宇宙船が故障し、地球に不時着した。助けを呼ぼうにも通信機器が壊れてしまい、救援要請メールも帰ってきてしまう。所謂詰んだ状態だ。船に積んであった地図で確認すると、ここは地球の日本と言う国らしい。猫好きが多いと簡単に紹介されていたので猫に擬態した。出身地の動物と似ていたので助かった。
 調査の途中で雨に降られたので、ボロい民家で雨宿りしたら、爺さんに拾われた。行儀よく、爺さんの腰に乗って踏んでやれば「賢い、賢い」と褒められ、気をよくした俺はまだ宇宙船の修理の目処がたたず、長目に世話になるつもりでいたので、恩返しをしようと正体を現した。俺の姿を見た驚きのあまり腰を抜かした。その際に箪笥の角に小指をぶつけあっけなく逝った。
「地球人とはこんなに弱い生き物なのか」
 その後、爺さんの孫に引き取られる事になった。

 俺はサイド星人である。地球での名前はミケだ。指定された場所にウンコして、肉球を触らせ、腹を見せ、猫吸いをやらせれば人間はいとも簡単に骨抜きになる。猫は最強だ。全てが武器なのだ。
「いいこでちゅね~!」
 赤ちゃん言葉で俺を褒めるこの男、坂下太郎(さかしたたろう)。いつも目の下の隈が目立つ社蓄だ。以後、タローとする。
 (俺をもふっていないで会社に行け)と猫パンチすれば「お前の飯代稼いでくる」とふらふらしながら会社に行った。もふられ、金玉触られすっかり疲れてしまった。しかし、疲れている暇などない。俺は忙しいのだ。タローのパソコンを使い、地球の調査をする。他の星の宇宙人も地球にいるらしいが未だ遭遇出来ていない。
「さて、次は……? あいつ仕事道具忘れてるじゃないか」
 テーブルの上に封筒が一通。そういえば昨晩必死になって打ち込んでいたなと思い出す。タローの職場は把握している。届けようと思えば出来るが、猫のまま封筒をくわえて行くのはどうだろうか?否、目立ちすぎるし何より顎が疲れるので、元の姿に戻ることにした。
「人の姿は久しぶりだな」
 鏡を見ながら久々の本来の自分の美しさにうっとりする。サイド星人も地球人も大して見た目も変わらないので、タローの服を拝借するだけで済んだ。
「しかし、汚い部屋だ。明日、掃除でもしてやろう」
 埃を指ですくい、ふっと息で吹き飛ばした。
 会議は午前九時からとタローが呟いていた。時間は午前八時。会社まで一時間と少し。タローが戻る時間もない。
「パソコンにデータは残っているからメールで送ってやってもいいが、驚かれて箪笥の角に小指をぶつけられても困る」
 タローの爺さんの死が頭を過り、罪悪感が胸を締め付けた。
 幸運にも封筒には社名があった。非常にシンプルだが、拾ったので届けました作戦で行こうと考えた。
 俺はアパートから飛び出すと、ナビモードにした端末片手に走った。車や自転車が走っていくのを尻目に、地球は何て文明が遅れているんだと悪態つきながらある程度まで走ったところで足を止めた。決して疲れたわけではない。宇宙人がいたからだ。探し求めていた地球人以外の人。建物の隙間に目を凝らしてみるとボリボリと音を立て、人間を食っていた。時計を見ればまだ余裕がある。ドン引きしながらも、食事に夢中なそれに話しかけた。
「ハァ、ハァ……お前、宇宙人……だな?」
「キャァ! 変態!」
 振りむいた宇宙人は女で食べかけの頭をボトリと落とした。
「叫ぶな。怪しまれるぞ」
「……その冷静な様子。地球人ではないわね」
「そうだ。ちょっと聞きたいことがある」
「な、何よ」
「この辺に宇宙人のコミュニティはあるか?」
 女宇宙人が少し考え口を開いた。
「貴方も調査しに来たのかしら?」
 質問で返された。何の調査か予想がつかないが、違うと答えれば食われると思った俺は
「そうだ」
 嘘はついていない。帰る為の調査をしているのだから。すると女はメモを取り出し書き出した。
「ここに行けば必要な情報が手に入るわ」
 握らされたメモ用紙には地図。
「助かる」
「助かったのならさっさと行ってくれないかしら? レディの食事を邪魔するなんてモテないわよ」
「……。失礼する」
 メモを懐に再度走り出す。思った以上に時間を食ってしまったらしく、休まずに走らなければならない。こういう時に限って赤信号に捕まる。
「クソ……」
 息が上がり、端末を見つめる。
「地球限定でも端末が使えるのなら……」
 端末を操作し、転送アプリを開く。タローの居場所が表示される。まだ会社に到着していないようだ。直接タローのカバンに封筒を転送してしまおうと言う訳だ。居場所から推測するに忘れ物に気づいていない様子。一か八かの懸けだった。
「行ってくれよ……」
 転送対象物をカメラに写し、転送ボタンを押す。封筒は徐々に消え、画面は転送中そして、完了が表示された。一安心した俺は安堵から大きく息を吐いた。
「さて、次はと」
 女宇宙人から貰ったメモ用紙を取り出す。書かれた地図を見るとそんなに遠くなさそうだったのでゆっくり歩き始める。人の姿で地球を歩くのはとても新鮮に思えた。スマホを見ながら歩く女に、カップル、母親と思われる女に手を引かれる子供。そして忙しそうに早歩きするサラリーマンと思われる男たち。何か忙しそうな地球人たちを見て、タローに引き取られてよかったなと思う。タローは爺さんが死んで天涯孤独の身となった。爺さんが死んだのは俺が原因だ。それを思い出すと胸が締め付けられる思いがした。俺を可愛がってくれるタロー。もし、母星に帰る日が来てしまったらタローはどうなってしまうのだろうとガラにもなく考えているうちに目的の場所へ着いた。明らかに廃ビルだ。入口にはセキュリティシステムらしきものもなく、そのまま入っても問題なさそうだ。おじゃまします。と呟き、また歩き始めた。メモには三階と書いてある。薄暗く、埃舞う階段を静かに昇る。三階に到着すると一室から声がした。声がする部屋のドアの前に止まり、ノックをした。
「うぇい!お客さんかい? 入れ!」
 やけに陽気な声がした。
「こ、こんにちは」
 部屋の中には三人いた。
「よく来たね! 俺たちの活動に加わってくれる仲間かい?」
「仲間……?」
「地球を平和にして俺たちが支配しちゃおうの会!」
 とてもダサいネーミングを聞いてずっこけそうになったが、話を合わせることにした。大体頭の悪そうな名前を付ける団体と言うのはどこかしらで勧誘をしているものだ。
「あ、あぁ。そうだ。噂を聞いてね」
「そうかそうか! で、ここまで来るのにお前は人間何人食ってきた?」
「ふぁ?」
「やだなぁ! とぼけちゃって! 悪い奴と陰キャを食って地球をキラキラ平和にしちゃおうって計画なんだぜ」
 何言っているか分からないと舌先まで出かかった。宇宙対応通信機でも借りることが出来ればと思ったが、こいつらが電波でヤバい奴だと察した俺は退散することにした。
「あ、あぁキラキラ平和。素晴らしいな。今日はちょっと腹を壊しているので出直してくるよ」
「待ってるぞ!」
 静かにドアを閉めると、数歩静かに歩き、堰を切ったように走った。息も絶え絶えにアパートに戻ると先ほどの出来事を頭の中で整理した。
「地球人を食う宇宙人。対象は悪い奴と陰キャ……」
 どうやってそれらを決めて食べるかはあの雰囲気だと独断と偏見だろう。くたびれたオーラを纏うタローは真っ先に狙われる。タローが食われたらどうなる?また拠点を探さなければならない。何より面倒見てくれる地球人を短期間に二人も見送るなんて真っ平御免だった。あーでもない、こーでもないと思考を巡らせていたらタローが帰宅する時間になった。
「ミケ~ただいま! ご飯にしよう」
 タローは俺を抱きあげた。いっそのこと正体現してさっきの出来事を言ってしまおうか。
「ミケ! もふもふ!」
 タローは俺の金玉をもふりはじめた。考えが纏まらない状況で更に考えが纏まらない事をされては困る。俺はタローの頬に猫パンチを食らわせ、腕から逃げ出した。逃げ出した際に本棚に衝突した。整理されていない本がバラバラと俺の上に落ちてきた。
「痛ぇ!」
 痛みと衝撃で声を出してしまった。しまったと思ったが既に遅し。
「ミケが喋ったァ!」
 タローは驚きのあまりのけ反ったが、幸いなことに箪笥がないため、タローは小指をぶつけることがなく、死ななかった。この状況をどうするか……。ふと散らばった本のタイトルが目に入った。「悪役に転生した俺は何が何でも生き残る!」
「これだ! ごほん。ワシはお爺ちゃんじゃよ。気がついたら猫の金玉に転生してしまったのじゃ」
「金玉……? どう言う事?」
 金玉もふられると落ち着かないから爺さんを盾に触らせない作戦とタローに死なれたら困るので幸せになってもらう作戦。今考えた。
「詳しい話は後じゃ。まずはワシがお前のお爺ちゃんと言う証拠を聞かせてやろう」
「……」
 タローは固まっていた。当然の事だ。俺だってヤケクソだ。
「ワシの腰の右側には目立つ黒子がある。婆さんはたけのこ派。そして、お前は彼女ナシ歴=年齢じゃ。どうじゃ?」
「爺ちゃん……!」
 タローは涙ぐんだ。
「信じてもらえたようじゃな。本題に入る。お前は幸せにならんと宇宙人に食われる!」
「……は?」
 その反応はごもっともだ。わかる。
「お前、家族の写真見てめそめそしやがって、ワシが喜ぶと思っているのか?」
「えぇと……」
「パリピの頭逝ってる宇宙人が陰キャと悪い奴食って地球を平和にするだとか計画たてているんじゃよ」
「宇宙人……」
 反応に困るよな。わかる。
「そうじゃ!陰キャオーラ垂れ流しているお前が心配なんじゃ」
「その、心配してくれてありがとう?」
 こんな強引な納得のさせ方があるかと自分に突っ込みつつ、俺が出来ることを考えた。宇宙船に積んである便利グッズの利用。通信機の修理。そして宇宙警察に助けを呼ぶ。タローを幸せにする。
 タローは俺を逆さまに抱き上げ金玉に叫んだ。
「爺ちゃん! 俺、爺ちゃんを悲しませたくないから幸せになるよ」
「逆さまにしたらミケが可哀相じゃろ!」
「ごめん。ミケ」
 タローは気まずそうに笑った。