――以下、とあるX(旧Twitter)アカウントのつぶやきより抜粋。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
痣春ビルに移転してから半年。
駅から近いのはいいけど、最近子供達の集中力がなくなってきているような気がします。
もう少し授業を工夫するべきかしら。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
前の塾の場所の方が良かった、って生徒の女の子に言われてしまいました。
私もなんだかそんな気がしてきたところ。
とはいえ、あそこのテナント料は高くてどうしようもなかった。
そして、なんで前のところの方が良かったって自分でも思うのか、よくわからないのよね。なんでだろう。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
この痣春ビル、どうやら小さなお子さんがいるご家庭か塾が他にもある?みたい。
塾のドアを出たところで、子供が走っていくのを見たっていう子がちらほら。
廊下を走るのは危ないと思うんだけど……。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
エレベーターが故障してるのかも。変な音がする。
すみませんが塾の皆さんは、しばらくエレベーターを使うのを控えてください。六階なので大変だとは思いますが……。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
ごめんなさい、本当はこんなこと呟いてはいけないのですが、塾の経営について考えなければいけなくなってます。
本当はもっともっと、みんなに教えたいことがたくさんあるのに……。
出来る限りがんばります。ごめんなさい。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
子供の声をよく聞くといっていた子が教えてくれました。このビルの地下に何かが眠っているって。
痣春ビルって確かに妙な名前だとは思っていたけど……。
なんでも、たくさんの子供が集まった神様がいる、って。本当かしら。あんまりオバケとか信じたことはないんだけど。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
知らなかった
なんでエレベーター、地下一階に行かないの?なんで埋められてるの?
すみません、誰かこの件についてご存知の方いませんか?
S県K市、痣春ビルです。さすがに気味が悪いんですけど、大家さんに尋ねたらものすごく怒られてしまって……。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
したにおりた
なにあれ



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
あれははなえちゃんだって、彼女が教えてくれた
はなえちゃんの力を借りたら、みんなでずっと一緒にいられるのかしら
でもどうすれば



●蟄宣サ偵?繝ウ繧キ繝シ @kwA6pWEq27L
 返信先: @chitani_gaku569さん
いいほうほうがあるからおしえてあげる



 ***



「……すげえ、こんな短期間に調査進んでるとは」

 僕が調べたことを教えると、マトマトは目をまんまるにして褒めてくれた。
 酒屋の末子さんが教えてくれたこと。大型掲示板。そして、掲示板の民が見つけたという某Twitterアカウントの情報。八年前に失踪した千谷学習塾の塾長さんは、どうやらあんまりSNSをやるべきタイプじゃなかったらしい。明らかに公式アカウントで、言っちゃいけないことまでぼやいてしまっていた。――もしかしたらそれも、塾の生徒があまり来なくなってしまった原因だったのかもしれない。
 ただ、今いる生徒たちには結構好かれていたらしい。かなり熱心に子供達に授業を教えていたようだ。
 学習塾という名目ではあるが、実際は進学を目指すための塾というより、今の学校の授業についていけない子供達を補助する目的の塾という色合いが強かったようだ。実際、学校の先生もピンキリで、ついていけていない子供達をどんどん置いていってしまうタイプの先生もいるといえばいる。というか、クラスでレベルがバラバラの場合は、一人だけ遅れている生徒に合わせていることもできないというのが実情だろう。
 そんな彼らを補佐して、授業を理解できるようにするための塾。基本は小学校の子供達を見ていたようだ。
 うっかり公式Twitterで愚痴を漏らしてしまってはいたが、その悩みは誰かへの恨みというより、己のふがいなさや子供達を案じてのものである。
 千谷美那子塾長は、経営難で塾を閉鎖することにより、子供達と離れ離れになってしまうことを相当惜しんでいたようだ。恐らくは塾という形で、とにかく子供達を助けることに生きがいを感じていたのだろう。

「末子さんから、及び大型掲示板の情報をまとめると。この痣春ビルがある場所は、元々妙な宗教団体の施設があった。その名前は『痣春新教』。あざはるさま、っていう神様を祀っていたらしい。でもって、その神様はどこか別の土地から連れてきた神様だとかなんとかで、その正体は一切不明」
「で、その施設が空襲で焼けてなくなちまったんだよな?」
「ああ。その後空き地になった土地で子供達がいなくなったり死んだり、まあそういうことがあったぽいと。で、そのあと米屋やら、アパートやら、コンビニやらが建ったけど……どれも無理心中やら火事やらでなくなってしまったと。その跡地に立っているのが、この痣春ビルってわけだ」

 僕は今、マトマトと合流して痣春ビルの前にいる。彼に僕が知った情報と、それから見つけた大型掲示板、及びTwitterアカウントを共有して見せたところだった。
 時刻は二時。まだ暗くなる時間ではないが、思ったよりも遅くなってしまった。

「どの建物にも痣春、って名前が不自然についてる。その名前をつけないと危ないってことだったんだろう。もしくは、その名前をつければ呪いを軽減できると思ってたのかもね。実際は散々なことになってるから、効果があったのかは知らないけど」

 あざはるさま、がどんな神様なのかはさっぱりわからない。
 ただ相当危険な神様であるのは間違いなさそうだ。

「千谷学習塾がの塾長先生は、何もする前からビルで異変を感じ取っていた。敏感な子供は、子供の姿を目撃したり走り回る足音を聞いたりしてたっぽいな。多分霊障とかだったんだろう」
「いやあ、いかにもだなあオイ」
「お前は楽しそうだなマトマト。……で、先生が地下一階に下りたらコンクリートで塞がっていた、と。ってことはあの地下一階の封印、やったのは塾長先生じゃないってことだ」

 つまり、このビルは最初から地下一階に何かがあった、ということだ。
 ビルを建てた人に話を聞けば何かがわかったかもしれないが、生憎大家さんは既に死んでいる。物件を引き継いだだけの息子夫婦は何も知らない可能性が高いだろうから、話を聞きにいく意味は薄い。

「元々いわくつきの場所だったのが……塾長先生が余計な情報を知ってしまったせいで、さらに状況を悪化させた、ってところじゃないかな。で、地下にあるあざはるさま……か、それの従者みたいな存在が、はなえちゃん、って呼ばれている幽霊なんじゃないかと予想」

 僕はスマホを見つめて言った。
 塾長の千谷美那子は行方不明になる直前、謎のアカウントとこんなやり取りをしている。
 その一部を抜粋させてもらおうと思う。こうだ。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
あれははなえちゃんだって、彼女が教えてくれた
はなえちゃんの力を借りたら、みんなでずっと一緒にいられるのかしら
でもどうすれば



●蟄宣サ偵?繝ウ繧キ繝シ @kwA6pWEq27L
 返信先: @chitani_gaku569さん
いいほうほうがあるからおしえてあげる



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
 返信先: @kwA6pWEq27Lさん
どちら様ですか?
いい方法って、塾を救ってくれる方法ということ?あなたが私を助けてくれるの?



●蟄宣サ偵?繝ウ繧キ繝シ @kwA6pWEq27L
 返信先: @chitani_gaku569さん
てんとせんをむすぶの
いちばんうえと、いちばんした
エレベーターがあればできるんだよ

いっかいからのって
おくじょうのカギのまえであけてって3かいいって
まんなかの、さんかいでおりて、どあをしめて、いっぷんまって
そしたらえれべーたーがまたくるからのって、のったらいちばんしたにいって

そしたらいりぐちがひらけているから、あのこをだっこしてもういちどエレベーターにのって

そしたらなにもしなくてもてっぺんにのぼる
てっぺんで、かいだんのぼって、おくじょうへいってのっくすると、かぎがぜんぶなくなるから

そのままそとへいけば、みんなたすけてもらえるよ
でも、ぎしきは、よるにためしてね。



「……平仮名だらけだよなあ」

 苦笑いを浮かべて、マトマトが言った。

「なんていうか、デジャビュっつーの?……タカのブログに勝手に書き込んだ人がいただろ。荒らしかと思ったけど、なんか文体が似ているというか、なんというか。もしかして同じ奴じゃね?」
「かもな。ていうか、この千谷先生にリプしているやつ、名前文字化けしてていかにも、なんだよな……」
「な。人外がアクション取ったっぽいよな、めっちゃ。これ、やべー儀式の手順なんじゃねえの?」

 点と線を結ぶの。
 一番上と、一番下。エレベーターがあればできるんだよ。

 一階から乗って、屋上の鍵の前で開けてって三回言って、真ん中の三階で降りて、ドアを閉めて、一分待って。
 そしたらエレベーターがまた来るから乗って、乗ったら一番下に行って。
 そしたら入口が開けているから、あの子をだっこしてもう一度エレベーターに乗って。
 そしたら何もしなくても天辺に上る。天辺で、階段上って、屋上へ行ってノックすると、鍵が全部なくなるから。

 そのまま外へ行けば、みんな助けて貰えるよ。
 でも、儀式は、夜に試してね。

「エレベーターじゃ、地下一階には行けないはず、なんだよな。でもこの手順をこなすと、地下一階に入れちゃうみたいだ……」

 正直、僕はもうだいぶ怖くなってる。しかしマトマトはそんな僕にもお構いなしに、ちょっと顔を青ざめながらも拳を握るのだ。

「よし来た!じゃあ、その儀式は最後に試してみるか。どうせ夜まで待たないといけないみたいだしなー」

 なんでこう、マトマトは乗り気なんだろう。こいつには恐怖心ってものがないのか。まあ、ここまで調べてイモ引いたらみんなに笑いものにされそうだし、視聴者も気になってるだろうから調べて応えたい気持ちもあるけれど。
 とにかく、他にもやるべきことはある。まだ階段で地下に行っていないので、階段で地下に行くことができるかどうかの確認。非常階段の確認。
 それから――502号室に住んでいるという、自称霊能者。その人に話を聞くこと、ではなかろうか。