前世での翔平くんは、トラックに轢かれて死んでいた……。
 もし、この世界でも同じようなことが起きれば、間違いなくあの子の命は危険にさらされている。
 だが俺は学校に行っても、兄である鬼塚にそのことを伝えられずにいた。

 だって、彼に何と言えば信じてもらえる?
 俺は元々、違う世界で生きていたおっさんで「その世界で弟は死んだんだ!」と言っても、伝わるがわけない。
 逆に俺の精神状態を疑われるだろう。

 とりあえず、本人である翔平くんに会った時「トラックを見たら、逃げるんだよ!」と釘を刺しておくか。
 そんなことを考えていたら、あっという間に一週間が経ち、”ミニモーターカー”の大会当日となった。
 日曜日の朝早くにご飯も食べず、家を出ようとしたため、お母さんから声をかけられる。

「藍? あんた、こんな早くにどこへ行くの?」
「ん、ちょっとこれで競い合ってくるんだ」

 と鬼塚にカスタマイズしてもらったミニモーターカーを見せる。
 しかし、お母さんの反応は冷たかった。

「なにそれ? 幼い男の子向けのおもちゃでしょ? あんた最近大丈夫なの? 勉強もしてないみたいだし、あんなに好きだった小説も読んでないじゃない……」
「う……まあ貴重な経験と思って、大会に参加しようと」
「そんな子供の大会に出ても、内申書には書かれないわよ? 今回きりにしなさい。藍は頭が良いんだからね」
「……」

 趣味まで制限されていたのか、藍ちゃんは。
 かわいそうな女の子だ。

  ※

 家を出るとまだ空が暗かった。そりゃそうだろう、まだ朝の5時だからな。
 模型屋で開催されるミニモーターカーの大会は、毎週日曜日の6時ぐらいに始まるらしい。
 大会前のメンテナンスも考えて、早めに模型屋の前で会おうと翔平くんと事前に約束していた。

 自宅から出ると、JRの線路沿いを左側に向かって歩き出す。
 まだ電車も動いていない時間だから、俺ん家の近所は暗いところばかりだ。
 正直言って、この美少女な藍ちゃんがひとりで歩いていたら襲われる危険性がある……。

「あ、藍お姉ちゃんだ!」

 その声にビクッと身体を震わせてしまった。

「え?」
「僕だよ! 翔平」

 そのおかっぱ頭を見てようやく安心した。

「なんだぁ~ 翔平くんか~ 驚かせないでよぉ……」
「ごめんごめん。だって藍お姉ちゃんの家はこの先にあるんでしょ? 模型屋へ向かうなら、ここで待っていたら会えるかなと思って」

 そう言うと、目の前にある踏切を指差す。
 どうやら、兄の鬼塚に言われてこの踏切で俺を待っていたらしい。

「あれ? 今日、鬼塚……じゃなかったお兄ちゃんは来てないの?」
「うん、お兄ちゃんは『早くバスケをしたいから』って、ジョギングしているよ」
「そ、そうなんだ……」

 よっぽどバスケが出来なくて、悔しいんだろうな。
 そのうっぷんを有酸素運動で発散するとは……とんだ筋肉バカだ。

 ~一時間後~

「えぇ~ 今回の優勝者は……鬼塚 翔平くんです」

 と模型屋の店長が言うと、翔平くんは飛び上がって喜んでいた。

「やった~! 初めて優勝したよ、藍お姉ちゃん!」
「良かったね、すごいよ。翔平くん」

 と素直に彼の優勝を喜ぶ俺だが、それにはとある余裕があったからだ。
 なんと初参加の俺も、実は準優勝というご褒美が貰えたから。
 もちろん、賞品として模型屋の割引券が貰えた。これは地味にうれしい~!
 でも、模型屋のおじさんに良いように利用されているような気が……。
 
 この世界、案外俺に合っているのかもしれない。
 だって過去に出来なかったことをもう一度やり直せるのだから。