2024/09/03 水曜日

 長くなってしまったんで、一度切らせて貰った。
 昨日の出来事の続きを、ここにアップさせてもらおうと思う。ちなみに昨日お詫びした通り、動画のほとんどは撮影するのをすっかり忘れていた。僕もマトマトを責められない。実はあのあとも、ほんの一部しか動画は撮影できなかったからである。
 ただ写真の一部は撮ったので、後でそれはアップさせてもらおうと思う。一番面白いのはYouTubeにまとめてアップするので、その時のお楽しみってことにしてほしい。

 さて、昨日のまとめ。
 S県K市の痣春ビルへ行きました。
 エレベーターに乗ったら、地下一階のボタンがガムテープ貼られてて押しにくくなってて、六階のボタンの横には屋上に行くなーみたいな警告が書かれていました。
 地下一階に下りようとしたらコンクリートの壁で塞がれてて降りられませんでした。
 そしたら何故かドアがなかなか閉まらなくて、コンクリ壁の向こうからノックされてるみたいな音がして、ドア閉めたらなんかこうエレベーターがガタガタ震えて変な音して、ちょっと故障ぽくてびびりました。以上!

 まあ、大体こんなかんじである。とりあえず本来はこのあと、リクエスト者がおかしいと思っていたであろうもう一つ、六階&屋上の調査に向かうべきだったんだろうけども。
 さっきの今で、正直エレベーターに乗るのが怖い。オバケ的な怖さというより、壊れそうで怖いってやつ。昨日の記事でも書いたけれど、僕はエレベーターの閉塞感は昔から苦手で、今でも閉じ込められたらどうしようって恐怖心があるのは否定しない。

「あれどこの会社のエレベーターなんだろな。欠陥品すぎんか」

 僕は一階のエレベーターホールで、渋い気持ちでそう言った。

「どうする?六階は行かないといけないんだけどもさ。……エレベーターもう一度乗るの、正直嫌なんだけど。絶滅危惧種のシンドラーエレベーターなんじゃないのアレ……」
「いやいやいや、洒落になんねえよ」

 マトマトも同じことを思ったのだろう。首をぶんぶんと横に振ったのだった。
 実際、エレベーターの調査を依頼されているわけだから、本来はエレベーターで六階に向かった方がいいのはわかっている。でもそれはそれとして、さっきみたいに不自然にガタガタして壊れでもしたら笑えもしないわけで。
 二人で相談した上で、とりあえず今日は六階へは階段を上っていくことにしたのだった。六階分を登るのはちょっとしんどかったけれど、万が一閉じ込められるリスクを考えたらどうしても気が進まなかったのである。そこ、ビビリとか言わない。君達みんな、あんなガタガタせっまいエレベーターなんか経験したらきっと同じことを言うに決まってるのだから!

「そういえば」

 階段をえっちらおっちら登りながら、マトマトがこんなことを言った。

「この痣春ビルには変な噂があるってリクエスト者さん言ってたよな。なんだっけか」
「おっまえ、忘れるなって……」

 ちゃんとメッセージ読んでないのかこいつは。僕は彼の頭をチョップしたのだった。ちなみに僕もマトマトも漫才が大好きで、M-1なんかは毎年のように見ていると言っておく。
 リクエスト者氏が誰であるのかは、もちろん僕達にもわかっていない。ただ、このビルのすぐ近所に住んでいる、とだけは本人が言っていた。このビルのことが気になって、自宅からよく観察しているとも。このビルの正面玄関が見えるマンションか何かに住んでいるのかもしれない。
 で、そのリクエスト者さんによると。このビル、入ったまま出てこない人が結構いる、というのだ。見たところ、今個人や企業が入っているかもわからないような、とにかくボロボロのせまーいビルである。明かりがついているしエレベーターも動いているから電気は通っているのだろうが、水道とかガスが通じているかも定かではない。
 はっきり言って、誰かが寝泊まりするような場所ではないだろう。
 にも拘らず、入ったまま出てこない人が多い。
 その上で、時々屋上に妙な人影が立っていることがある、という。距離がさほど遠くないのにその影はなんだかぼんやりしていて、顔も性別も何もわからないのだそうだ。そして、少し目を離すと人影は消えているという。

「そのせいで、このビルは神隠しビル、とか言われてるとかなんとか」

 僕は天然ぼっけぼけの相棒に、きっちり説明してやった。

「実際、このビルに昔入っていた個人の学習塾の先生と生徒が、まるっと行方不明になるって事件が起きてるらしい。相当昔の話だし、本当かどうかはわからんけどな」
「ほうほうほうほう。呪われたビルかもしれない、と。学習塾の先生と生徒で無理心中?それから呪われたパターンかよ?」
「いや、だから知らないって」

 実は事前調査の類はほとんどやっていない。とりあえず今日屋上だけチェックしたら一度戻って、ネットやらなんやらで痣春ビルについて調べてみようと思う。過去に何が起きたのか、情報をまとめないことにややっぱり動画として映えないだろうし。
 そういえばリクエスト者さんにもう少し詳しい情報を訊きたかったんだけど、いつの間にかコメントもアカウントも消してしまったようで連絡がとれなくなってしまっていた。
 何かあったわけでなければいいのだけれど。



 ***



 一階、二階、三階、四階、五階。
 ここまでは、薄暗いながらも明かりがついていて普通のフロアだった。問題は六階だ。電気が完璧に消えてしまっている。唯一灯っているのは、消火栓の赤い光だけだった。ぶっちゃけ、全体がうっすらぼんやり赤く光っているのはなかなか怖い。
 六階にある部屋は二つ。601号室と、602号室。そのうち601号室の方には、『千谷学習塾』というボロボロの看板がかかっていた。ちたにがくしゅうじゅく、でいいのだろうか。白地に青い文字が書いてあるだけの、実にシンプルな看板である。
 入口のドアには『閉鎖のお知らせ』というボロボロの張り紙が貼られている。

「拝啓、時下ますますご清栄のこと……ってこの挨拶はいいや。誠勝手ではございますが当塾は……ああ、経営が成り立たなくなって閉めることになりました、的なお知らせかな?」

 僕は張り紙を覗き込んで言う。かなり劣化しているし埃とカビまみれになっているが、塾が急に閉鎖することになりましたすみません、返金対応までしばらくお待ちください、的な内容であるのはわかる。あっちこっち汚れているわ破れているわで、とぎれとぎれにしか読むことができなかったが。

「塾の人がみんな行方不明になったとか言ってたよな、タカ?この塾なんじゃねえ?」

 どこか楽しそうに、マトマトが笑って言う。

「塾の人がみーんないなくなっちゃって、一部の先生とかオーナーとかしか残らなかったから、慌ててお知らせだけ出して貼りだしました、とな。どうよ、名推理!」
「いや推理も何もそのまんまじゃん。……まあ本当にまるごと神隠し事件なんてものがあったら、経営なんて続けられないんだろうけどさ」

 一応ドアを引っ張ってはみるものの、完全に鍵がかかっているようで開けることは難しそうだ。まあ普通はそうだろう。
 602号室のプレートには何も書いてないので、そちらは完全に空室なのかもしれない。
 ちらり、とエレベーターの方を振り返る。エレベーターの行き先表示ランプだけが、ぼんやりと天井付近を照らしていた。今は一階にいるらしい。特にこちらもおかしな様子はない。エレベーターホール自体が明かりがついてなくて真っ暗なので、あまり細かな観察はできないが。
 ちなみに自分達、一応昼の時間にここに来ている。
 窓がないと昼間でも屋内はこんなに暗くなるものか、と思った。後で夜に来て撮影したら、さぞかしいい画が撮れることだろう。

「屋上へはエレベーターでは行けません、っとな」

 行先表示には、B1から6までの表示しかない。まあ当然か。

「はい、さっさと階段行くぞ。暗いし、特に何かあるわけでもなさそうだし」
「へいへい」

 階段の踊り場は窓に面していた。しかし、五階より下はともかく、六階と屋上を繋ぐ踊り場の窓は何故かべニア板が張り付けてあって完全に封印されてしまっている。まるで、窓から何かが入ってくるのを防いでいるようだった。おかげで階段も相当暗い。ベニヤ板の隙間から変なものが覗いたらどうしよう、なんてちょっと不安になってしまうくらいである。
 そして、階段を登って、屋上に続くドアの前に立った時だった。

「うっわ」

 マトマトが声を上げた。理由は二つ。
 一つは、屋上のドアの状態。なんと、こちらもがっつりベニヤ板が打ち付けてあるのだ。横と斜めに、かなり乱暴に細長い板を打ち付けて、絶対ドアが開かないようにしている。雨漏りでもしているのか板はやや黴ていて嫌な臭いがした。釘も赤茶にサビている。これを抜くのは専門の道具がいるだろう。いや、道具があっても抜くのは困難かもしれない。
 もちろん、ドアそのものにも鍵がかかっているようだ。一応ノブを握ってみたが、ちっとも回る気配がなかった。
 それから、もう一つ。
 ベニヤ板にも、張り紙がしてあるのである。白い画用紙に、真っ赤なクレヨンみたいなものでただひたすら同じ言葉が書き連ねられているのだ。
 それは。



『あけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるなあけるな』



「めっちゃ手ぇこんでるじゃん!ホラー感増してきたぁ!」

 マトマトが手を叩いて喜ぶ。そうだな、と僕も頷いた。
 まだ、本当に呪いや祟りがあるなんて決まったわけじゃない。むしろ、張り紙もベニヤ板も生きた人間だけで充分できることだ。
 だからこそ、興味があった。

――そこまでして、屋上に入ってほしくない誰かがいるってことか?

 人間が犯人にしろ、幽霊的なものにしろ。
 誰かの意思が働いていることに、変わりはないのだから。