿からこのような形に書き変えられたのか。そして、この小説における『本物』とは何か。本稿のテーマと合わせ、ここで少しく検討を行いたい。

 筆者はオカルトの実在については否定的な立場を取る。無論、今回の調査でも人間の蘇生法や読むことで広がる呪い等を確認をすることは無かった。しかし、それらを否定する証拠も得られていない。他方「それが実在して欲しいと強く思う人間」の実在については、今回疑いようもない程知ることとなった。

 多分に空想好きだった少年少女は苦しい現実に堪え切れず、故郷から東京に逃げ出す。康太少年は「本物になる」と息巻いたが、その新天地ではただ時間と金を空費するだけだった。故郷と現実、二つの世界で敗北し、本物になれなかった二人は空想の世界に深く分け入り、心中をする。だが、康太は生き残ってしまった。今更現実には帰れず、亡くした陽菜は恋しく、康太の取れる手段は二人の理想を描いた小説を『本物』として広めることだけだった。

 小説『何回蘇ってもまた君を好きになる』は実在する二人の人物を中心に、数々の非行行為やその悲劇的な結末までを含め、事実と推測される部分は多い。それを以って本作は不謹慎で非常識な作品となるのだろうか。そうではないと筆者は考える。「恐怖」を扱うジャンルとしてホラーには、現実の恐怖や絶望(=死)を乗り越える為の力を与える作品も含まれてしかるべきだ。そしてその為には恐怖は現実に有り得るべき本物である必要がある。本作における本物とはそれなのだ。

 むしろ本作は康太や陽菜と同じ境遇にある全ての者にまで広められるべき作品なのである。

【あと少し。ここまで先生にチェックしてもらわなきゃ】







Re:チェックのお願い(2025/01/17)
××××××@×××××.××××××.jp
宛先 ×××××@×××××.××××××.jp

×××大学××××学部
藤森愛奈 様


おはようございます。
標記の件ですが、発表までレジュメ等内容の確認は不要です。

このことは本演習の初日に説明しました。
また同内容のメールに対してこれで三度目の返信になります。

他の学生から聞きましたが、最近大学に来てないそうですね。
年末頃から連絡が取れてないので心配しているそうです。
私としても心配しています。

この授業で精神的に辛いこと等あれば、相談してください。
私に言い辛ければ他の先生でも構いません。
保健センターの利用もご検討ください。

×××大学文学学術院××××学部
講師 ×× ×××



メモ20250118.txt



8:57
起きたら変なメールが来てた
チェックが不要?
おかしい人扱いされてるし、事務局に抗議を入れる必要あり

おかしいのは先生だ
最初にチェックを求めてきたのは先生なのに


いや

先生?
それ誰?

大学の講師じゃない
確かに3通間違いメールを送ってるけど、チェックメールの大半は別の人宛て
その宛先の登録名が「先生」
全然知らないアドレス

年末から毎日のように取材内容や原稿の全てを送り続けてる
私は何故こんなことしてた?
私は何故これを不思議にも思わなかった?

おかしいのは私か
記憶喪失?
何が起きてる?

でもこの一ヶ月近く、普通に地元に帰省して取材をして、原稿を書いてきたはず
そこで何もおかしいことはなかったし、取材のデータだって全部残してある

いや
見たこと無いデータが
何これ



『陽菜の母20241226加工前.mp3』より
以下、書き起こし



(若い女性の声、ボソボソと感情の籠らない喋り方)では、これから陽菜の母のインタビューの録音を始めます。こちらの女性が、陽菜の母役の方になります。(五秒沈黙)返事。

(中年女性の声、ボソボソと感情の籠らない喋り方)はい。

(若い女性の声)はい、こちらの女性が、インタビュアー役の方になります。返事。

(藤森愛奈の声、ボソボソと感情の籠らない喋り方)はい。

(若い女性の声)はい、二人ともちゃんと声が出ることが確認できました。それでは録音の工程を説明します。原稿は手元にある通りですが、ただ読み上げるだけでは万が一の際証拠としての能力を疑われてしまいます。今みたいなただ口から声を出しているような喋り方にならないよう、これからボクが一つ一つの台詞のニュアンスやその時の振り付けをしていきます。わかりましたか。返事。

(二人の声)はい。



声は有共絃管声の如し
げにも人は心がありてこそは声はとにもかくにもつかはるれ
ただ声の出へき間のことばかりしたれは吹そんじたる笛のごとし



『康太達の担任20250105加工前.mp3』より
以下、書き起こし



(中年男性の声、ボソボソと感情の籠らない喋り方)本来は許されませんが、彼のことが気になっているんです。ですが彼らに手を差し伸べられなかった私には、

(若い女性の声)声が大き過ぎます。この録音は公園でしたという設定ですので、響かせないように喋ってください。それからこの場面は声を詰まらせるようにしてください。ボクの声をよく聞いて、真似してください。(陰鬱な調子で、鼻を啜りつつ)本来は許されませんが……



愛奈、どうしたんだ?
××××@×××××.com
宛先 ×××××@×××××.××××××.jp

もう冬休み終わったぞ。
年末年始帰ってくるって話だったじゃないか?
電話にも出ないか、何も答えないし。

東京が楽しいところだってのはよくわかる。
でも、家族への連絡を忘れる程楽しんじゃダメだ。

それとも何かあったのか?

親戚の××叔父さん、覚えているか?
実は愛奈の所に近いから何度か見に行ってもらったんだ。
ずっと家にいないらしいじゃないか。

お母さんもオロオロしている。
何があっても私達が守るから、返事をしてくれ。

父より



メモ20250118.txt

【中略】

11:57
パソコンやスマホのデータを見た
全部思い出した
ここがどこなのかも

この一ヶ月、私は東京から、新宿から出ていない
調査もまともにしていない
先生に言われたことしていただけ

これまで調べて、書いてきたことは全部嘘
でも、全部本当でもある

恐らく、私にはもう時間が無い
急がなきゃ

残された時間で、せめて本当のことを明らかにする



日時:2025/01/18(土)12:34~12:54
対象:押野康太(及び先生)
方法:対面(新宿区、廃業したラブホテルの一室)



―結局、貴方はこの部屋から出られないんですね。

 お前は……藤森愛奈?
 その反応、魂の支配が一時的に解けたのか。

―それにしても、このホテルは酷い環境ですね。窓を閉め切り、掃除もしなくて荒れ切っていて、個室には貴方に蘇生法を施された人間が無造作にゴロゴロ転がされている。お陰で足が痛いですよ。

 ここは凄く良いところだよ。広いし、人通りが多い所にあるから人を隠すのに向いている。

―こんなにたくさん操り人形を作って、何をするつもりですか?

 何って、陽菜を取り戻す為の実験さ。
 メールは見ただろう?

 まあ、生活費を稼いでもらう為にも何体か要るし、ちゃんとした思考や細かい作業ができるのは薬を飲ませた後の二十七日間だけだから、増える一方なんだよね。

―喫茶店で変な関西弁の女を使い、私のコーヒーに薬を混ぜて操り人形にしたのも陽菜さんを取り戻す為ですか?

 うん。
 キスミーに引っ掛かった時点では、余計なことしないよう口封じするだけのつもりだったけど。先生に聞いたら、お前を使ってもう一度『何回蘇ってもまた君を好きになる』を広める足掛かりにできるかもって。

―小説を広めたいのは陽菜さんの魂に届ける為?

 うん。
 読んだら俺のこと思い出してここに来るはずだ。

―先生というのは、そこ(康太の隣)の白い髪の女性で合っていますか? 小説や怪談の中で貴方に蘇生法を教えたという。

 うん。一昨年に地元で出会って。
 聞けば何でも教えてくれるんだよ。

―なら、私も聞きたいんですが。こんな大それたモノ、こんなしょうもないクソガキに教えるなんて、どういうつもりなんです?

 (先生、横で微笑むだけ)

 先生にそういうことはわからないよ。お前と同じデク人形だから。ただ長い年月の中でありとあらゆる場所で自分が見聞きしたことを見聞きしたように喋るだけ。何でも知ってて、命令すれば普通の人間っぽく振舞えるし、見るだけで物質の成分を分析できたり、街中の誰かの呟きでも決して忘れないけど、魂は無いから。最近のAIみたいな感じ。
 
―じゃあ、このふざけた茶番は全部お前一人の考えでやってるんだ。

 茶番なんかじゃない! 確かに俺は最後失敗して陽菜を失ったが、今もこうやって物語を本当にしようとしている。何度蘇ってでも陽菜を取り戻す覚悟があるんだ。その為にはお前らみたいな虫けらを何人犠牲にしようが……!

―そんな話していない。お前はただの嘘つきのクソ野郎だ。



陽菜のスマートフォン内のメモ帳アプリより
『何度でもまた君を好きになる』22話
タイトル:最後の時

【中略】

陽菜の頬を涙が一筋、伝う。

「結局、東京に来てもダメだったけど……私の魂は今も自由だよ。ただ、康太君はどうなのかなって……」

陽菜は、恐る恐る俺の表情を窺っていた。

「後悔してない?」

「それは……」

言い淀む俺に、陽菜は静かに目を落とす。

「康太君、ずっと無理してた、と思う。私と仲良くなる前は静かで……周りからイジられるだけで泣いちゃうような人だったのに。私が弱っていると、大声出したり、叩いたりして、本当はそんなことしたくない人のはずなのに」

俺のことそんな風に見ていたのか……返す言葉もない。
彼女は俺のすぐ傍のリュックサックを蹴り飛ばして言葉を続ける。

「今日のこれからのことだって、私の前で引っ込みつかなくなっちゃってるんじゃないかって。だからもしそうなら、私から言うから。あのね、私、世界に絶望しているけど、死ななくてもいいよ」

陽菜の白く細い手が、俺の震える拳に伸び、そっと握った。

「私のせいで無理しないで。私、一人でも、絶望の中でも生きていけるよ」

今度は俺の番なのか、ボロボロと涙で視界が崩れていく。
そのまま俺はベッドに倒れ込み、泣きじゃくった。

【後略】



日時:2025/01/18(土)12:34~12:54
対象:押野康太(及び先生)
方法:対面(新宿区、廃業したラブホテルの一室)



―元の小説では心中は失敗した。陽菜さんの小説は和歌山から上京し、死の数日前まで書かれていた。主人公は康太だが、これは彼女にとって自分の意志表示でもあったはず。なのに、お前が捻じ曲げて無理矢理心中したんだ。

 違う!
 無理心中なら、生き残った俺は殺人罪に問われたはずだ。全部あの小説の通りだ。あの時俺達はこの部屋で、それぞれ自分で用意した薬を自分の意志で飲んだ!

―いいや違うね。

 何が違う!



日時:2024/12/21(土)15:16~15:22
対象:自称高校生(十代後半の男性)
方法:対面(新宿駅付近の路上)



―本当に? あのラブホテルで心中した二人、見たことがあるんですか?

 あるよ……一度見ると忘れられないよあんなの。

―どうして?

 ダセえオタクのガキが女二人連れてんだから。
 でもその女達もよく見ると不気味でさ、全然羨ましくないよ。

―不気味って?

 どっちも顔色真っ青だったし。後、白髪の綺麗な方は無理でも小さい方ならイケるかと思って、一人の時に話しかけたんだよ。でも、焦点の合わない目でボソボソ何か呟くだけで、声に魂が籠ってないって言うか。それでオタクのガキが戻ってきて何か言うと、急に笑顔になってはしゃぎ出して。

 その数日後だよ、アイツラがホテルで見つかったの。
 ヤバい薬やってたんだろうなあ。



日時:2025/01/18(土)12:34~12:54
対象:押野康太(及び先生)
方法:対面(新宿区、廃業したラブホテルの一室)



―陽菜さんにもやったんだろ? 私と同じように、飲み物に薬を混ぜて。最後の蘇生法の実験として心中する為に、嫌がる彼女を自分の言いなりにしたんだ。でも本当は失敗するのが怖くて、自分だけは生き残るよう先生に適当な毒を用意させておいた。

 ……。

―お前が改竄した小説では、陽菜さんが精神病じゃなく不治の病で余命間もないという点も異なる。これは心中する理由を強める為であり、もし陽菜さんの魂が復活した時に辻褄を合わせて納得させる為だ。お前の本当の目的は、また彼女の魂を縛り付けて都合のいい操り人形にすることだ。

 それでも俺は……あの小説を、陽菜の理想を、本物にする為に今も頑張っているんだ……。

―そもそもお前は康太じゃないし、彼女も陽菜じゃない。

 ……その口を閉じろ。

―お前はただ彼女に捨てられるのを恐れ、彼女の小説の主人公を勝手に名乗り、彼女を勝手にヒロインにした。

 止めろ、どこにそんな証拠がある。

―全部知ってる。こっちはお前の操り人形になってからもお前らの資料を集め回っていたんだ。本当に卑劣な男。お前こそが人の心を、魂を失くした化け物だ。お前の名前は――

 黙れ!



是をば何とかすべき
やぶらんとすれば殺業にやならん
心のなければ唯草木と同じかるべし思へば人の姿也
しかしやぶれざらんにはと思て高野の奥に人も通はぬ所におきぬもし
をのづから人の見るよし侍らばばけ物成とおぢをそれむ



日時:2025/01/18(土)12:54~13:19
対象:押野康太
方法:対面(新宿区、廃業したラブホテルの一室)



 黙れ、喋るな……。

―康太君、大丈夫だよ。

 え……?

―藤森愛奈の魂は今ちょうど死んだから。薬を飲んで二十七日、時間切れ。もうただの操り人形だよ。

 そうですか……先生、ありがとうございます。

―(ぼうっと立ち尽くす藤森愛奈に近付き、彼女のスマホを確認して)でも不味いことになったね。彼女、ボクらに関する資料を自分の家族や知り合いに送っちゃったみたいだ。特定に繋がるような箇所はボカしたり伏せ字にするよう言いつけていたから、即座にここがバレたりはしないと思うけど。

 そうですか……先生、どうすれば良いと思います?

―そうだね。考えてみるから、時間が欲しいかな。

 そうですか……。

―ちょっと待ってね。

 先生……。

―どうしたの?

 この女。

―うん。

 最後、陽菜と同じことを言っていた……。
 陽菜もそうでした。最後、この部屋で薬を飲む直前に魂が戻った。あれほど強く術を掛けていたのに。陽菜も言った、俺は化け物だと。人の形をしているだけで心を失くしてしまったと……。

 でも、俺、人間ですよね?
 薬飲んでないですもんね?

―そうだね、君の身体は人間そのものだよ。

 ですよね。
 間違っているのは陽菜とこの女だ。

 陽菜に見放されても、俺は陽菜の魂を取り戻そうと頑張っている。俺は何も間違っていない。

―そうだね。

 結局、先生だけですよ。
 俺のことわかってくれるのは。

―ボクは君が望みそうな答えを返しているだけだよ、魂が無いから。

 先生、その口を閉じろ。

―……。

 俺は人間だし、間違ってない……それは確かなことだ。

 でも、わからないんです。
 どうして陽菜が俺を化け物扱いしたのか、どうして俺を捨てようとしたのか。俺はあいつの望みを叶えようとしていただけなのに。

―……。

 先生、答えろ。

―ボクにそういうことはわからないよ。

 先生は西行に捨てられた時、何も思わなかったんですか。他に頼れる人なんていないのに殺してさえもらえず、高野山の奥にゴミのように打ち捨てられて、本当に何も? 西行はどんな様子でした? 「ごめん」の一言ぐらい無かったんですか?

―ボクは何も感じないよ、魂が無いから。西行は一言だけ、「よしなし」と言ったよ。

 酷い奴だ、間違ってる。

―でも康太君も、反魂の秘術に失敗した陽菜ちゃんを見た時、「は、つまんな」と言っていたよ。君が間違ってないなら西行も間違ってないよ。

 先生、その口を閉じ……。
 いややっぱり待ってください。

―どうしたの?

 ……先生、俺は本当は酷い男だったかもしれません。

―そうかもしれないね。

 先生、今急に仮説を閃きました。
 色々なことが一つに繋がったんです。

 陽菜の魂を取り戻せるし、今この女にばら撒かれた俺達の資料も誤魔化せます。

―どうするの?

 概ねは元の計画と同じです。ただ、今の小説をまたネットに投稿して広めても、散らばった陽菜の魂は戻ってこないでしょう。それは小説の康太と本当の俺がかけ離れているからです。あの時陽菜の魂が俺に逆らったように、戻ろうとはしません。

 だから、藤森愛奈がこれまで集めてきた色々な資料の方を投稿するんです。

 俺の小説よりこの女の集めた情報、そして最後に俺を責めてきた言葉にこそ、本物の康太と陽菜がいます。これこそ本物の物語だ。

 そして小説として投稿することで、藤森愛奈がばら撒いた資料もその原稿ということにできます。本人を適当に事故死させれば、精神の異常ということで資料の方は誰も本気にしないでしょう。

―上手い計画だね。でも、魂が戻る保証はあるの?
 
 あります。
 わかったんです、散らばった魂の居場所が。

 それは、他の人間の魂の中です。
 今、藤森愛奈が陽菜と同じことを言ったように、死人の魂の欠片は生者の魂の中にあるんです。それは今この文章を読んでいる者も全員そうです。この資料集を読めば思い出すはず、陽菜も藤森愛奈も、お前も、俺のものだと。


 だから最後は直接呼びかければいい、こんな風に。



 陽菜、戻って来い

 陽菜、見えてるぞ

 陽菜、聞こえてるんだろ

 陽菜、早く俺の元に帰れ

 陽菜、俺も悪かった

 陽菜、早く謝れよ

 陽菜、もう怒ってないから

 陽菜、もう首は絞めないから

 陽菜、早く戻って来い

 早くしろ

 お前に言ってるんだよ