職員室に足を踏み入れると、校長室よりもずっと広い造りであることがわかる。

 雇われていた教員の数だけデスクもあるのだろうし、一人しかいない校長室とは違って、広々としているのは当然だ。

「わあ、ここは捜索し甲斐がありそうですね。生徒用の机と違って、開けなきゃいけない引き出しの中だけでも、結構な時間を食いそうです」

「そうだね、隠せる場所も多そうだし……逆にいえば、人形のひとつくらいはあってもおかしくないと思う」

 隠し場所に選ぶとすれば、すっきりと整頓された何もない部屋よりも、異物を紛れ込ませることのできるゴチャっとした部屋だろう。

 訪れるタイミングがずれているとすれば、同じ部屋に複数人が人形を隠している可能性だってあり得る。

(確率は限りなく低いだろうけど、俺以外の五人が全員この部屋に人形を隠すことだって無いわけじゃない。……その場合は、奇跡みたいな撮れ高になって面白いけど)

「もしも人形を見つけても、自分のじゃなかったら内緒にしておいた方がいいんですよね?」

「そうだね。隠した本人が教えたらダメってルールであって、他の人が見つけたら伝えちゃダメってルールは無いけど……教えちゃうと、自分のお願い叶えてもらえなくなるし」

 願いを叶えてもらえるのが一人だけというルールさえなければ、俺がカルアちゃんの人形を見つけて、彼女に渡したいくらいだ。

 そうすれば俺の株も上がるし、彼女の願いも叶うのだから。まあ、カルアちゃんがそれを望むかはまた別の話だが。

「……そういえば、カルアちゃんのお願いは秘密だったよね。やっぱ個人的なお願い? ……って、これも聞いちゃマズイかな」

 俺はあくまで企画として割り切っているし、本当に願いを叶えてもらえるなんて思っていない。

 だからこそ願いを口にすることに躊躇などなかったが、誰にも知られたくない願いを叶えたいメンバーだっているかもしれない。

 最終的には動画になるので、教えてもらえないような内容だと困るのだが。

「個人的なお願い……です。どうしても、振り向いてほしい人がいて」

「えっ」

 教えてはくれないだろうと予想しての質問だったのだが、答えが返ってきたことに驚いて、俺は引き出しを漁っていた手を止める。

 俯いている彼女の表情はわからないが、ほんのり頬が色づいているように見えるのは気のせいだろうか?

「振り向いてほしいって……その、恋愛的な意味で……?」

「はい。私、こう見えて結構独占欲が強いんですよ。だからトゴウ様にお願いして、私のことだけを見てくれたらいいなって」

「へ、へえ……そうなんだ……」

 ショックだ。まさかカルアちゃんに、そんな風に想いを寄せる相手がいただなんて。

 そりゃあ、こうしてオフ企画を実現することができたとはいえ、簡単に距離を縮められるとは思っていなかった。

 けれど、もしかしたらという可能性を残しておきたかったのだ。たとえ儚い望みだったとしても。

「それって、言っちゃって良かったの? うっかり聞いちゃったけど、ダメだったら今のところはカットして……」

「いえ、大丈夫です。お願い叶えてもらえたら発表するつもりだったし。恥ずかしかっただけで、本当は別に隠す必要もなかったんですけど」

「ってことは、俺たちも知ってる相手……ってことだよね?」

「ふふ」

 カルアちゃんは、それ以上を答えてはくれなかった。
 撮影をしているので手足を動かしはするが、俺の頭の中はもはや人形探しどころではない。

 俺たちも知っている相手ということは、恐らく配信者の中にその相手がいるということだ。

(まさか財王さん……? 牛タルにはねりちゃんがいるし……いや、でも彼女持ちだからこそトゴウ様に頼んで略奪愛……!? それとも、相手が同性だからこその神頼みならぬ都市伝説頼み……?)

 考えれば考えるだけ、思考が底なし沼に沈んでいくような気がする。
 この人形探しが終わったら判明することとはいえ、彼女の口から直接その想い人の名が明かされるかもしれないのだ。

 それならば、カルアちゃんの人形はいっそ見つからない方がいいのかもしれない。

(……って、何を考えてんだ俺)

 本当に好きな相手の幸せなら、願ってやるのが男というものだろう。

 ましてやトゴウ様なんて誰かが作った都市伝説だ。人形を見つけることができたからといって、カルアちゃんが本当にその相手と結ばれるとは限らない。

 まあ、俺だったら一も二もなくオーケーの返事を出しているだろうが。

「ユージさん、どうかしました? あっ、もしかして怖くなったとか?」

「へっ!? いや、そんなことないよ。ちょっと考え事をしてただけで……」

「いいんですよ。男の人だって怖いことくらいあるでしょうし、私が一緒ですから頼ってくださいね!」

 目に見えないものや暗闇を怖いと思ったことはない。ないのだが、両手で握りこぶしを作って俺を見つめるカルアちゃんが可愛いので、もう何でもいい。

 底なし沼はどこへやら。思わずニヤけてしまう口元に、マスクがあって良かったと心底思う。

 職員室の中を探すのには手間取ったが、お互いに収穫は無いまま室内を一周してしまった。

 探しきれていない場所もあるかもしれないが、これ以上同じ場所に留まり続ける時間ももったいない。

「それじゃあ、俺は一階を探してみようかな。カルアちゃんは、さっき下から来てたよね?」

「はい、ユージさんとはここでお別れですね。怖くなったら飛んでいくので、いつでも呼んでください!」

「ハハ、頼りにしてる。それじゃあ、気をつけて」

 別れたくない気持ちしかなかったが、俺は動画のことを考えてカルアちゃんと別行動を取ることにした。

『あのー、一応通話も繋がってるんでイチャつくのもほどほどにお願いしまーす』

「イチャついてねーよ! 今の聞いててどうしてそうなるんだ。牛タルの方は収穫ありそう?」

 俺たちのやり取りを聞いていたらしい牛タルが茶々を入れてくるが、こういうノリはいつものことなので話題を切り替える。

 階段を下りながら画面を見てみるが、まだ誰も人形を発見したような様子は見られなかった。

「残念ながら見つからねーわ、俺クンの人形ちゃんはどこ行ったんですか~? ……って、アレ」

「あ」

 会話をしながら、声が近くなったと思った直後。階段を下りきったところで、今まさに会話をしていた牛タルと出くわしたのだ。

「牛タル、一階にいたのか。下も結構隠し場所多そうだよな」

「やべーよ、家庭科室とか見てきたけど人形見つかる気がしねえ。つーか何か出そうでヤバイ。人形の前に別のモン見つけそう」

「牛タルってそんな怖がりだったっけ? 前にホラゲコラボやった時は全然そんなことなかった気がするんだけど」

「ホラゲやるのとは違うだろ~!? 何で夜にやったんだよ、明るい時間でいいじゃん! トゴウ様時間帯まで指定してないじゃん!」

「そりゃあ、夜の方が雰囲気あるからでしょ」

 軽口を交わし合いながら、俺は西階段横の保健室へと足を向ける。

 牛タルもまだ調べていない範囲だったようで、今度は牛タルと共に同じ部屋の中を捜索することとなった。