普通、見知らぬ人間にチャイム押されたら、最初は「誰だお前ら?」と尋ねるものだろう。
なのにそのぼさぼさの黒髪長髪の男は、僕達を見て繰り返すのだ。何で来た?と。
「なんで、って言われても、えっと……」
僕はしどろもどろになる。ビルに入ってからカメラは回し始めている。撮っている以上、ある程度しゃっきり喋らないといけない。もちろん、この男性の顔はあとでモザイクをかけるか、それでもダメならばこの会話シーンはカットすることになるのだが――。
「俺達、オカルト系ユーチューバーやってる『ロボコ』って言うんっす!」
そんな僕に対して、相変わらずテンションアゲアゲなマトマトが言った。
「動画視聴者さんからのリクエストで、この痣春ビルについて調べてるんです。そしたら、このビルが建っている土地自体がなんかやばいっぽいって知って!でもって今、このビルの中で入ってる企業とかもなくって、あなたが一人でここに住んでるって聞きまして。どうしてかなーと。霊能者さんだってのは本当ですか?だったらいろいろ教えてほしいって!」
「…………」
男性の目が、僕からマトマトへ移った。そして、心底不快そうに歪められる。
「邪霊め、帰るがいい」
でもって、いきなりこれ。
「馬鹿に付き合うほど私は暇ではないのだ。ゴミどもがやらかした後始末をせねばならん。どいつもこいつも、地下からマグマが噴き上がっているのに逃げようともしないグズどもめ。この私が必死で抑え込んでやっとこの規模に収まっているのがわからんのか。それなのになぜ忌み地に自ら足を踏み入れようとする?忌々しい、忌々しい、忌々しい、忌々しい……」
なんていうか、見た目通りの人だった。ぶつぶつぶつぶつ、意味不明なことを呟き続けている。とりあえず、罵倒されているらしい、というところまでは理解した。まあそりゃ、歓迎されないのは想像がついていたけれど。僕達がやっていることは不法侵入一歩手前だというのはわかっているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいって!」
そのままドアを閉めようとするので、僕は慌てて止めた。ここで罵倒だけされて帰られたのではあまりにも割に合わない。
「僕達も、リクエスト者さんのためにそう簡単に帰るわけにはいかないというか!そ、それに……この場所が本当に危ないってなら、みんなにそれを教えて、近寄らないようにしてもらわないといけない、そうでしょう?だから、情報を公開することには意味があると思うんです」
とりあえず、言えることは言ってみよう。
「本当に危ない場所があるっていうなら、そこには踏み込まないようにしますし!ち、地下と屋上がなんか危なそうってのはわかってるんで、どうか何がどう危ないかとか、そういうことだけでも教えてもらえませんか?貴方が本物の霊能者さんなら、知ってることいっぱいあるんでしょう!?」
さっきの呟き。
この男ははっきり『私が必死で抑え込んでいるのに』と言っていた。ということは、この男は怪異に対抗しようとしてここにいるのではないか?そういえば、あの末子さんも言っていたはずだ。
『うちの酒を買いに来たのよ、なら話さないわけにはいかないでしょう?お清めに使えるお酒はない?とか悪霊退治に使えるお酒はない?とか言い出してちょっと気持ち悪かったんだけど』
悪霊退治。
それを行おうとしているというのが本当なら――こいつはイカレているかもしれないが、一応正義感があるということだ。ならば悪人ではない、はずである。多分。
「……そんなことをしても意味は無い」
男はぎょろんとした目で、僕達を睨みつけてくる。
「私も抑えられなくなっている。お前も気づかないうちに浸食されている。霊は暗がりを好む。私がいるこの場所まで闇が浸食してきた。この調子だと私もいずれ撤退しなければならなくなるかもしれない。お前たちのような馬鹿のせいだ。最近急速に増えた。情報を拡散して興味を引けば有象無象は増える、好奇心がまた邪を呼び寄せる。クズめ。どこまでもクズめ。何の力もないくせに安易にこの地に踏み込みおって」
「暗闇って……五階の電気が消えてること、ですか?」
「霊が出る場所は闇に閉ざされる。懐中電灯も携帯電話も消えることが多い。霊障も知らんのか、オカルト系動画配信者を名乗るくせになんとも無知め。奴らは自分が棲み易い環境を作ることに関しては天才的だ、奴らは最初は奴でしかなかったのにどんどん増えて力を増して奴らになった、お前も気づいてない、実に馬鹿だ。馬鹿だ、馬鹿め、忌々しい」
ぶつぶつぶつぶつ、と早口でひらすら攻撃的なことを言われる。正直、非常に不愉快だ。しかも半分くらいは言っていることがわからない。
彼と話す意味は本当にあるのだろうか?目は濁っているし、顔色も悪い。髪の毛も、手入れされていないのかぼさぼさに伸びっぱなしだ。髭がぼうぼうに生えているということはないが、それはただの体質なのかもしれない。青白い顔はお世辞にも健康的には見えず、年齢もまったく不詳。二十代にも、五十代にも見える。いや、あたりが暗いせいでよけい分かりづらいのもあるのだが。
普段なら、絶対関わり合いになりたくないタイプ。申し訳ないが、韮澤という男はそういう印象しかなかった。ただ。
「あなたは、この土地を呪っているものが何なのかわかるんですか?痣春様、ってなんなんですか?」
それでも、怪異の正体を知っているというのなら突きとめたい。狂人の戯れでも情報になる可能性はある。
僕の中ではまだ、恐怖と好奇心が鬩ぎ合っている段階ではあるのだ。隣でマトマトがうんうんと頷いている。
「いひ、ひひひ、ひ」
すると、韮澤はニタニタと笑い始めた。
「ひひひひひひひ、ひひひひひ、ひひひひひひひひひひっ!」
「な、なんですか!?」
「お前みたいなのは色々くだらない妄想空想をするくせに、想像力が肝心なところで欠如している。この国は信仰をほぼ失っている。だからこそ、善神の力は弱まる一方で、善神が抑え込んでいたものが次から次へと地下から溢れだしているのだ。否、その存在を知る者は邪馬台国の時代からいたのだろうさ、それでも当時の者どもはコントロールするだけの術を知り、力を持っていた。今のお前らはどうだ、余計な妄想はするくせに危機感がまったく足らない。そのせいで余計なものを呼び寄せた挙句増長させる、ひひひひひ、ひひひひひひひひ、ひひひひひ……あまりにも愉快、不愉快、きひひひ、ひいっひひひひひひひひ……!!」
やがてその笑いが、ぴたりと止まる。
「あざはるさまは」
ゆっくりとその指が、地下を指さした。
「かつてある土地の馬鹿どもが地下深くに埋まっていたそれを掘り起こし、蘇らせた。自らの私利私欲のために。その結果村は繁栄した。ただし生贄を捧げ続けないとすぐ祟る類いの神だった。馬鹿どもはそれでも良かった。要らない人間を、神への生贄という形で処分できるのは都合が良かったからだ。そしてその力に目を付けたさらなる馬鹿どもがいた」
「『痣春新教』の奴らのこと、ですか?」
「天災は人にはどうしようもない。恐ろしくとも悲しくともそれが天の意思と受け入れる他ない。だが一部の馬鹿どもは、己に降りかかったそれを部不相応にも自分達だけ回避しようと躍起になった。自分達だけは元の平穏を、富を取り返したいと願った。関東大震災だ、あれの被害から無理やり自らの地位を蘇らせたくて、馬鹿どもはその村が滅びかけた時に無理やりご神体を奪ってこの土地に宿すことを決めたのだ」
この人が言っていることが、どこまで正しいかはわからない。ただ、僕はなんだか理解できてしまったのだ。
関東大震災。
1923年(大正12年)9月1日に起きた、未曾有の大災害だ。死者・行方不明者の数は十万人をゆうに超えると言われている。今の日本より遥かに脆い建物が多く、防災対策なんて一切できていなかったはずだ。誰にも防ぎようがなかった天災の中で――正体不明の邪神だろうとなんだろうと、縋ってしまいたくなった人間がいても、なんらおかしくないだろう。
なるほど、それが痣春新教の始まりだというのなら――悔しいが納得できてしまう話だ。
もう二度とあんな目に遭いたくない。同時に、かつての生活を一秒でも早く取り戻したい。そういう人間が、とにかくオカルト的な力を求めて神様を見つけてしまった。恐らくそれなりに資金力がある者達だったということだろう。
「この神は生贄を定期的に求める。生贄を差し出さないと自分で生贄を引き寄せる。その手段は選ばない。結局人は死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。出来るのはその被害を可能な限り軽減する努力をすることだけだが、今の奴らは危機感の欠片もない、本当にまずいこともわかっていない。神社の神官でさえ本当に魔を抑えられる人間がどれだけいるかも怪しい、あんなものお祓いなんかで抑え込めるものか。くそが、くそが、くそが、くそが。あの塾の馬鹿どもが変なことしなければもう少しマシだったのにくそが!」
塾。
千谷学習塾の面々のことだ、と理解した。ということは、やっぱり。
「千谷学習塾……八年前に消えた塾の人達は、やっぱり何かをしたんですね。それで神隠しされてしまった?一体、何を?」
「はなえとかいう、あざはるさまの生贄になったガキの一人に呼ばれた。あのゴミどもは……うっ!」
「!?」
唐突に、韮澤は胸を押さえて蹲った。青い顔で、ぶつぶつと呪詛のようなものを吐き続けている。
「に、韮澤さん!?どうしました!?」
「や、やべ、撮ってる場合じゃねえかんじ!?」
僕の後ろでマトマトが慌てている。僕が駆け寄って手を差し伸べようとすると、韮澤は僕の手を振り払ってばっと顔を上げた。そして。
「確認」
ぽつり、とそう言うと、ふらつきながら玄関の外へ出てきたのだ。履いているのは安い便所サンダルのような靴だ。くすんだ灰色のジャージを着ていて、何やらすえた臭いがした。あまり洗濯もしていないのかもしれない。
彼はぶつぶつと呟きながら、エレベーターの前まで出てきた。そしてエレベーターを見て舌打ちをする。
「くそが」
「ちょ、ちょっと!何処行くんですか!?」
そしてそのまま、階段を登り始めたのである。僕達は、慌てて彼を追いかけたのだった。
なのにそのぼさぼさの黒髪長髪の男は、僕達を見て繰り返すのだ。何で来た?と。
「なんで、って言われても、えっと……」
僕はしどろもどろになる。ビルに入ってからカメラは回し始めている。撮っている以上、ある程度しゃっきり喋らないといけない。もちろん、この男性の顔はあとでモザイクをかけるか、それでもダメならばこの会話シーンはカットすることになるのだが――。
「俺達、オカルト系ユーチューバーやってる『ロボコ』って言うんっす!」
そんな僕に対して、相変わらずテンションアゲアゲなマトマトが言った。
「動画視聴者さんからのリクエストで、この痣春ビルについて調べてるんです。そしたら、このビルが建っている土地自体がなんかやばいっぽいって知って!でもって今、このビルの中で入ってる企業とかもなくって、あなたが一人でここに住んでるって聞きまして。どうしてかなーと。霊能者さんだってのは本当ですか?だったらいろいろ教えてほしいって!」
「…………」
男性の目が、僕からマトマトへ移った。そして、心底不快そうに歪められる。
「邪霊め、帰るがいい」
でもって、いきなりこれ。
「馬鹿に付き合うほど私は暇ではないのだ。ゴミどもがやらかした後始末をせねばならん。どいつもこいつも、地下からマグマが噴き上がっているのに逃げようともしないグズどもめ。この私が必死で抑え込んでやっとこの規模に収まっているのがわからんのか。それなのになぜ忌み地に自ら足を踏み入れようとする?忌々しい、忌々しい、忌々しい、忌々しい……」
なんていうか、見た目通りの人だった。ぶつぶつぶつぶつ、意味不明なことを呟き続けている。とりあえず、罵倒されているらしい、というところまでは理解した。まあそりゃ、歓迎されないのは想像がついていたけれど。僕達がやっていることは不法侵入一歩手前だというのはわかっているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいって!」
そのままドアを閉めようとするので、僕は慌てて止めた。ここで罵倒だけされて帰られたのではあまりにも割に合わない。
「僕達も、リクエスト者さんのためにそう簡単に帰るわけにはいかないというか!そ、それに……この場所が本当に危ないってなら、みんなにそれを教えて、近寄らないようにしてもらわないといけない、そうでしょう?だから、情報を公開することには意味があると思うんです」
とりあえず、言えることは言ってみよう。
「本当に危ない場所があるっていうなら、そこには踏み込まないようにしますし!ち、地下と屋上がなんか危なそうってのはわかってるんで、どうか何がどう危ないかとか、そういうことだけでも教えてもらえませんか?貴方が本物の霊能者さんなら、知ってることいっぱいあるんでしょう!?」
さっきの呟き。
この男ははっきり『私が必死で抑え込んでいるのに』と言っていた。ということは、この男は怪異に対抗しようとしてここにいるのではないか?そういえば、あの末子さんも言っていたはずだ。
『うちの酒を買いに来たのよ、なら話さないわけにはいかないでしょう?お清めに使えるお酒はない?とか悪霊退治に使えるお酒はない?とか言い出してちょっと気持ち悪かったんだけど』
悪霊退治。
それを行おうとしているというのが本当なら――こいつはイカレているかもしれないが、一応正義感があるということだ。ならば悪人ではない、はずである。多分。
「……そんなことをしても意味は無い」
男はぎょろんとした目で、僕達を睨みつけてくる。
「私も抑えられなくなっている。お前も気づかないうちに浸食されている。霊は暗がりを好む。私がいるこの場所まで闇が浸食してきた。この調子だと私もいずれ撤退しなければならなくなるかもしれない。お前たちのような馬鹿のせいだ。最近急速に増えた。情報を拡散して興味を引けば有象無象は増える、好奇心がまた邪を呼び寄せる。クズめ。どこまでもクズめ。何の力もないくせに安易にこの地に踏み込みおって」
「暗闇って……五階の電気が消えてること、ですか?」
「霊が出る場所は闇に閉ざされる。懐中電灯も携帯電話も消えることが多い。霊障も知らんのか、オカルト系動画配信者を名乗るくせになんとも無知め。奴らは自分が棲み易い環境を作ることに関しては天才的だ、奴らは最初は奴でしかなかったのにどんどん増えて力を増して奴らになった、お前も気づいてない、実に馬鹿だ。馬鹿だ、馬鹿め、忌々しい」
ぶつぶつぶつぶつ、と早口でひらすら攻撃的なことを言われる。正直、非常に不愉快だ。しかも半分くらいは言っていることがわからない。
彼と話す意味は本当にあるのだろうか?目は濁っているし、顔色も悪い。髪の毛も、手入れされていないのかぼさぼさに伸びっぱなしだ。髭がぼうぼうに生えているということはないが、それはただの体質なのかもしれない。青白い顔はお世辞にも健康的には見えず、年齢もまったく不詳。二十代にも、五十代にも見える。いや、あたりが暗いせいでよけい分かりづらいのもあるのだが。
普段なら、絶対関わり合いになりたくないタイプ。申し訳ないが、韮澤という男はそういう印象しかなかった。ただ。
「あなたは、この土地を呪っているものが何なのかわかるんですか?痣春様、ってなんなんですか?」
それでも、怪異の正体を知っているというのなら突きとめたい。狂人の戯れでも情報になる可能性はある。
僕の中ではまだ、恐怖と好奇心が鬩ぎ合っている段階ではあるのだ。隣でマトマトがうんうんと頷いている。
「いひ、ひひひ、ひ」
すると、韮澤はニタニタと笑い始めた。
「ひひひひひひひ、ひひひひひ、ひひひひひひひひひひっ!」
「な、なんですか!?」
「お前みたいなのは色々くだらない妄想空想をするくせに、想像力が肝心なところで欠如している。この国は信仰をほぼ失っている。だからこそ、善神の力は弱まる一方で、善神が抑え込んでいたものが次から次へと地下から溢れだしているのだ。否、その存在を知る者は邪馬台国の時代からいたのだろうさ、それでも当時の者どもはコントロールするだけの術を知り、力を持っていた。今のお前らはどうだ、余計な妄想はするくせに危機感がまったく足らない。そのせいで余計なものを呼び寄せた挙句増長させる、ひひひひひ、ひひひひひひひひ、ひひひひひ……あまりにも愉快、不愉快、きひひひ、ひいっひひひひひひひひ……!!」
やがてその笑いが、ぴたりと止まる。
「あざはるさまは」
ゆっくりとその指が、地下を指さした。
「かつてある土地の馬鹿どもが地下深くに埋まっていたそれを掘り起こし、蘇らせた。自らの私利私欲のために。その結果村は繁栄した。ただし生贄を捧げ続けないとすぐ祟る類いの神だった。馬鹿どもはそれでも良かった。要らない人間を、神への生贄という形で処分できるのは都合が良かったからだ。そしてその力に目を付けたさらなる馬鹿どもがいた」
「『痣春新教』の奴らのこと、ですか?」
「天災は人にはどうしようもない。恐ろしくとも悲しくともそれが天の意思と受け入れる他ない。だが一部の馬鹿どもは、己に降りかかったそれを部不相応にも自分達だけ回避しようと躍起になった。自分達だけは元の平穏を、富を取り返したいと願った。関東大震災だ、あれの被害から無理やり自らの地位を蘇らせたくて、馬鹿どもはその村が滅びかけた時に無理やりご神体を奪ってこの土地に宿すことを決めたのだ」
この人が言っていることが、どこまで正しいかはわからない。ただ、僕はなんだか理解できてしまったのだ。
関東大震災。
1923年(大正12年)9月1日に起きた、未曾有の大災害だ。死者・行方不明者の数は十万人をゆうに超えると言われている。今の日本より遥かに脆い建物が多く、防災対策なんて一切できていなかったはずだ。誰にも防ぎようがなかった天災の中で――正体不明の邪神だろうとなんだろうと、縋ってしまいたくなった人間がいても、なんらおかしくないだろう。
なるほど、それが痣春新教の始まりだというのなら――悔しいが納得できてしまう話だ。
もう二度とあんな目に遭いたくない。同時に、かつての生活を一秒でも早く取り戻したい。そういう人間が、とにかくオカルト的な力を求めて神様を見つけてしまった。恐らくそれなりに資金力がある者達だったということだろう。
「この神は生贄を定期的に求める。生贄を差し出さないと自分で生贄を引き寄せる。その手段は選ばない。結局人は死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。出来るのはその被害を可能な限り軽減する努力をすることだけだが、今の奴らは危機感の欠片もない、本当にまずいこともわかっていない。神社の神官でさえ本当に魔を抑えられる人間がどれだけいるかも怪しい、あんなものお祓いなんかで抑え込めるものか。くそが、くそが、くそが、くそが。あの塾の馬鹿どもが変なことしなければもう少しマシだったのにくそが!」
塾。
千谷学習塾の面々のことだ、と理解した。ということは、やっぱり。
「千谷学習塾……八年前に消えた塾の人達は、やっぱり何かをしたんですね。それで神隠しされてしまった?一体、何を?」
「はなえとかいう、あざはるさまの生贄になったガキの一人に呼ばれた。あのゴミどもは……うっ!」
「!?」
唐突に、韮澤は胸を押さえて蹲った。青い顔で、ぶつぶつと呪詛のようなものを吐き続けている。
「に、韮澤さん!?どうしました!?」
「や、やべ、撮ってる場合じゃねえかんじ!?」
僕の後ろでマトマトが慌てている。僕が駆け寄って手を差し伸べようとすると、韮澤は僕の手を振り払ってばっと顔を上げた。そして。
「確認」
ぽつり、とそう言うと、ふらつきながら玄関の外へ出てきたのだ。履いているのは安い便所サンダルのような靴だ。くすんだ灰色のジャージを着ていて、何やらすえた臭いがした。あまり洗濯もしていないのかもしれない。
彼はぶつぶつと呟きながら、エレベーターの前まで出てきた。そしてエレベーターを見て舌打ちをする。
「くそが」
「ちょ、ちょっと!何処行くんですか!?」
そしてそのまま、階段を登り始めたのである。僕達は、慌てて彼を追いかけたのだった。



