話をまとめるとこうだ。
どうやらあの痣春ビルがあった土地、何やら上に何が建っても不幸に見舞われるという、いわくつきの場所であったらしい。
痣春ビルが建築されたのは二十年ほど前のこと。その前にあったのが小さな個人経営のコンビニ。これはあまり長い期間ではなかったようだ。このコンビニは、深夜に謎の火災に見舞われ、オーナーと店員一人が大火傷ををして瀕死の重傷を負っているという。
その前にあったのが高齢者が多いアパート。末子氏の知り合いだったという三階住んでいた工場勤務の男性は、何やら妙な現象に見舞われていたようだ。誰も入れないはずの屋上を、子供が走り回る足音がする、女の子の笑い声がする、など。それで流石に不気味に思って彼が引っ越してすぐ、謎の異臭騒動が起きてアパートの住民がバタバタと倒れた。そして、多くの住人が再起不能に陥り、何年かあとにベッドから起き上がれないまま亡くなった人もいたという。
そしてさらにその前にあったのが小さな米屋。が、その米屋の旦那さんは、一家心中を目論んで奥さんと子供達を包丁で切り捨て、自分も自殺を図った。やや草食系の暗い系男子だったらしい旦那様だが、奥さんとの仲は良好に見えたため、騒動が起きた時は末子さんもめちゃくちゃ驚いたという。
彼女は救急車が来た現場にも居合わせたので、血塗れで錯乱している旦那さんの声も聴いていたそうなのだが。この時、こんなことを言っていたそうなのだ。
『ああああああああああ、あああ、駄目だ、だからこんなところ住むべきじゃなかったんだ、本当にこんな、終わってる、あり得ないって言う話だ、あざはるさま、許してくれよ痣春様、たのむからああ、ああああああああああああああああああああああ頼む、頼むから、じ、地獄におと、落とさないでください、ええええええいえんは、えいえんはいや、あざはるさま、あざはるさま、あざはるさまああああ、ああああああああああああああああああああこれで、どうか、つぐないををををををををををおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
末子さんの演技力が凄くて、ちょっとびびったのはここだけの話。
で、やっぱり気になるのは痣春様、という名前である。この心中事件が起きて、米屋がなくなったのが今から四十年前のこと。で、この酒屋に末子さんが嫁いできたのが今から五十年前だそうで、それ以前のことはよくわからないらしい。自分が嫁いできた時には、あそこにはもう米屋があったのだそうだ。
ただ、米屋の前は、長らく空き地になっていたという。此処まで来ると、戦後のごたごたもあっただろうから、空き地であってもなんらおかしくはないのだろうが。
「他の区画はどんどん建物が建つのに、あそこだけ長らく空き地だったそうよ。で、うちの旦那はね、あの空き地では絶対遊ぶなってお義父様に言われていたそうなの」
「遊ぶな?どうしてですか?」
「空き地になった理由は、あのあたりが空襲で焼けてしまったからなんだけど……焼ける前までは、何やら妙な施設が建っていたそうでね。何か、仏教でもキリスト教でも神道でもない、妙な宗教団体の施設だったみたいなの。戦時下でなんで見逃されていたんだって思うでしょう?……なんでも、お上も気味悪がるような場所だったらしくて、なかなか手が出せなかったみたい」
この宗教団体については、末子さんも良く知らないと言っていた。現在末子さんは七十歳だという。つまり、ここまでくると彼女が嫁いでくるどころか、戦争が終わった時はまだ生まれていなかったということになる。旦那さんも、彼女と同い年だそうだ。そりゃあ、詳しいことなど知らなくても無理はないことだろう。
ただ、その空き地で遊んだ子供が不幸に見舞われることは多かったらしい。チンピラの喧嘩に巻き込まれたとか、建築資材の下敷きになって大怪我をしたとか、車に轢かれたとかそういう類いである。中には、家が火事になった者もいたそうだ。
それで旦那さんもなんとなくあの空き地はよくないものだと考えて、友達に誘われても近づかないように心がけていたというのである。
「本当に、あの一区画だけなの。今、痣春ビルの隣には普通に他のビルが建っているでしょう?その建物がある場所とかは、昔はおまんじゅう屋さんがあったり、家が建っていたりしたわけだけど……そこで妙な不幸があったなんて話は聞かないわ。本当に、その空き地があった場所、今の痣春ビルがあった場所だけ何かがおかしかったのよね」
その原因は宗教団体の施設にあったのではないか、と末子さんは語った。
「治安維持法やらなんやら、物騒な法律があって、人の言論や思想が統制されるようなことも少なくなくて……本来戦時下で、あんな施設が許されたとは思えない。それでもお上が諦めて手を出されなかったのは、その施設を無理やり取り潰そうとすると、関わった人間が不幸に見舞われたから……って噂ね」
「不幸……人が死んだとか?」
「多分ね。でも、残念ながらあたしもこれ以上のことは知らないのよ。どこか遠くの村にあったっていう、特別な神様をこの場所に移してきて、それで信仰しているらしいと夫は聴いたそうだけど。とにかく夫が生まれたのは戦後ですから、もう宗教施設はなかったし、物心ついた時にはあそこは空き地でほったらかしにされている土地だったんですって。お米屋さんの前にも家ができたことはあったそうなんだけど、それについてはもう昔すぎてよく覚えてないそうよ」
その神様、とやらがヤバいものだったのだろうか?
いずれにせよ確かなことは、その神様とやらの加護では空から降ってくる爆弾を防ぐことはできなかったということだ。結局宗教施設は燃え、恐らくそこにいた信者もご神体もみんな燃えてしまったのだろうから。
と、そこまで考えて僕は「あー」と声を上げた。思い至ってしまったからだ。
「なんかこう、腑に落ちてしまったような、このかんじ。……そのなんちゃらっていう神様の像とかが空襲で燃やされちゃって、しかもお祀りする祭祀とかもみんないなくなったから……そのままその土地に残って祟るようになってしまったバターンなんじゃ」
「鋭いわね。あたしもそうなんじゃないかなと思ってるわけよ」
うんうん、と末子さんは頷いた。
「しかも、今もう一つ思い出したんだけど。あたしの記憶の通りだと……米屋さんも、アパートも、コンビニも、今のビルも……みんなお店や建物の名前に〝痣春〟ってつけてた気がするのよね」
「……マジっすか」
「ええ。この名前をつけることが、おまじない的な効果を持っていたんじゃないかしら。つまり、これが神様の名前だったのではないかと思うのよ。痣春、なんて妙な名前でしょう?この土地の地名でもないし、他に同じ名前の何かも聞いたことはないしね。その名前があることで、かろうじて今まで死人が出なかったんじゃないか、なんてことを思うわけ。まあ、素人の予想でしかないけれどね」
痣春。段々と、話が繋がってきたような気がする。
その名前の神様の宗教施設があった。それが空襲で焼けて、祟りか呪いが土地に残ってしまった。なるほど、これで筋は通るというものだ。
そして、ぶっちゃけ関わった人がみんな気の毒でしかないとも言う。空襲なんて、ちっぽけな宗教団体の人に止められたはずもなし。もちろん町の人にもどうしようもない。それで恨まれて、その後もずーっと呪いに巻き込まれているとしたら、もうこれは救いようがないとしか言いようがないではないか。
「実際人はギリギリで死んでいないでしょう?でもって、今の建物になる前のアパートやらコンビニやらで起きた事件は、今の建物には関係ない。だから、不動産屋さんとかも告知義務がなくって、ビルを使う人には教えてないんじゃないかしらね。テナントに入った人もいろいろ不幸があったのかもしれないわ。本当にお気の毒様」
だからね、と続ける末子さん。
「あなたの弟さん、もう入らないようにきつーく釘をさしておきなさいよ。入っただけで呪われないとも限らないんだから」
「は、はい」
「あたしはね、その土地の神様は生贄を求めるものだったんじゃないかと予想しているわけ。無理心中の旦那さんの言葉もそうよ。神様の声を聴いてしまって、生贄を捧げるために自分と家族を殺そうとしたんじゃないかって思うの。今でも、その生贄とやらを探している可能性は充分あると思うわ」
「うえ……。つか、そんなビルに、まだ住んでる人がいるって言ってませんでした?物好きが過ぎるんですけど」
他の企業なんかが全部撤退したのに、一人住んでいるせいでビルそのものを封鎖できない、のだとすれば。正直、その一人の存在が相当迷惑だとしか言いようがないのだが。
確か、千谷学習塾があったのは、601号室。大家さんが住んでいたのが501号室だったはず。今、その一人だけ住んでいる住人とやらは何号室に住んでいるのだろう?ポストを見ればわかるのだろうか。
「その人、何号室だったかしら……確か、502号室とかに住んでいたと思うんだけど」
何かを思い出すように斜め上を見つめて末子さんは言った。
「ものすごおおおおおおく、変わった人よ。青白い顔で長い黒髪で、年齢不詳の男の人。何度か出かけている姿を見たことがあるけれど、なんだかゾンビみたいで怖い雰囲気って思っちゃった。話したことは、一度しかないわね」
「あるんですか、そんな人とお話したこと」
「うちの酒を買いに来たのよ、なら話さないわけにはいかないでしょう?お清めに使えるお酒はない?とか悪霊退治に使えるお酒はない?とか言い出してちょっと気持ち悪かったんだけど」
悪霊退治。
そりゃまた、露骨というかなんというか。ただ、本当に頭がぶっとんでいる人、という断言はできないだろう。今聞いた話が本当ならば、あのビル――というより、土地には何か怪しいものが取り憑いていた可能性が高いのだから。
「彼は自分を、霊能者だと言っていたわ。あの土地を抑え込むために、自分がここにいなければいけないって」
よくわからないわよね、と笑う末子さん。
「本当にあそこに悪霊がいるなら、そんなの一個人でどうにかできるわけがないじゃない?神社とかお寺とかに頼んでお祓いしてもらえばいいのに、なんで一人でどうにかしようとしているのかしら。……まあ、本人がそう思いこんでるだけの、アレな人ということもあるかもしれないけれどね」
どうやらあの痣春ビルがあった土地、何やら上に何が建っても不幸に見舞われるという、いわくつきの場所であったらしい。
痣春ビルが建築されたのは二十年ほど前のこと。その前にあったのが小さな個人経営のコンビニ。これはあまり長い期間ではなかったようだ。このコンビニは、深夜に謎の火災に見舞われ、オーナーと店員一人が大火傷ををして瀕死の重傷を負っているという。
その前にあったのが高齢者が多いアパート。末子氏の知り合いだったという三階住んでいた工場勤務の男性は、何やら妙な現象に見舞われていたようだ。誰も入れないはずの屋上を、子供が走り回る足音がする、女の子の笑い声がする、など。それで流石に不気味に思って彼が引っ越してすぐ、謎の異臭騒動が起きてアパートの住民がバタバタと倒れた。そして、多くの住人が再起不能に陥り、何年かあとにベッドから起き上がれないまま亡くなった人もいたという。
そしてさらにその前にあったのが小さな米屋。が、その米屋の旦那さんは、一家心中を目論んで奥さんと子供達を包丁で切り捨て、自分も自殺を図った。やや草食系の暗い系男子だったらしい旦那様だが、奥さんとの仲は良好に見えたため、騒動が起きた時は末子さんもめちゃくちゃ驚いたという。
彼女は救急車が来た現場にも居合わせたので、血塗れで錯乱している旦那さんの声も聴いていたそうなのだが。この時、こんなことを言っていたそうなのだ。
『ああああああああああ、あああ、駄目だ、だからこんなところ住むべきじゃなかったんだ、本当にこんな、終わってる、あり得ないって言う話だ、あざはるさま、許してくれよ痣春様、たのむからああ、ああああああああああああああああああああああ頼む、頼むから、じ、地獄におと、落とさないでください、ええええええいえんは、えいえんはいや、あざはるさま、あざはるさま、あざはるさまああああ、ああああああああああああああああああああこれで、どうか、つぐないををををををををををおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
末子さんの演技力が凄くて、ちょっとびびったのはここだけの話。
で、やっぱり気になるのは痣春様、という名前である。この心中事件が起きて、米屋がなくなったのが今から四十年前のこと。で、この酒屋に末子さんが嫁いできたのが今から五十年前だそうで、それ以前のことはよくわからないらしい。自分が嫁いできた時には、あそこにはもう米屋があったのだそうだ。
ただ、米屋の前は、長らく空き地になっていたという。此処まで来ると、戦後のごたごたもあっただろうから、空き地であってもなんらおかしくはないのだろうが。
「他の区画はどんどん建物が建つのに、あそこだけ長らく空き地だったそうよ。で、うちの旦那はね、あの空き地では絶対遊ぶなってお義父様に言われていたそうなの」
「遊ぶな?どうしてですか?」
「空き地になった理由は、あのあたりが空襲で焼けてしまったからなんだけど……焼ける前までは、何やら妙な施設が建っていたそうでね。何か、仏教でもキリスト教でも神道でもない、妙な宗教団体の施設だったみたいなの。戦時下でなんで見逃されていたんだって思うでしょう?……なんでも、お上も気味悪がるような場所だったらしくて、なかなか手が出せなかったみたい」
この宗教団体については、末子さんも良く知らないと言っていた。現在末子さんは七十歳だという。つまり、ここまでくると彼女が嫁いでくるどころか、戦争が終わった時はまだ生まれていなかったということになる。旦那さんも、彼女と同い年だそうだ。そりゃあ、詳しいことなど知らなくても無理はないことだろう。
ただ、その空き地で遊んだ子供が不幸に見舞われることは多かったらしい。チンピラの喧嘩に巻き込まれたとか、建築資材の下敷きになって大怪我をしたとか、車に轢かれたとかそういう類いである。中には、家が火事になった者もいたそうだ。
それで旦那さんもなんとなくあの空き地はよくないものだと考えて、友達に誘われても近づかないように心がけていたというのである。
「本当に、あの一区画だけなの。今、痣春ビルの隣には普通に他のビルが建っているでしょう?その建物がある場所とかは、昔はおまんじゅう屋さんがあったり、家が建っていたりしたわけだけど……そこで妙な不幸があったなんて話は聞かないわ。本当に、その空き地があった場所、今の痣春ビルがあった場所だけ何かがおかしかったのよね」
その原因は宗教団体の施設にあったのではないか、と末子さんは語った。
「治安維持法やらなんやら、物騒な法律があって、人の言論や思想が統制されるようなことも少なくなくて……本来戦時下で、あんな施設が許されたとは思えない。それでもお上が諦めて手を出されなかったのは、その施設を無理やり取り潰そうとすると、関わった人間が不幸に見舞われたから……って噂ね」
「不幸……人が死んだとか?」
「多分ね。でも、残念ながらあたしもこれ以上のことは知らないのよ。どこか遠くの村にあったっていう、特別な神様をこの場所に移してきて、それで信仰しているらしいと夫は聴いたそうだけど。とにかく夫が生まれたのは戦後ですから、もう宗教施設はなかったし、物心ついた時にはあそこは空き地でほったらかしにされている土地だったんですって。お米屋さんの前にも家ができたことはあったそうなんだけど、それについてはもう昔すぎてよく覚えてないそうよ」
その神様、とやらがヤバいものだったのだろうか?
いずれにせよ確かなことは、その神様とやらの加護では空から降ってくる爆弾を防ぐことはできなかったということだ。結局宗教施設は燃え、恐らくそこにいた信者もご神体もみんな燃えてしまったのだろうから。
と、そこまで考えて僕は「あー」と声を上げた。思い至ってしまったからだ。
「なんかこう、腑に落ちてしまったような、このかんじ。……そのなんちゃらっていう神様の像とかが空襲で燃やされちゃって、しかもお祀りする祭祀とかもみんないなくなったから……そのままその土地に残って祟るようになってしまったバターンなんじゃ」
「鋭いわね。あたしもそうなんじゃないかなと思ってるわけよ」
うんうん、と末子さんは頷いた。
「しかも、今もう一つ思い出したんだけど。あたしの記憶の通りだと……米屋さんも、アパートも、コンビニも、今のビルも……みんなお店や建物の名前に〝痣春〟ってつけてた気がするのよね」
「……マジっすか」
「ええ。この名前をつけることが、おまじない的な効果を持っていたんじゃないかしら。つまり、これが神様の名前だったのではないかと思うのよ。痣春、なんて妙な名前でしょう?この土地の地名でもないし、他に同じ名前の何かも聞いたことはないしね。その名前があることで、かろうじて今まで死人が出なかったんじゃないか、なんてことを思うわけ。まあ、素人の予想でしかないけれどね」
痣春。段々と、話が繋がってきたような気がする。
その名前の神様の宗教施設があった。それが空襲で焼けて、祟りか呪いが土地に残ってしまった。なるほど、これで筋は通るというものだ。
そして、ぶっちゃけ関わった人がみんな気の毒でしかないとも言う。空襲なんて、ちっぽけな宗教団体の人に止められたはずもなし。もちろん町の人にもどうしようもない。それで恨まれて、その後もずーっと呪いに巻き込まれているとしたら、もうこれは救いようがないとしか言いようがないではないか。
「実際人はギリギリで死んでいないでしょう?でもって、今の建物になる前のアパートやらコンビニやらで起きた事件は、今の建物には関係ない。だから、不動産屋さんとかも告知義務がなくって、ビルを使う人には教えてないんじゃないかしらね。テナントに入った人もいろいろ不幸があったのかもしれないわ。本当にお気の毒様」
だからね、と続ける末子さん。
「あなたの弟さん、もう入らないようにきつーく釘をさしておきなさいよ。入っただけで呪われないとも限らないんだから」
「は、はい」
「あたしはね、その土地の神様は生贄を求めるものだったんじゃないかと予想しているわけ。無理心中の旦那さんの言葉もそうよ。神様の声を聴いてしまって、生贄を捧げるために自分と家族を殺そうとしたんじゃないかって思うの。今でも、その生贄とやらを探している可能性は充分あると思うわ」
「うえ……。つか、そんなビルに、まだ住んでる人がいるって言ってませんでした?物好きが過ぎるんですけど」
他の企業なんかが全部撤退したのに、一人住んでいるせいでビルそのものを封鎖できない、のだとすれば。正直、その一人の存在が相当迷惑だとしか言いようがないのだが。
確か、千谷学習塾があったのは、601号室。大家さんが住んでいたのが501号室だったはず。今、その一人だけ住んでいる住人とやらは何号室に住んでいるのだろう?ポストを見ればわかるのだろうか。
「その人、何号室だったかしら……確か、502号室とかに住んでいたと思うんだけど」
何かを思い出すように斜め上を見つめて末子さんは言った。
「ものすごおおおおおおく、変わった人よ。青白い顔で長い黒髪で、年齢不詳の男の人。何度か出かけている姿を見たことがあるけれど、なんだかゾンビみたいで怖い雰囲気って思っちゃった。話したことは、一度しかないわね」
「あるんですか、そんな人とお話したこと」
「うちの酒を買いに来たのよ、なら話さないわけにはいかないでしょう?お清めに使えるお酒はない?とか悪霊退治に使えるお酒はない?とか言い出してちょっと気持ち悪かったんだけど」
悪霊退治。
そりゃまた、露骨というかなんというか。ただ、本当に頭がぶっとんでいる人、という断言はできないだろう。今聞いた話が本当ならば、あのビル――というより、土地には何か怪しいものが取り憑いていた可能性が高いのだから。
「彼は自分を、霊能者だと言っていたわ。あの土地を抑え込むために、自分がここにいなければいけないって」
よくわからないわよね、と笑う末子さん。
「本当にあそこに悪霊がいるなら、そんなの一個人でどうにかできるわけがないじゃない?神社とかお寺とかに頼んでお祓いしてもらえばいいのに、なんで一人でどうにかしようとしているのかしら。……まあ、本人がそう思いこんでるだけの、アレな人ということもあるかもしれないけれどね」



