○月×日

 今日は天井からの物音での起床。たしか上の部屋は空き室だったはずだから、誰かが引っ越してきたのだろうと思った。あまりいい目覚め方ではなかったけれど、自分も引っ越してきた日には同じように階下である二階の住民には迷惑をかけたと思う。だから上に苦情を言いに行く気はさらさらない。むしろ行動を起こして相手が厄介な純民だった場合は隣人トラブルの原因にもなりかねない。余計なことにして長く続く隣人トラブルに発展することはよくある。無用な危険は避けるべきである。
 朝食を食べていると玄関のチャイムが鳴る。玄関のモニターの向こうには菓子折りらしきものを持った男性が立っていた。すぐに上の階の住人で引っ越しの挨拶なのだと気づく。最近は引っ越しても近隣に挨拶はなく、隣に誰が住んでいるのか分からないことも多くある。ちなみに自分も最近のそれに当てはまっているタイプで引っ越しの挨拶は行っていない。

 玄関を開けると予想通り、上の階に引っ越してきた住人だった。住み始めるのは数日後だが挨拶だけでもと言って菓子折りを渡してきた。菓子折りをネットで調べたところ五千円を超える商品だった。素直にありがたい。今後も多少のことならば許せそうだ。

 ○月○×日

 上の階の住人の家族構成は夫、妻、男の子の三人と予想。

 というのも先日、家族全員で引っ越してきたらしく、部屋の窓を開けていると上から女性の子供を呼ぶ声が聞こえることがあるからだ。男の子の名前はダースケというらしい。まだ小さい子供なのだろう。子供向けの教育番組と思われる音が聞こえてくることがある(窓を開けていても他の部屋からテレビの音が聞こえてきたことがないことから、かなり大きな音量設定で流していると思われる)天井からも子供が飛び跳ねているのかドンドンと音が聞こえることもある。これが先日の高級菓子折りに繋がるのかと納得する。

 昼頃になると限界のチャイムが鳴り、出てみると挨拶にきた上の階の夫と思わしき男性だった。男性は曰く、子供に履かせるオムツが間に合わず、排泄物が大量に床に散らばってしまったらしい。そのことで階下である我が家に影響がないかと心配しての来訪だった。

 部屋中の天井を確認してみたが、シミもなければ臭いなども含めて特に異常はない。そう伝えると男性は安堵した表情を浮かべて、それでも申し訳ないと包みを渡して去っていった。

 中身を確認すると十万円が入っていた。たいていのことならば許せそうだ。

 ×月××日

 家に警察がやってきた。

 上の階の家族が行方不明になったらしい。そのため情報を近隣住民から集めるために聞き込みに回っているとのことだった。

 上の階の家族とは多く関わりがあるわけではなかったため、答えられることなんてしれたものだが、引っ越し当日の出来事などの話をしておいた。ちなみに金額が大きいので十万円を受けとったエピソードだけは話していない。

ある程度のことなら行方不明に関して警察も話をしてくれた。これも興味を惹かせて話を導き出すテクニックの一つだとは思う。そんな警察との会話の中で気になることが一つだけあった。

 行方不明になったのは夫、妻の二人だけで、子供はいなかったという話だった。いや、あの夫婦に子供がいなかったわけではないらしいのだが、一年前以上に事故で亡くなっているので、最低でもこのアパートに住んでいるときに子供はいなかったという話だった。

 だとすれば男性との会話、子供向けの教育番組、飛び跳ねている子供、女性が呼ぶダースケという名前、あれらはいったいなんだったのだろうか。