2024/09/06 土曜日

 午前中からビルに赴くつもりだったのが、マトマトがまた急にシフトで呼ばれてしまったらしい。というわけで、痣春ビルに行くのは午後からってことになりました。
 急に時間があいてしまったので、僕はネカフェに入ってパソコンをいじっている。どっちみち調べることは多かったし、スマホだと通信料金が心配だったので(先月うっかりギガ使いすぎて通信制限入ってしまったのだ、もう反省する他ない)、だったらネカフェでパソコン借りた方がいいって話になったのだ。
 ネカフェなら個室だし、誰かに見られる面倒もない。値段も安いし、結構僕等も重宝している。なお、そんなことするなら自分のパソコン持ち歩けばいいと言うかもしれないが、ノートパソコンでも重いのだ、純粋に。あとWi-Fiが安定しないところもあるから、やっぱネットしたいいならネカフェに入ってしまった方がいいのである。

 で、痣春ビルについて個人的に調べてわかったことを、いくつか挙げておこうと思う。

 まず、痣春ビルの現在の管理者。もしヤのつく職業の方々だったら、この調査は早々に打ち切るつもりだった。だって怖いし。関わり合いになりたくないし。
 で、結論どうだったかというと――まあ、やーさんではなかった、と言っておく。
 もともとこのビル、個人所有のものだったらしい。で、三年ほど前にその大家兼管理人のおじーさんが亡くなって、今はその息子夫婦が一応引き継いだらしいのだが、素人だったからか殆ど管理にはタッチしていなくてそのうち売却するつもりだという話だった。
 で、なんでそんな情報が載っていたのかというと、ビルを所有していたおじいさんが事故で亡くなっているからである。一応言っておくと、ビルの中で死んだわけじゃない。このビルの近くの通りで、突然車の前に飛び出してきてはねられたらしい。その時の様子を何人もの人が目撃していたらしいのだが、どうにもその様子が薬物でもやってるんじゃないか、と思うほど尋常ではなかったみたいなのだ。
 少し不思議な事故だったからか、ネットニュースに詳細が取り上げられていたのである。
 目撃者によると、おじいさんは撥ねられて瀕死の状態で、頭がぱっかり割れて血を流しているのに、なんかこう意味のわからないことを喚き散らしていたという。

『いくらやすいからって、ああああんな、あんんあ、あん、あんな土地買ったらあかんかったにゃ、なんれ、こ、こんなあほんなことになるなら、知らんかった、ほんま、なんで、あん、なんれ、あざはるさまは』

 な?
 おおよそこんなかんじ。痣春ってはっきり言ってる。関西弁っぽい喋り方をしてたことと、本人が錯乱状態で呂律回ってなかったせいで正確にはわからなかったみたいだけど。でも何人も似たような証言をしているし、多分間違ってないのだろう。
 あざはる。痣春。
 あのビルに、やっぱり何かがあったんじゃないだろうか。それで、おじいさんは錯乱してビルから離れたところに逃げようとしたんじゃないだろうか。なんでも生きていた時はあのビルの一室を借りて自分も住んでいたというのだから。
 ちなみに、本人が住んでいたのは501号室だったらしい。――後で調査に行く時、501号室のことも詳しく調べてみるべきだろうか。何か面白いことがわかるかもしれない。ちょっと怖くはなってきたけど、さすがにここで退くわけにはいかないのだし。
 ちなみにその事故を気味悪がって、息子夫婦はあのビルの管理を引き継いだはいいものの、ほぼノータッチの状態だそうだ。あの物件にろくに近づいてもいないし、片付けも最小限にしかしていないという。そのうち売るつもりだけどなんか不気味だし売れるかどうか心配だ、みたいなことを取材で言っていた。
 で、もう一つ痣春ビルには妙な事件が起きている。それが、このビルの601号室に入っていた学習塾、『千谷学習塾』。リクエスト者が教えてくれた噂の通り。この塾の生徒たちが、八年前にまるごと姿を消している。千谷美那子《ちたにみなこ》という中年の女の先生が塾長を務める、とても小さな塾であったようだ。先生をしていたのは美那子本人と、夫である千谷太一《ちたにたいち》、それから雇われていた講師の先生が二人。
 子供達の数がどれくらいだったかはわからないが、噂によると全部でも十数人前後だったのではないか、という話だ。で、おの千谷学習塾の面々が、八年前に忽然と姿を消した。誰一人死体も見つかっていない。そのせいで、あのビルは神隠しビル、なんて不名誉な名前がついてしまったらしい。

『神隠しビルについて、面白い情報がありましたよ!』

 僕が調べたオカルト系サイトには、こんな情報が記載されていた。

『2016年8月10日。塾の面々が最後に目撃されたのはこの日でした。この時は生徒の殆どが夏期講習ってことで塾に集まっていたようですね。夕方、彼らがぞろぞろとビルに入っていくところを近所の人が目撃しています。駐車場には、講師の先生が使っていると思しき車も停まっていました!』

 夏期講習。塾ならばなんらおかしなことではない。殆ど、という言い方からして休んでいた生徒もいたのだろうか。

『ところが、先生も生徒も、深夜になってもだーれもビルから出てこない。流石に子供達の親も心配になって塾に連絡を入れたんですが、当然のように音信不通。おかしいと思って警察が調べたところ、塾はもぬけの殻でした。先生や生徒たちの筆記用具や財布やスマホといった貴重品はみんな残ったままになっていて、特に強盗に荒らされたような形跡もなかったそうです』

 当然、塾はこれ以上続けられなくなり、閉鎖。先生たちが子供たちを誘拐して消えたのでは?なんて話もあったが、だとしても貴重品や車まで残っているのはおかしなことだ。何より、ビルから出た姿を誰も見ていないのが不思議でしかないわけで。
 それ以来、噂が流れたという。
 千谷学習塾の面々は何かに食われて、それで神隠しに遭ってしまった。それがビルの中だったから、誰も姿を見ていないのだと。

 その噂には、主に二つのパターンがあったみたいだ。一つ目は、元々あのビルにはやばいものが憑いていた、という可能性。

『三年前、痣春ビルの大家をしていた御老人が不自然な形で亡くなっています。これ、結構ニュースになっていたから知っている人もいるかもしれませんね!痣春ビルが建っていた土地には、元々あざはるさま、という謎の悪霊かなにかが棲みついていて、その上に建ったビルに関わった人間を呪っている、と。千谷学習塾の面々も大家のおじいさんもそれで消されてしまったと』

 もう一つのパターンは、ビルの土地だの大家のおじいさんだのは関係なく、千谷学習塾の面々が個人的になんらかのやらかしをしたという話だ。
 というのも。

『千谷学習塾ですが、経営が上手くいっていなかったようでして。神隠し事件とは無関係に、閉鎖になるかもしれないという話が出ていたようです。千谷学習塾は神隠し事件が起きる少し前に、あのビルに引っ越してきた塾だったみたいで。まあ、その引っ越しの理由も、前のテナント料が高くて厳しかったから、比較的安価だったこのビルに入ることを決めたとかなんとか……。まあ、通っていた子供達の都合もあったんでしょうがね』

 驚きだったのは、あのビルが〝経営がうまくいっていない塾が引っ越してくる〟くらいにテナント料が安かったらしいってことだ。
 何度も言うが、あそこはS県K市の駅チカ物件である。もちろん都内ほど土地が高いわけではないだろうが、コンビニも駅も近いし、駅の規模だって小さいわけじゃない。狭いとはいえ、テナント料がそこまで安いというのはさすがに「なんで?」とつっこまざるをえない。
 実は事故物件だったとか、そういうことなんだろうか。大家さんが生きていたら取材できたかもしれないのだけれど。

『あのビルに引っ越してからも、生徒がやめてしまうとか、新しい生徒が入ってこないとか……まあいろいろあって。でもそれは先生たちの評判が悪かったからじゃなくて、むしろ先生たちは生徒によく慕われていたらしいんです。親御さんたちからも、やめないでほしいと何度も訴えられていたと。で、ご夫婦も塾の運営が生きがいみたいになっていたから、経営難と完全に板挟みになって苦しんでいたとかで……。それでまあ、やぶれかぶれになって、妙な儀式でも試したんじゃないのかと』

 だいぶ発想が飛躍しているが、まあ言いたいことは理解できた。
 つまり、生きがいである塾と子供達を奪われるならと、無理心中でも図ったのではないかと。あるいは、なんかやばいオカルトの儀式でも使って運命をひっくり返そうとしたのではないか、と。
 そんなことある?とは言いたいが実際彼らはまるごと消失してしまっているわけだし、ビルそのものの呪いというより本人たちがピンポイントで儀式でもやらかしたと思った方がストンと落ちるところはあるかもしれない。
 実際本物かはわからないけれど……このブログにも妙な記事が勝手に投稿されてたりしているわけだし。なお、その塾のメンバーの中に『はなえちゃん』なんて名前の女の子がいたのかどうかは不明だ。さすがに子供達の名前まではサイトに載っていなかった。ていうか、講師の先生二人の名前もわからなかった。まあ、プライバシーもあるから仕方ないだろう。

 で、僕の考えなんだが。

 個人的には――これ、両方かも?と思っているわけだ。
 大家のおじいさんの言葉は非常に気になる。あの痣春ビルがあった土地、元々何かよからぬものでもあったんじゃないかだろうか。で、いわくつきの土地だから安くって、それをオカルト信じない系のおじいさんが買ってビル建ててしまったとか、そういうことではないだろうか。土地としてはかなり便利な場所なのも間違いないのだから。
 たとえばその土地には昔から、痣春様、という名前のオバケか何かが取り憑いていた。だから元々呪いとか、悪い事が起こりやすい背景はあった。
 そこでさらに、千谷学習塾の面々が何かしらのやらかしをしてしまったから、彼らはピンポイントで神隠しに遭ってしまった――と。その千谷学習塾の神隠しに関わっている謎の存在が『はなえちゃん』。これが人間だったのか、あるいはビルの中にいた悪霊みたいなものなのか、痣春様とやらと同一存在なのかは不明。
 これ以上は、ネットだけで調査するのは難しいかもしれない。
 手がかりがあるとすれば、地道に近所の人に聞き込みするくらいだろう。あと、それからもう一つ。

 なんとあのビル、テナントとして入っていた企業はみんな移転するか倒産するかしてしまっているらしいのだが――一つだけ。
 なんと、一人だけ、あのビルにまだ個人で住んでいる人間がいる、らしいのだ。
 その人に話を聞くことができれば、何かわかるかもしれない。