「ねぇ、原ちゃん。
そろそろ好きな人出来た?
恋バナするの、ずっと待ってるんだけど」
「いいえ、残念ながら。
ごめんなさいね、由香里さん」
「うーん……じゃあ、好みのタイプは?」
「——"当て馬の男性"、ですわ」
「……アテウマ?少女漫画とかに出てくる?」
「そうです!『当て馬は良いぞ』ですわ〜。
大抵、ヒーローより後に現れて。
大抵、真っ直ぐ一途な性格で。
大抵は報われず……
おおよそ、主役の背中を押してしまうのです。
そして物語の外にて、当て馬派の読者の皆さまに拾われるサダメなのですわ」
「あー……まぁ、そういう人って大抵、
作中で誰かと幸せになる様子は描かれないよね」
「そうです。それが良いのです!
彼らには最後まで、"主人公絶対主義"で居てほしいのです!
軽々と他の方へ乗り換えようものなら、暴動を起こしてしまいますわ」
「んー??
それじゃあ、原ちゃんと結ばれることもないじゃない。
当て馬がタイプって言ってたのに」
「"お付き合いしたい"という意味のタイプではありませんの。
ワタクシは、大好きな彼らを"見守りたい"だけですわ」
「ふーん……
まぁとにかく、原ちゃんと恋バナ出来る日は遠そうってことだね。
そもそも、現実世界に当て馬なんて居ないし」
「そうですね。それに……
ワタクシは、当て馬の方と恋に落ちたりしませんわ。
もし仮に、少女漫画の世界に転生したとしても——」
・
・
・
「転生しましたわ」
朝、目が覚めると。
知らない天井、知らないベッド、知らない部屋。
鏡に映るのは、知らない女性の顔・身体。
幾度となく漫画で読んだ、王道の展開。
「これが噂の……"異世界"転生、ですの?」
*
原 平子(はら たいこ)。
昨日までのワタクシの名前。
濁ってはダメ。
"はらだいこ"ではありませんの。
初対面で、ほぼ必ず聞き返されるこの名前ですが……
元々は海庵 平子、でしたのよ。
『安泰でいられるように』との願いとシャレを込めて名付けられたものの、
両親の離婚により、図らずも"原"へと改姓。
『この名前をキッカケに、いびられてしまうかもしれない……。
決して、ナメられてはいけない……!』
そのように考えた結果、
ごく普通の一般家庭のワタクシですが、
せめて中身だけでも"強くて凛々しいお嬢様"になりきることに決めましたの。
それが功を奏してか、
性根の腐った方が近づいてくることはなく、
学校のお友達の由香里さんと
放課後の女子トークを楽しんだり、
平和な女子高生生活を謳歌していましたのに。
目の前に広がる、見知らぬ5畳程度の部屋。
そこには、ベッド・勉強机・ローテーブル。
本棚には、参考書や雑誌。
不規則に配置された、クマやペンギン等のぬいぐるみ。
そして、クローゼットにかかった学生服——
「ふむ。普通の女子高生の部屋に見えますわね」
"異世界"というにはあまりに遠く、日常的な感じ……。
絢爛さもなく、平凡で……。
そう。ファンタジー要素が欠けているのですわ。
「うーん……とにかく。
ここがどこで、私は誰なのか。
色々と把握する必要がありますわ」
まずは自室を出て、洗面所へ向かう。
その導線に迷いはない。
蛇口を捻る。
洗顔フォームを手に取る。
新品のタオルを取り出す。
これらの動作にも、何ら違和感がない。
「はて。初めて訪れた場所なのに、どうして……」
洗顔直後、
だんだんと冴えてきた頭で、気付く——
ワタクシの中には、
"原 平子"以外の人物の記憶が存在している。
「なるほど。今のワタクシの名は……
桐生院 礼華、というのですね」
予想外に豪華な名前。
しかし、彼女もワタクシと同様、一般家庭の娘のようですわ。
会社員の父、パートの母。兄妹は居ない。
これといった趣味はなく、恋人や好きな人も居ない。
「…………初期設定が薄すぎますわ」
ここが何かの物語の世界なら、ワタクシは確実にモブね。
物語の作者が令嬢を登場させようとして、名前のみ考えたものの実際に出番はなかった……とか?
あり得ますわね。
