六月とは言っても、高原の気温は、プリズマーティッシュの春先のような肌寒さだった。
 幸いなことにここでは泉には浸からず、設えた祭壇で祝詞を奏上し結界の魔法陣を発動するだけになっている。
 マッテオに呼ばれ、テントから祭壇へ移る。事前に場所や時間を発表していたため、大勢の民衆が遠巻きに祭壇を見守る。
 里桜は飾られる音楽もなく、ただ高原を渡る風の音がしている中を一歩一歩ゆっくりと祭壇の方へ進む。
 ゲウェーニッチの人々はその高貴で威厳に満ちた姿をただ静かに見守った。
 祭壇に上がり、そこに膝立ちになる。両手を胸に当て祝詞を奏上する。
 里桜が空を見上げると、体から虹の柱が空に伸び、それは瞬く間に空全体を覆った。空には巨大な魔法陣が浮かび上がり一瞬で消えた。
 辺りは鳥のさえずりさえも聞こえず、時が止まったような静けさに包まれた。そして次の瞬間、民衆の歓喜の声が上がった。
 里桜は、発動が成功したことに胸をなで下ろす。そしてまた、行きと同じように一歩一歩ゆっくりと祭壇を降りた。
 ウルバーノは空気も変えてしまう圧倒的な力を感じて言葉を失った。
 それまで感じていた瘴気からくる重苦しさや、肌に感じるピリピリとした不快感も全てを取り払ってしまっていた。

「あんな、一瞬で…。」


∴∵


 その後の、式典も恙無く終り、ウルバーノは王城に戻っていた。
 外の風に当たりたくなり、中庭に出ようとした時、庭から賑やかな声が聞こえてきた。

「おおひさま、つかまえました。」
「テレーザは足が速いのね。すぐに捕まってしまったわ。」
「少し、休憩を致しましょうか、お嬢様。」

 テレーザの乳母は額の汗を優しく拭った。リナとアナスタシアが用意したブランケットの上にテレーザと里桜は並んで座る。
 少し離れた所にあるガゼボには、アウレーリアとフェデリーコが座っている。

「王妃陛下、お茶を準備して参りますのでお待ち下さいませ。」

 里桜は、リナたちに笑って頷いた。

「おおひさま、わたくしも おおきくなったら おおひさまのように おおきなにじ(・・)をだせますか?」
「まずは、よく食べて、よく遊びましょう。そして今より大きくなったらよく学んで、沢山のことを知ると良いわ。」

 話している二人の前に人影が現れた。
 テレーザは立ち上がり、幼いながらもカーテシーをして挨拶をした。
 里桜も立ち上がった。

「如何なさいましたか?殿下。」

 ウルバーノは何も言わずにただじっと里桜を見つめていた。

「先ほどあのような強大な力を使ったのに、休んでいなくて大丈夫なのですか?」
「ご心配くださいまして痛み入ります。私はもとより丈夫な質ですので。」
「魔法陣が発動した時、まるで何かに胸を押さえつけられるような、威圧感を覚えました。」
「それは、大変失礼を致しました。私の侍女などはもう慣れた様子ですが、私が大きな力を使うと初めはそのように感じるようです。特にご自身の魔力が強いとより感じるようでございます。」
「あなたは、本当に白の魔力なのですか?」

 そこへ、アナスタシアが準備が整ったと声をかけてきた。

「殿下もご一緒にいかがですか?ガゼボにフェデリーコ殿下もいらっしゃいますので。」
「いいえ。お気遣いなく。私はここで失礼します。」
「そうですか。今日の晩餐会はご欠席と伺いましたが。」
「はい。もうしばらくしましたら、エシタリシテソージャへ帰ろうと思っています。」
「そうでしたか。それでは、道中恙無きことをお祈り致します。」
「陛下も。どうぞ、ご息災でいらして下さい。」

 里桜は、そう言って踵を返したウルバーノの背中を呆けたように見ていた。

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 結界 終
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 赤井タ子

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