例の怖い話は、番組がそこそこ有名になってからメールで送られてきました。
番組スタッフ様へ
突然のご連絡失礼します。
鈴木美香と申します。
いつも番組を楽しく拝見させていただいています。
番組内で、“怖い話“を募集していると言われていたので、ご連絡しました。
家の中に得体の知れない化け物がいる、という内容です。
私の家に化け物がいます。
獣の姿をしてるだとか、異形な姿なわけではないんですが、化け物です。
母も父も、その化け物が昔から居たように扱っています。
でも、絶対そんなことないんです。ある日を境にいきなり現れました。
そちらの番組でこの件について調べて欲しいんです。
番組では、怖い話を紹介し、その後スタッフ様方で調査するのがセオリーだと知り、
もしかしたらという一心で今このメールを書いています。
他の方とは怖い話の提供動機が違うと思いますが、もう頼れるのはここしかありません。
つきましては、一度対面でお話しできませんでしょうか?
どうか、お力添えいただけるとありがたいです。
鈴木美夏。
メールを始めて確認した時、今までの放送とは一味違うものになるだろう。と思いました。
今までは、どこからか発祥さえわからない話を取り上げ、どうしてこんな話ができたのか、どういう背景があったのかを調べ放送してきました。
怖い話の真相解明というより、なぜ怖い話が“できたのか“に焦点を当てていたのです。
でも、今回はもっと怖い話の根元に迫るような感じで、テレビ映えしそうな内容でした。
他のスタッフ達もそう思ったらしく、満場一致で次の企画はこの話に決定されました。
その旨をメールの送り主、美夏さんに伝えるとすぐに返事が送られてきて、もっと詳しく話を聞こう。とすぐに会う約束が取り付けられました。
当日、約束していたカフェに現れたのは、黒い髪を腰まで伸ばした綺麗なお姉さんです。
ベージュのコートに身を包み、背筋をピンと伸ばして歩く姿は凛としていて、幽霊を信じるような口には見えなかったのですが……
醸し出す雰囲気というのでしょうか?どこか不安げで何かに怯えているような感じでした。
「こんにちは、私『本当にあった怖い話、の続きの話』の番組プロデューサーをやっております、上里です。本日はどうぞよろしくお願いします。」
椅子から立ち上がり、名刺を差し出すと美夏さんは慌てて受け取り、財布の中にしまいました。
「ご、ご丁寧にありがとうございます。えっと、本日は私の怖い話を……調査していただけるということで?」
話している途中、不安そうに私を見つめてくる姿を見て、まずはリラックスさせないと、と思いました。
テーブルに立てかけてあったメニュー表から、適当にお茶とコーヒーを選び、届いたら美夏さんに一口飲ませました。
そこから、「今日は天気がいいですね」や「お仕事は何をされているんですか?」など当たり障りない会話をして……できるだけ緊張をほぐそうとしていたと思います。
そういう私の気持ちが伝わったのか、美夏さんはぽつりぽつりと話し始めてくれました。
「弟がいるんです、家に。でもうちは3人家族で、弟はいなかったんです。」
矛盾を感じさせる自分の言い方に、彼女は眉を顰め、少し考え込んだ後。“最初から“話し始めました。
「10年ほど前のことです。私が小学6年生の頃、学校から帰ると家に知らない男の子がいました。歳は4歳くらい、見たことないキャラクターが描かれた服を着てるのが印象的で。それで、母に「知らない男の子が入り込んでる!」って言いに言ったんです。そしたら……
「何言ってるの、海斗のこと?あの子はあなたの弟でしょ、変な冗談はやめなさい」と言われてしまって。最初から弟がいたことになってたんです。でも、もちろんそんなことなくて私達は昔から3人家族でした。」
「だから、最初は私も弟は居ないって何回も訴えたんです。それでも両親は弟はいるって言い張って、事実目の前には男の子がいるしで、そのあとはもう私の記憶がおかしいのかなと思っちゃって。高校を卒業して一人暮らしをするまで、4人家族として暮らしてきました。」
だんだん熱がついてきたらしく、美夏さんは流暢に話し始めました。
普段、人にこの悩みを話せることがなかったのでしょう。ためていたものが溢れ出すかのように彼女の声色に感情がこもっていき、私もメモを取る手に自然と力がこもりました。
「家を離れてからは、色々と余裕ができて、私自身で一度弟について調べてみたんです。昔の写真を確認したり、戸籍標本を見せてもらったり。結果、戸籍標本には弟の名前が、昔の写真にはほとんど弟が写ってました。3人で撮った記憶のものにも。」
そう言いながら、彼女は持っていたバックを漁り、一枚の写真を取り出しました。
大きさは手のひらサイズの長方形。写真には、美夏さんのご両親と、小学1年生くらいの年齢の美夏さんが写っていました。
背景には神社が写っており、美夏さんは赤い着物を着ているので七五三の時の写真でしょう。
「でも、この写真。この写真だけは唯一弟が写ってないんです。これを見つけた時、3人家族だった時の記憶が本当だったんだってわかって、すごく安心しました。」
そこまで話し切ると、お茶を一気に飲み干し、どうですか?と私に話しかけました。
「番組で調べていただけますか?これ以上私が調べても何も進展がなくて、特に実害があったわけじゃないんですけど、気味が悪いんです」
気味が悪いの一言じゃ片付けられない事態のような気がしましたが、口には出さず。番組制作を協力するという内容の書類を渡してサインをしてもらいました。
すでに美夏さんの話で一本番組を撮ることは決定事項だったので、その旨を伝え、調査を進めるために必要ないくつかの質問に答えていただきました。
「弟さんが来てからあなたに害を及ぼしたりはしなかったんですか?」
「はい、特に何も。」
「話を聞く限り怪異が関係する感じがしなかったのですが、なぜうちに相談を?」
「多分、弟は人じゃないから……意思疎通はできて、一見普通の人間なんですけど、どこかおかしいんです。
不気味の谷って知ってますか?AIが人間に似た行動をとると、好感が持てるんですけど。あるレベルまでそれが高まると、一気に不気味に感じるってやつ。それとおんなじ感じで、精一杯人として振る舞おうとしてるんですけど、どこかでバケモノらしさが出てくるみたいな。成長する過程も、人間みたいに手足が伸びたりするんですけど、満遍なく成長しないんですよね?顔だけ幼いまんまみたいな。すごいチグハグで。おかしい。人じゃないなら、バケモノなのかなって思って、ジャンルが似てたそちらの番組に連絡しました。」
そう説明する美夏さんの目は虚で、もう慣れてしまったと言わんばかりの表情でした。
「わかりました、とりあえず今日はこれで。番組を撮る時にまたお話を聞かせていただくと思いますが。どうぞよろしくお願いします。」
実際、予定していた時間より、話を切り上げた時間は早かったです。
まだまだ聞きたいことも山ほどありましたが、話を進める中で不気味な点が露出していくのに年甲斐もなく怖くなってしまい、続きは他のスタッフがいるところで聞区ことにしました。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。この件を解決してください!」
そう言い、深々と頭を下げる姿には、怯えている感じがなくなり、少しの安堵が含まれていたように感じます。
その日はこれでお別れをいい、美夏さんは一人暮らしの家へ、私は番組スタッフが待つテレビ局の一室へ帰りました。
番組スタッフ様へ
突然のご連絡失礼します。
鈴木美香と申します。
いつも番組を楽しく拝見させていただいています。
番組内で、“怖い話“を募集していると言われていたので、ご連絡しました。
家の中に得体の知れない化け物がいる、という内容です。
私の家に化け物がいます。
獣の姿をしてるだとか、異形な姿なわけではないんですが、化け物です。
母も父も、その化け物が昔から居たように扱っています。
でも、絶対そんなことないんです。ある日を境にいきなり現れました。
そちらの番組でこの件について調べて欲しいんです。
番組では、怖い話を紹介し、その後スタッフ様方で調査するのがセオリーだと知り、
もしかしたらという一心で今このメールを書いています。
他の方とは怖い話の提供動機が違うと思いますが、もう頼れるのはここしかありません。
つきましては、一度対面でお話しできませんでしょうか?
どうか、お力添えいただけるとありがたいです。
鈴木美夏。
メールを始めて確認した時、今までの放送とは一味違うものになるだろう。と思いました。
今までは、どこからか発祥さえわからない話を取り上げ、どうしてこんな話ができたのか、どういう背景があったのかを調べ放送してきました。
怖い話の真相解明というより、なぜ怖い話が“できたのか“に焦点を当てていたのです。
でも、今回はもっと怖い話の根元に迫るような感じで、テレビ映えしそうな内容でした。
他のスタッフ達もそう思ったらしく、満場一致で次の企画はこの話に決定されました。
その旨をメールの送り主、美夏さんに伝えるとすぐに返事が送られてきて、もっと詳しく話を聞こう。とすぐに会う約束が取り付けられました。
当日、約束していたカフェに現れたのは、黒い髪を腰まで伸ばした綺麗なお姉さんです。
ベージュのコートに身を包み、背筋をピンと伸ばして歩く姿は凛としていて、幽霊を信じるような口には見えなかったのですが……
醸し出す雰囲気というのでしょうか?どこか不安げで何かに怯えているような感じでした。
「こんにちは、私『本当にあった怖い話、の続きの話』の番組プロデューサーをやっております、上里です。本日はどうぞよろしくお願いします。」
椅子から立ち上がり、名刺を差し出すと美夏さんは慌てて受け取り、財布の中にしまいました。
「ご、ご丁寧にありがとうございます。えっと、本日は私の怖い話を……調査していただけるということで?」
話している途中、不安そうに私を見つめてくる姿を見て、まずはリラックスさせないと、と思いました。
テーブルに立てかけてあったメニュー表から、適当にお茶とコーヒーを選び、届いたら美夏さんに一口飲ませました。
そこから、「今日は天気がいいですね」や「お仕事は何をされているんですか?」など当たり障りない会話をして……できるだけ緊張をほぐそうとしていたと思います。
そういう私の気持ちが伝わったのか、美夏さんはぽつりぽつりと話し始めてくれました。
「弟がいるんです、家に。でもうちは3人家族で、弟はいなかったんです。」
矛盾を感じさせる自分の言い方に、彼女は眉を顰め、少し考え込んだ後。“最初から“話し始めました。
「10年ほど前のことです。私が小学6年生の頃、学校から帰ると家に知らない男の子がいました。歳は4歳くらい、見たことないキャラクターが描かれた服を着てるのが印象的で。それで、母に「知らない男の子が入り込んでる!」って言いに言ったんです。そしたら……
「何言ってるの、海斗のこと?あの子はあなたの弟でしょ、変な冗談はやめなさい」と言われてしまって。最初から弟がいたことになってたんです。でも、もちろんそんなことなくて私達は昔から3人家族でした。」
「だから、最初は私も弟は居ないって何回も訴えたんです。それでも両親は弟はいるって言い張って、事実目の前には男の子がいるしで、そのあとはもう私の記憶がおかしいのかなと思っちゃって。高校を卒業して一人暮らしをするまで、4人家族として暮らしてきました。」
だんだん熱がついてきたらしく、美夏さんは流暢に話し始めました。
普段、人にこの悩みを話せることがなかったのでしょう。ためていたものが溢れ出すかのように彼女の声色に感情がこもっていき、私もメモを取る手に自然と力がこもりました。
「家を離れてからは、色々と余裕ができて、私自身で一度弟について調べてみたんです。昔の写真を確認したり、戸籍標本を見せてもらったり。結果、戸籍標本には弟の名前が、昔の写真にはほとんど弟が写ってました。3人で撮った記憶のものにも。」
そう言いながら、彼女は持っていたバックを漁り、一枚の写真を取り出しました。
大きさは手のひらサイズの長方形。写真には、美夏さんのご両親と、小学1年生くらいの年齢の美夏さんが写っていました。
背景には神社が写っており、美夏さんは赤い着物を着ているので七五三の時の写真でしょう。
「でも、この写真。この写真だけは唯一弟が写ってないんです。これを見つけた時、3人家族だった時の記憶が本当だったんだってわかって、すごく安心しました。」
そこまで話し切ると、お茶を一気に飲み干し、どうですか?と私に話しかけました。
「番組で調べていただけますか?これ以上私が調べても何も進展がなくて、特に実害があったわけじゃないんですけど、気味が悪いんです」
気味が悪いの一言じゃ片付けられない事態のような気がしましたが、口には出さず。番組制作を協力するという内容の書類を渡してサインをしてもらいました。
すでに美夏さんの話で一本番組を撮ることは決定事項だったので、その旨を伝え、調査を進めるために必要ないくつかの質問に答えていただきました。
「弟さんが来てからあなたに害を及ぼしたりはしなかったんですか?」
「はい、特に何も。」
「話を聞く限り怪異が関係する感じがしなかったのですが、なぜうちに相談を?」
「多分、弟は人じゃないから……意思疎通はできて、一見普通の人間なんですけど、どこかおかしいんです。
不気味の谷って知ってますか?AIが人間に似た行動をとると、好感が持てるんですけど。あるレベルまでそれが高まると、一気に不気味に感じるってやつ。それとおんなじ感じで、精一杯人として振る舞おうとしてるんですけど、どこかでバケモノらしさが出てくるみたいな。成長する過程も、人間みたいに手足が伸びたりするんですけど、満遍なく成長しないんですよね?顔だけ幼いまんまみたいな。すごいチグハグで。おかしい。人じゃないなら、バケモノなのかなって思って、ジャンルが似てたそちらの番組に連絡しました。」
そう説明する美夏さんの目は虚で、もう慣れてしまったと言わんばかりの表情でした。
「わかりました、とりあえず今日はこれで。番組を撮る時にまたお話を聞かせていただくと思いますが。どうぞよろしくお願いします。」
実際、予定していた時間より、話を切り上げた時間は早かったです。
まだまだ聞きたいことも山ほどありましたが、話を進める中で不気味な点が露出していくのに年甲斐もなく怖くなってしまい、続きは他のスタッフがいるところで聞区ことにしました。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。この件を解決してください!」
そう言い、深々と頭を下げる姿には、怯えている感じがなくなり、少しの安堵が含まれていたように感じます。
その日はこれでお別れをいい、美夏さんは一人暮らしの家へ、私は番組スタッフが待つテレビ局の一室へ帰りました。
