春、君と出会ったあの日から

「行ってきます」

誰もいない家に響く声が聞こえたところで僕は扉を閉める。
憂鬱な気分から始まる朝。父親も母親も車で仕事に行ってしまうため、朝早くからいない。あるのはご飯と置き手紙だけ。
’’ちゃんと食べてね''と。でもそんなので食べる気は起きないため毎日何もない冷蔵庫に押し込み、シャワーを浴び、歯磨きをし、着替えて学校へ向かう。
今年から高校3年生になり受験だという時期。大事な時期。

「変わらないな」

毎日のようにこぼす言葉はただ響くこともなく落ちていく。空気に紛れて濁っていくだけ
こんな毎日を何回繰り返せばいいのだろうと思いながら

「明日はいい日になる」

と信じてやまない。毎日変わるわけのない日常の中、この言葉だけが頼りだった。
今目の前に映るのは公園。駅に向かう最中の小さい公園。家から少し歩き、駅と家の中間部分を担う公園。遊具は少なく、あるのは周りを囲みまるで何かを隠すかのように立っている木々。
いつもと変わらないなと今日も思い、通り過ぎようとする。
ただ、今日は違った。木々の中から見えた白いワイシャツに青のスカート。制服の様な服を着て、高校生くらい。身長は…155cmくらいだろうか。ただ、後ろを向いていて顔は見えない。

「珍しい」

いつもただ風に揺られる一つの遊具、木々。その公園は普段は誰もいない。 
今は春。その木々がピンクを帯びていきいきとしていた。何もない公園に少し息が吹き帰った様に。その中に、珍しく人がいた。でも、通り過ぎるつもりだった。ただ人がいて、季節の力によって少し変わっているだけで、他はなんも変わらないと思っていたから。
なのになぜか足はその公園に向き、入り込んでいた。まるで何かの力が働いたかのように動いてしまっていた。 

「こんな何もない公園に入るなんて」

公園に入った時、突然話しかけられ止まる。その声は高く可愛らしく、綺麗だった。

「わざわざ何もないところに入るなんて、物好きだね」

一言一言が風に揺られて軽く感じる
風に混ざったせいだろうか。いや、気のせいか。 
わざわざ何もないところに入る、もの好きだなんてお互い同じ。僕は気になることを口にする

「その木の下で何をしているの?」

そう質問をすると、鳥が鳴くと同時に返ってくる。  

「別に何をしているかと言われたら何もしていないかな。何もないしさ!」

さっきまで鳴いていた鳥が飛び、すぐそこの手すりに立って止まる。それが、まるで目の前の人と同じ行動をしている様だ。
姿が見えないからその代わりをしているかの様
鳥がじっとこちらを見つめ、少しした沈黙の後飛び去った。

「うーん…そういわれると困っちゃうなぁ」

鳥が飛び去った直後、彼女は口を開く。
何もないところで何をしているのと聞かれても答えるものがないから困ってしまうのは当然。これは僕の失言かもしれない。
彼女と会話をしていると、ポケットに入れていたスマートフォンが通知を鳴らす。
僕は通知を確認すると、今の時間が次の電車に乗らなければ、遅刻なことにも気づく。
いつも通りの電車に乗れば、15分程余裕を持って学校に着く。
だが今日は寄り道をしてしまったため、そんな余裕の時間なんてなかった。
だが、このまま無言で出るわけにもいかない、と思ったが、かける言葉は見つからない。
そうして黙っていると彼女が口を開いた。

「行きなよ」

その瞬間、少し大きく風が吹く。さっきから全てが彼女に操られてるかの様だ。
僕は、風に''これ以上ここにいるな''と言われてるかの様に吹かれ、その公園を後にした

放課後、ただ電車に揺られ、ぼーっと外を眺めていた。
夕焼けに晒される自分の姿は明るい青に夜を連れてくる前の赤色が混ざって映っている。混ざって紫になるなんてちょっとしたワクワクはなく、変わり映えのないことに少し落胆する。
時刻は17時。時間に余裕のある電車で、スマホを持ち小説を書く。電車の中で小説を書くことはほぼ日課になっているよう。
やることもないんだしぼーっとしているよりかはマシだと言い聞かせている。
こんなストーリーがあったらなぁとか、いつもとは''変わったこと''を想像して書く。高校生くらいの、男女2人が様々なものに立ち向かったり時には逃げたりなどのいわゆる王道のストーリー。これをどう表現するか、どう思い描くかで全てが決まる。

(明日はどこへ行こう)
(海に行きたい!)
(いいね。楽しみだ)
(うん!)

などと、僕が辿りたかった人生を最寄り駅に着くまで淡々と言葉を綴っていく。少しずつ人が増えていくのに比例する様に書いていく。
そうこうしているうちに、一刻と時間は過ぎ、すでに最寄り駅の隣まで来ていた。
病院やバスの乗り換えなど様々な目的がある''〇〇(後で決める)駅で、人々は一斉に降りる。
僕は一旦、今書いていた一文を書き終わり、次の駅で降りる準備をする。
次は何を書いていこうかなと考えながら、駅を降りる 

「〇〇(未定)」 
声をかけられ、その方向を見る。そこにはいつもならまだ帰ってきていない母親がいた。
「お母さん。今日は早いね」
「メッセージ送ったじゃん〜既読無視とか悲しいなぁ。今日の夕ご飯何にしたい?たまには一緒に食べよう」
と、話す。朝通知見たが、時間の方に目がいってしまったためちゃんと見ていなかったな。
「うーん。困ったなあ。じゃあハンバーグにしようかな」
「わかったよ。帰ったら作るね」
はーい。と返事をして、母親の車に乗り込む。公園は、今朝見た彼女はいない。いつもと変わらず揺れているだけだった。
そして、家に帰ってきた。今日は母がいる。母がいるから、何か変わると思っていたが、母はどこにいても仕事に追われている様で、会話はできず、結局いつもとかわらずご飯、お風呂、歯磨きとただ済ませてただ目を閉じた。