正門から歩いてくる人々に向けて、俺はスマホのカメラを向ける。
 それを避けようとする者はいないので、このシーンも動画に使われる可能性があることを理解しているのだろう。

「こんにちは、ユージです! お呼びしたMyTuberの皆さんで間違いないですか?」

 俺たち以外にわざわざこの場所に来る人間もいないだろうが、念のために確認を取る。
 すると、集団の中の一人が俺の方に向かって一直線に駆け寄ってきた。

「ヤッホー! みんな大好き過激派MyTuberのダミーちゃんダヨ! 本日は企画にお招きアリ~! 今日の目標はユージのマスクをはぎ取ってやることデ~ス!」

「いや、それは勘弁して。モザイクかけるの地味に面倒なんだから」

 ミルクティー色をしたサイドテールに、派手なメイク。そしてこのテンションの高さは、間違いなく過激で破天荒な動画配信でお馴染みのダミーちゃんだ。

 人によって好き嫌いは分かれるのだが、ハマる人は狂信者のようになる配信者として知られている。

 続いてカメラの前に顔見せしたのは、『食物連鎖』というカップルMyTuberの二人だ。

「わ~、本物のユージちゃんとカルアちゃんだ! オフでは初めまして、『食物連鎖』の大食い系MyTuber・ねりきり鍋ことねりちゃんでーす! 畑違いだけど面白そうなんで来ちゃいましたー!」

「同じく、俺クンは『食物連鎖』の早食い系MyTuber・牛肉タルトこと牛タルでェす! 今日は俺クンのかっちょいいとこバンバン見せちゃうんでヨロシクゥ!」

 ねりちゃんはショートボブの髪に、色んなパステルカラーのメッシュが入った髪が特徴的だが、その大食いっぷりは大食い系芸能人にも引けを取らない。

 牛タルは前髪だけを紫色に染めていて、両耳にはもう開ける場所が無いのではというほど、ジャラジャラとピアスがつけられている。

「ハハ、みんなテンション高! まだ本番前なんだけど、そのテンション最後まで持たせてくれよ~?」

 俺のようにキャラクターを作っている人間もいるのかもしれないが、少なくとも全員が配信で目にしている姿そのままに見える。

 緊張はしていたが、配信のノリと変わらないという意味では少しだけ安心感も覚えた。

 最後に歩いてきたのは、金髪の刈り上げが目立つガタイのいい男性だ。

「もしかしなくとも、財王(ざいおう)さんですよね?」

「おう、オレが財王だ。この都市伝説成功させてもっと有名になってやるから、舎弟になるんなら今のうちだぜ」

 財王さんは、俺たちの中でも一番有名な配信者だ。
 金の使いっぷりが気持ちいい配信が多く、くだらないのに高額な物を購入したり、特別な場所を貸し切りにして動画を撮影したりしている。

 リスナーの数も比較にならないほど多くて、俺程度の配信者が繋がれたのが不思議なほどだ。

「あとは……そうだ、先に合流してたカルアちゃん」

「はい、創作活動をメインに活動しているMyTuberのカルアです。よろしくお願いします」

 最後にカルアちゃんにカメラを向けたところで、今度はそれをインカメラに切り替える。そして、俺を含めた全員が画角(がかく)に収まるように調節した。

 何も言わずともカメラを意識して身を寄せ合ってくれるあたり、さすがは配信者の集まりといったところか。

「以上、今回はこの六人で都市伝説の検証をしていこうと思います。これから検証のための準備に入るから、観てくれてる人は楽しみにしといて! あ、準備の部分もちゃんとオマケで後日公開するよ」

 導入の映像は、ひとまずこんな感じでいいだろう。録画を止めると、俺は集まってくれたメンバーに向き直る。

「ということで、改めて今日は集まってくれてありがとうございます。ユージです。皆さん会うのは初めましてだけど、配信では話してるし、いつもの感じでよろしくお願いします!」

「堅苦しい挨拶はいーからサ、まずは中入ろーよ! ダミーも中の映像とか撮りたい!」

「さんせー! アタシも怖い映像撮りたいし、てか外寒いし」

「それもそうか。それじゃあ、昇降口開けるね」

 女子二人からの提案に、段取りの悪さが出てしまっただろうかと、内心ドキリとする。
 それを表情に出さないようにしながら、俺は昇降口に取り付けられた大きな南京錠に鍵を差し込んだ。

 開錠されると、太い鎖がジャラジャラと音を立てて外れていく。邪魔にならないよう端に置いてから、昇降口の扉を開放した。

「うわ、何か懐かしいな。ユジっち、ここって小学校なんだよな? 廃校とか俺クン初体験だわ」

「そうそう。まだ割と明るいし、廃校だけど怖いっていうより懐かしくなるよなあ」

 独特な呼び方をしてくる牛タルに、再び撮影を始めたカメラを向けながら答える。

 皆、同じことを考えているのだろう。興味深そうに周囲を見回しながら、校舎の中に入るメンバーの背中を撮影していく。
 五人が入ったところで、俺もその後に続いて昇降口を閉じた。

「まずは拠点になる場所決めた方がいいだろ。ユージ、目星ついてんのか?」

「そうですね。校舎は三階建てなので、二階の中央の教室がいいかなと思ってます。二年生と四年生の教室があるけど、とりあえず二年三組でいいんじゃないかと」

 財王さんの問いに、俺は(あらかじ)め脳内でシュミレーションしていた場所を挙げる。

 22歳で最年長、さらに登録者数が一番上ということもあって、彼には自然と敬語で話をしてしまう。

 外見の圧もあるのだろうが、同じく22歳の牛タルとはタメ口なので、やはり上下関係を意識しているのかもしれない。

「それなら、他の教室はまだ見て回らない方がいいですよね?」

 対して、俺の隣を歩くカルアちゃんの癒しパワーは絶大だ。
 財王さんの圧に委縮しそうになってしまうが、間違っても彼女に格好悪い姿を見せるわけにはいかない。

「そうだね、この後のこともあるし。初見の方がリアクションも取りやすいと思うし。まずは二階に行って、拠点の確保がいいかな」

 今回の目的はあくまで都市伝説の検証であり、廃校の探索ではない。それを全員わかっているので、俺の意見に反対する声は上がらなかった。

 二つあるうちの西側に配置された階段を上がって、二階の真ん中と思われる場所にあったのは、二年三組と書かれた教室だ。

 ガタガタと音を立てる引き戸を開けると、視界に飛び込んできたのは記憶にある懐かしい教室そのものだった。

「うわあ、思ったより綺麗ダネ! もっとボロっちいのかと思ってたけど、これでオバケとか出るの?」

「一応管理されてる場所なんだし、掃除してる人とかいるんじゃない? オバケはわかんないけど」

 ダミーちゃんとねりちゃんの仲がいいのは知っていたが、テンションが高い者同士で波長が合うのかもしれない。
 まるで修学旅行にでも来たかのように、ワイワイとはしゃぎながら中を見て回っている。

 そんな二人の姿を微笑ましく思いながら、俺は教室の中央辺りにある机の上にリュックを下ろした。

「それじゃあ、暗くなる前に準備を始めようか」