「ルール破って死ぬ可能性があるなら、人形探しは続けないといけないよネ」

 誰が見ても空気は重たいというのに、ダミーちゃんの調子はいつもと変わらない。

 それどころか、早く人形探しに向かいたいという不満さえ感じる。彼女の恐怖心や倫理観は、一体どうなっているのだろうか。

「けど、呪いが本当だって決まったわけじゃないし。死人が出てるんだから警察呼ばないと……」

「呪いがニセモノだとも決まったわけじゃねーだろ。テメエの憶測だけで勝手に判断すんじゃねえ」

 反対意見を向けてきたのは財王さんだ。彼もまた、人形探しを続けることに意欲的な様子だった。

 どうしてこの二人は、メンバーの死への動揺よりも人形探しへの欲求を優先したがるのだろうか?

「だからって、警察を呼ばないわけにはいかないですよ。現場の保存とかしなきゃいけないだろうし、もしねりちゃんを殺した犯人がいたら、まだどこかに潜んでるかもしれないんだから……すぐにでも捜査してもらわないと」

「でも警察が来たら、人形探しを中断せざるを得なくなりますよね」

「カルアちゃん……!?」

 またしても、カルアちゃんからの異を唱える声に俺は言葉を飲み込んでしまう。

 他の二人と比べても彼女は常識的な人物のはずなのだが、呪いに対する恐怖心の方が勝っているのかもしれない。
 実際に財王さんの言う通り、呪いがニセモノだと判断はできない。

「中断されたら人形は探せなくなって、全員トゴウ様に呪い殺されるってことダヨ。ユージはそれでいいの? ダミーたちのこと殺したい?」

「それは……嫌だけど、でも……」

「誰も通報しねえとは言ってねーだろ。人形探しの制限時間は一時間ちょい、つっても残り三十~四十分くらいか? その間は人形探しを続けて、それから警察を呼びゃいいだろ」

 もしも呪いが本物だとするなら、恐らくそれが最適解なのだろう。

 呪いを信じるだなんて馬鹿げていると思うが、ねりちゃんが不審死を遂げている以上、一般常識だけでは通用しない何かがある可能性も考慮しなくてはならない。

 全員が呪い殺されてしまうリスクを考えれば、三十分程度ならば待つべきなのかもしれないが。果たして、それを牛タルが許すだろうか?

「それにさ、誰かが人形見つけたら、こうお願いすればいいんジャン? ”儀式を無かったことにしてください”って。そしたら、ねりが死んだのも無かったことになるカモ」

「……!!」

 ダミーちゃんの提案に、それまで死んだ目をしていた牛タルが大きく反応を見せる。

 死んだ人間を生き返らせることなんてできるわけがない。
 反射的にそう思いはしたのだが、呪いという目に見えない力で人を殺すことができるなら、そんなあり得ない願いも叶えることができるのではないだろうか?

 牛タルも、恐らくそんな風に希望を感じたのだろう。
 少し前の俺なら馬鹿らしい提案だと一蹴していただろうが。今はそんな僅かな希望を、常識という盾で打ち消す気にはなれなかった。

「……人形を見つけた人が、そうお願いするって約束できるなら。ロウソクの火が消えるまで、続けてもいい」

 迷いはしたが、もしもその願いが叶うのだとすれば、人形を見つけられなかった人間が呪い殺されるというルールも無効になる。

 誰も損をしないし、ねりちゃんが生き返る可能性もあるのならばと、俺もその意見に賛同することにした。

「んじゃ決まり! 時間無いんだし、ダミーはお先にシツレー!」

 それからのダミーちゃんの行動は素早く、あっという間に暗闇の向こうへ姿を消してしまう。
 だが、これまでの遊び半分の感覚とは違うことは、誰もが承知していた。

 撮れ高のためではなく、絶対に誰かが人形を見つけなければならない。そのためには、少しも時間を無駄にすることができないのだ。

 こうしている間にも、ロウソクは刻一刻と短くなっているはずなのだから。

「つーかよ、誰が人形見つけてもいいんだったらさ」

 財王さんも人形探しを再開したところで、牛タルが口を開く。
 彼を一人にしても良いものかと悩んでいたのだが、その口調は思っていたよりも冷静で、普段の牛タルに近いものだった。

「ダミーちゃんって、誰かの人形見つけてたよな? 自分で隠したやつじゃなさそうだし。その人形持ってきてもらって、持ち主に渡すってのはダメなのか?」

「ああ……! 確かに、ルール上は自分が隠した人形の場所を教えたらダメなだけで、見つけた人形の場所を教えたらダメってルールは無かったよな」

 少なくとも、ねりちゃんから特定の部屋に人形が無かったという情報を得て、呪われるようなことはなかった。
 俺が財王さんに、人形が隠されていなかったことを報告した時も同様だ。

 つまり、ルールの穴を突くことは禁止されていない。

 元は競い合っていたからこそ見つけても内緒にしていたが、俺たちがトゴウ様にお願いする内容は一つに決まったのだ。
 今はとにかく、誰かの人形を燃やして願いを叶えてもらう必要がある。

「ダミーちゃん! さっき見つけた人形ってどこにあったか教えてくれないか? あそこにあったのって、誰の人形だったんだ?」

 恐らく、今の俺たちの会話は彼女にも聞こえていただろう。

 だが、ダミーちゃんから反応は返ってこない。まさか彼女にも何かが起こったのかと危惧したが、画面を見ると映像は途切れ途切れに映っている。

「ダミーちゃん? おーい、聞こえてないのか!?」

「何だよこれ、電波か? さっきまで普通に使えてたのに……!」

「もしかして、トゴウ様の妨害……でしょうか? 私たちのやろうとしていることを察知して、通信できないようにしたとか……」

「クソッ……妨害して呪い殺してやろうってことかよ!? 本当に願いを叶える都市伝説なのか!?」

 こうなった以上、妨害されているという可能性が無いとも言い切れない。

 校舎内を駆け回ってダミーちゃんを直接探すことも考えたが、彼女の方も動き回っているのだ。運よく遭遇できるとも限らない。それよりも。

「ダミーちゃんが人形を見つけたのって、多分東側のトイレのどこかだと思うんだ」

「ユジっち、目星つけてたのか?」

「何となくだけど、あの時映ってた背景とかでそうかなって。だから、手分けしてトイレを探そう。それならすぐに見つけられると思う。終わり次第、またここに集合ってことで」

 幸いにもここには丁度三人いる上に、俺たちがいるのは東階段側だ。各階で手分けをすれば、すぐに人形を見つけることができるだろう。

 そう判断して、カルアちゃんは一階、牛タルは二階、俺は三階のトイレを探すことにした。

 ……俺の予想は、絶対に間違っていなかったはずだ。
 だというのに、俺たち三人は誰も人形を見つけることができずに集合場所へと戻ってきた。

 念のために、西側のトイレもすべて探索をした。だが、そこにも人形は隠されていなかったのだ。

「そんな……あれは絶対トイレだった。壁があんな風にタイル状になってる部屋なんて他にないし、あの時点でトゴウ様の妨害があったとも思えない」

「探しに行く前に他の奴が見つけたってことはないよな? ダミーちゃんも財王さんも、まだ探してるみたいだし」

「じゃあ、見つかった人形が勝手に移動したってことか……?」

 俺たちを呪い殺したいトゴウ様が、場所を知られてしまった人形を動かしたということなのか?


 ……あるいは、それ以外の誰かが。