明日が最期の日だ。

 おでかけが楽しみだと今日は妻をなかなか寝かしつけることができなかった。明日は予定よりもやや遅めの出発でもいいかもしれない。

 とりあえずこのくまちゃんには出発前に薬で眠ってもらう。

 またの別れに妻は耐えることができるだろうか。それだけが心配だ。

 ボストンバック用意、確認OK

 レンタカー用意、確認OK

 埋める場所、確認OK

 卒塔婆用意、確認OK

 くまちゃんを強制的に眠らせるもの、確認(自分自身への実験投与確認含む)OK

 これで明日、私達夫婦は再出発できる。

 ふたりの再出発にあたり邪魔なものの排除が必要になってくる。憎悪、怨嗟、殺意、心を埋め尽くす鬱積。

 ダイスケが事故で亡くなる。この段階では妻の心は壊れていなかった。最初は小さい子供から一瞬でも目を離したことを不始末として責められた。それからも加害者が悪いという言葉のあとに「けど」という接続助詞がつけられ、いろんな理由をつけて私達夫婦は批判された。言われるまでもなく私達自身が一番悔やんでいるにも関わらずだ。しかも当の本人からは直接の謝罪はない。周りは全てが敵だった。一か月も過ぎた頃には妻は壊れ、半年が経過する頃には私の中の何かが変わり始め、気づいたときには行動を起こしていた。考えなくても体は勝手に動き、頭では社会的に良くないとは理解しながらも、心や感情は後戻りすることを許さなかった。

 再出発に邪魔なものはいらない。だから私はこれらを日記に閉じこめることにした。妻のものも私のものも溜めてきたものを全て日記に閉じこめてこのアパートに置いていく。この日記が日記のままであるのならばそれでよし。だけど日記にはこのような行動を起こしてしまった私達夫婦全ての悪意が詰め込まれている。これは何かの形になって関係のない多くの人に迷惑をかけてしまうかもしれない。だけど考えても仕方ない。あとのことを気にしたら再出発なんてできないのだから。

 私達夫婦には人を呪う感情はもういらないのだ。